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忠犬、馬鹿犬、貴方のために
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礼儀作法とか何やかんやを習って、それだけでなく何故か王女たちの恋愛指導も加わって、師匠と一緒にいられる時間がどんどん削られて困った。合間合間で忠誠を誓うことについてラクレイン団長と話したり、ミーチャさんにあれこれ相談したりもしてたから余計で、今日は久しぶりに師匠と同じ予定が入ってる。
「お待たせ致しました! 会心の出来のお衣装をお持ち致しましたわ!」
あのちょっと危うい仕立屋の、衣装が出来たから着てみてくれっていう予定だけど、師匠が一緒にいてくれれば大丈夫だ。怖くない。あんまり近付いたらいけない類いの人だという印象は拭えないけど、師匠がいてくれたら安全だ。と思う。
「俺のは大して変更ないだろ?」
「とんでもないですわ。数多の修正がございます!」
普段よりは少しだけ丁寧な、けど余所行きとまではいかない口調で師匠が聞いたら、仕立屋からすごい勢いの答えが返ってきた。着丈とか裏地とかいろいろ言ってるけど、言葉が専門的で俺にはわからない。師匠はわかってるみたいだけど、仕立屋を落ちつかせることに忙しそうだ。
「……ベティ、こいつのはゼロからだっただろう? どうなったか、先に知りたいんだ。な?」
頼む、と仕立屋の頬を包むようにして、師匠が優しい声音を出す。
どうやったら仕立屋と立ち位置変われるんだ。なんかいい魔術とかないのか。
はいぃ、とふわふわした返事をして、仕立屋がトランクから服を取り出した。黒っぽい布だ。すかさず仕立屋が連れてきた人たちが動いて、衝立で囲んだ着替え場所みたいなのが作られる。
「お弟子様、こちらへ」
腕を引かれるまま素直に衝立の中に入って、上下を脱いで服を着せてもらう。やたらボタンとか飾り紐とか付いてるから、絶対一人じゃ着られない。脱ぐのも無理な気がする。自分でやったらたぶん、どっか引っ掛けてびりってしそうだ。
「……重い……」
ただ、普段着てる装備より重い気がする。ひだが付けられているわけでもないし、ボタンと紐でそんなに重くなるのか。布も特に厚みのあるものじゃない。
これをトランクに入れて持ってきてたから、仕立屋も結構大変なのかもしれない。手伝ってもらうほどじゃないけど、途中で休憩はしたくなる重さだ。俺のがこれなら、師匠のはもっとすごいはずだし、仕立屋の荷物は予想以上に重そうだ。
「銀糸で刺繍を入れておりますから、ある程度重量は出てしまいますわ。お弟子様、腕を上げてくださいます? 少しお直しさせて頂きたく存じます」
言われるまま体を動かすと、仕立屋がくるくる周りを動きながら服を調整していった。ぴったり体に添っているのに、仕立屋がちょっと手を入れる度に動きやすくなっていく。布が突っ張らない。足を曲げられるし腕が上げられる。仕立屋が動けば動くほど、まともに動けるようになった。これで何か起きても戦える。
「他に気になる箇所はございますか?」
「……大丈夫。ありがとう、えっと……ベティさん?」
人間は名前が大事らしいから、仕立屋の名前も呼んでおく。確か、ベティ・ハウエルって名乗ってた。王女たちも、告白する時は名前を呼んだ方がいいって言ってたし、お礼を言う時も同じだろう。
「良き肉体には良きお召し物を、私は当然の仕事をしたまでですわ。さあ、バルトロウ様にお披露目致しましょう!」
やっぱり危ない人だ。ちょっと戸惑いつつ、仕立屋に背中を押されて衝立の囲いから出る。師匠は椅子に座って、肘掛けに頬杖をついて外を眺めていた。組んでる足が長くて、結んでる髪がさらさら流れてて、どこからどう見ても格好いい。
「バルトロウ様、いかがでしょう!」
振り向いた師匠が俺を上から下まで眺めて、立ち上がって近付いてくる。ぐるぐる俺の周りを回って、飾り紐をぴらぴらしたり、刺繍を近くで見たりしてる。師匠が動くと、いいにおいがしてよくない。俺が興奮する。
「炎と、剣と……何だ、ペン?」
「魔術にするか、悩んだのですけれど……お弟子様の功績といえば、やはり『消失』に関する発見の方がよろしいかと」
「そうか」
師匠の長い指が、服についている刺繍を確かめるように服の上をなぞっていく。
「お待たせ致しました! 会心の出来のお衣装をお持ち致しましたわ!」
あのちょっと危うい仕立屋の、衣装が出来たから着てみてくれっていう予定だけど、師匠が一緒にいてくれれば大丈夫だ。怖くない。あんまり近付いたらいけない類いの人だという印象は拭えないけど、師匠がいてくれたら安全だ。と思う。
「俺のは大して変更ないだろ?」
「とんでもないですわ。数多の修正がございます!」
普段よりは少しだけ丁寧な、けど余所行きとまではいかない口調で師匠が聞いたら、仕立屋からすごい勢いの答えが返ってきた。着丈とか裏地とかいろいろ言ってるけど、言葉が専門的で俺にはわからない。師匠はわかってるみたいだけど、仕立屋を落ちつかせることに忙しそうだ。
「……ベティ、こいつのはゼロからだっただろう? どうなったか、先に知りたいんだ。な?」
頼む、と仕立屋の頬を包むようにして、師匠が優しい声音を出す。
どうやったら仕立屋と立ち位置変われるんだ。なんかいい魔術とかないのか。
はいぃ、とふわふわした返事をして、仕立屋がトランクから服を取り出した。黒っぽい布だ。すかさず仕立屋が連れてきた人たちが動いて、衝立で囲んだ着替え場所みたいなのが作られる。
「お弟子様、こちらへ」
腕を引かれるまま素直に衝立の中に入って、上下を脱いで服を着せてもらう。やたらボタンとか飾り紐とか付いてるから、絶対一人じゃ着られない。脱ぐのも無理な気がする。自分でやったらたぶん、どっか引っ掛けてびりってしそうだ。
「……重い……」
ただ、普段着てる装備より重い気がする。ひだが付けられているわけでもないし、ボタンと紐でそんなに重くなるのか。布も特に厚みのあるものじゃない。
これをトランクに入れて持ってきてたから、仕立屋も結構大変なのかもしれない。手伝ってもらうほどじゃないけど、途中で休憩はしたくなる重さだ。俺のがこれなら、師匠のはもっとすごいはずだし、仕立屋の荷物は予想以上に重そうだ。
「銀糸で刺繍を入れておりますから、ある程度重量は出てしまいますわ。お弟子様、腕を上げてくださいます? 少しお直しさせて頂きたく存じます」
言われるまま体を動かすと、仕立屋がくるくる周りを動きながら服を調整していった。ぴったり体に添っているのに、仕立屋がちょっと手を入れる度に動きやすくなっていく。布が突っ張らない。足を曲げられるし腕が上げられる。仕立屋が動けば動くほど、まともに動けるようになった。これで何か起きても戦える。
「他に気になる箇所はございますか?」
「……大丈夫。ありがとう、えっと……ベティさん?」
人間は名前が大事らしいから、仕立屋の名前も呼んでおく。確か、ベティ・ハウエルって名乗ってた。王女たちも、告白する時は名前を呼んだ方がいいって言ってたし、お礼を言う時も同じだろう。
「良き肉体には良きお召し物を、私は当然の仕事をしたまでですわ。さあ、バルトロウ様にお披露目致しましょう!」
やっぱり危ない人だ。ちょっと戸惑いつつ、仕立屋に背中を押されて衝立の囲いから出る。師匠は椅子に座って、肘掛けに頬杖をついて外を眺めていた。組んでる足が長くて、結んでる髪がさらさら流れてて、どこからどう見ても格好いい。
「バルトロウ様、いかがでしょう!」
振り向いた師匠が俺を上から下まで眺めて、立ち上がって近付いてくる。ぐるぐる俺の周りを回って、飾り紐をぴらぴらしたり、刺繍を近くで見たりしてる。師匠が動くと、いいにおいがしてよくない。俺が興奮する。
「炎と、剣と……何だ、ペン?」
「魔術にするか、悩んだのですけれど……お弟子様の功績といえば、やはり『消失』に関する発見の方がよろしいかと」
「そうか」
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