馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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忠犬、馬鹿犬、貴方のために

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「……この馬鹿犬……っとに何考えてんだ……」
「師匠のことしか考えてない」
「テメェのその頭は飾りか駄犬」

 式典の後は晩餐会で、踊ったり知らない人と話したりしないといけない。晩餐は普段なら長いテーブルで大勢の人が一緒に食べるらしいけど、今回は立食形式だそうだ。あんまり厳密なマナーが求められないから、らしい。座ってようが立ってようが、結局マナーマナー言われるんだから、俺としてはどっちも面倒なことに変わりはない。
 初めに王様の演説があって、その後しばらく食べてていいって言われた。自分で取りに行こうとしたら師匠に止められて、オーウェンさんが食べ物の乗っているテーブルに向かっていった。師匠や俺が行くと、いろんな人に囲まれて大変なことになるそうだ。今も何となく、周りの人に様子を窺われている感じはする。

「もはやプロポーズだったのになぁ、お前が逃げるから」
「黙れラクレイン……」

 団長やオーウェンさんは、騎士団の団長という立場だから、こういうパーティーがあると、会場の警備じゃなくて出席する方に回らないといけないらしい。今回は虫除けだそうだ。
 確かに城の中に植物はたくさん植えられていたけど、あんまり虫を見た記憶はない。騎士が虫除けっていうのもよくわからない。普通は庭師がするものだと思う。

「ほい、お待たせ。たくさん食えよー」

 オーウェンさんがいっぱい取ってきてくれたから、遠慮なく食べる。師匠や団長は酒ばっかり飲んでいて、食べるのは俺とオーウェンさんだけだ。おいしいのに。

「あんまり食い過ぎるなよー? この後踊らないといけないんだろ?」
「でも腹減った」
「まあ気持ちはわかるがな。陛下の御前であれだけかませば」
「黙れラクレイン」

 肉も魚も野菜も全部おいしい。ちょっと味付けが濃いのもあるけど、普段食べないものばっかりだ。師匠と団長とオーウェンさんが話しているのを横で聞いて、おいしかった肉のやつがもうちょっと食べられないかとか考える。
 ぴらぴらに切られた肉に掛かってたソースがおいしいやつ。場所は何となくわかるけど、めちゃくちゃ人がいる。俺が行くといろんな人に囲まれるらしいから、行かない方が良さそうだ。

「口汚さねぇように食えって言ってるだろうが」

 師匠に口元を指で拭われた。ソースが付いてたみたいだ。

「……お前たちは師弟なんだよな?」

 拭った指を舐めて手袋を嵌め直す師匠に、団長が半笑いみたいな顔で聞く。オーウェンさんは食べながらあらぬ方向を向いているけど、全身で答えを聞こうとしているのがわかる。

「……英雄と、勇士だろ」

 線引かれた。ちゃんと向き合ってほしくて師匠に声を掛けようとしたら、王様が何か喋った。

「お、ダンスだな、行ってこいよー、勇士」

 オーウェンさんに送り出されて、上手く話が出来なかった。ダンスが始まったら俺には話し掛ける余裕がないし、部屋も別だから戻っても話が出来るとは限らない。せめてと思って前を歩く師匠の腕を掴んで、必要最低限だけ耳元に囁く。

「後でちゃんと話したい」

 師匠の表情が一瞬だけど揺れたのがわかったから、大人しく位置につく。あれならきっと、後で時間をくれるはずだ。
 最初はステップ踏みながら決められた陣形で動くやつだ。晩餐会にいる全員ではやらないみたいで、王様と王子、師匠、俺と、王妃と王女、あと二人、はラクレイン団長の妻と娘だそうだ。
 今の王様は、側室がいないらしい。正室の王妃が王子を産んだから、世継ぎ問題がなくて他の人を迎える必要がないとか他にも何とか。ミーチャさんがいろいろ理由を教えてくれたけど、他の国のこととか貴族の力関係がどうとか小難しくて、途中から理解するのを諦めた。あれを理解出来る師匠はやっぱりすごい。

 他の人が上手いからあんまり困らずに乗り切って、息をついたら誰かに軽く服を引っ張られた。

「っ、し、しょ」
「……後で、煙草吸いにバルコニー行く」

 それだけ言って、師匠はふいと視線を逸らした。

 何その服引っ張って話し掛けるとか可愛いしかも顔逸らしたの絶対照れ隠しだよな死ぬほど可愛い今すぐヤりたい。
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