馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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忠犬、馬鹿犬、貴方のために

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「……緊張、はしてねぇな」

 控室とやらに師匠が来てくれて、そっと頭を撫でてくれた。いつもならわしゃわしゃされるけど、今日は髪を整えられてるから崩さないように気を付けてるんだと思う。
 ずっと師匠と旅をしていたから、こういう式典なんかに出たことがなくて、緊張とか興奮とか、そういうのは俺にはわからない。普段と違うから、少しそわそわはするけど、師匠と一緒にいられないのが寂しいだけだ。仕立屋の作った服を着せられて、朝からわやわや雪崩れ込んできたメイドに髪を整えられて、ちょっとだけ化粧もされた。
 師匠の髪もいつもよりきらきらして見えて、掬い取っても指の隙間からすぐ逃げていく。着けさせられた手袋のせいで、直接触れないのがもったいない。

「緊張してるから、もっと撫でてほしい」
「ァア?」

 全然してないくせに、と鼻を摘ままれて、首を振って逃げる。してないのは本当だけど、もっと撫でてほしいのも本当だ。ここしばらく師匠と同じ予定がなかったから、全然構ってもらえてない。昨日の夜、師匠が倒れないように魔力をもらっておいたけど、キスというより作業だった。切ない。
 周りに人がいると、師匠はあんまり俺を構ってくれない。やっぱり旅をしている方が、師匠とくっついていられる。王様から地位とか何とかもらっても、とっとと王都を出た方がいい。

「式典と夜会が終われば自由の身だ。もうちっと大人しくしてろよ」
「はい、師匠」

 師匠は式典の間、王様の傍に立ってないといけないらしい。仕立屋の作った格好いい服を着た師匠と、騎士団の団長三人が王様の傍に立ってて、俺はその前に進んでいけばいいってミーチャさんに聞いた。周りには貴族とか他の国の人とか、そういう人もいるらしい。俺を認知させるのが目的だから、出来るだけたくさん集めたんだそうだ。
 それから王様が俺に名前と肩書き? 称号? か何かをくれるらしいから、それに俺が返事をして、王様に逆らいませんって言わないといけない。師匠に何もしないなら、別に噛み付くも何もないんだけど、普通の人は心配になるそうだ。普段は近付くこともないだろうし、あんまり気にする意味はないと思う。
 もう一度師匠がぽんぽん頭を撫でてくれて、控室を出ていった。

 しばらくしたら迎えの人が来て、俺もその後について広間に向かった。大きな扉の前に並んでいる青い制服の騎士が、びしっ、びしっと動いて儀礼的に扉を開ける。中に人がたくさん並んでいる。ぎらぎらしててちょっと眩しい。少しだけ目を細めて一人で真ん中を進む。赤い絨毯が真っすぐに敷いてあるから、考えなくてもそこを進めばいいとわかって簡単だ。進む先に、王様とか団長とかが立っている。師匠は王様の左だ。
 どれくらいまで進んでいいのかいまいち感覚が掴めなかったから、事前に言われていた通り、師匠の指の合図だけ見て立ち止まって、王様の前に膝をつく。頭は少し下げて、視線は床に向ける。人が話している時にはそっちを向くものだと思ってたけど、王様の場合は勝手に目を合わせちゃいけないんだそうだ。ご尊顔をみだりに拝謁するなど無礼千万何たらかんたら。王様の近衛騎士がわやわや言ってた。あいつも王様の右側に立ってた、そういえば。
 後は王様が喋っているのをしばらく聞き流して、返事をしないといけないところだけ答えればいい。口上とか儀式的な言葉とか言われても全然覚えられなかった俺に、陛下がお話しになることをお行儀よく聞いて、最後に問いかけられたら答えるようにしましょうねとミーチャさんが妥協してくれたおかげだ。

「――これらをそなたの功績として認め、ルイ・コネルの名を与えよう」

 俺の名前はルイ・コネルになるらしい。師匠にルイって識別してもらえるのか。それなら嬉しい。

「また、英雄の弟子、東の魔女の教え子たるそなたに、勇士の称号を贈る」

 勇士、が俺の地位だか称号だかみたいだ。聞き慣れないけど、騎士や兵士じゃないから王様には仕えなくていいはずだ。団長とか将軍とかでもないし、他に城で働いているのは文官って聞いたけど、勇士は文官ではない、と思うし、たぶん大丈夫。
 事前に渡しておいた俺の剣を、騎士が王様に渡す。鞘から抜く音が聞こえて、肩に剣身を置かれる。

「勇士ルイ・コネル、その剣を我が国のために揮うことを望むか」
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