馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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忠犬、馬鹿犬、貴方のために

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 質問が斜め上だった。

「……どう、とは……」

 師匠のことは強くて格好いいとか綺麗で優しいとか、そう思ってるけど、見てわかることだから聞いても仕方ないと思う。王女が聞きたいのがどういうことかわからなくて聞き返す。

「親と同じくらい大切に思っているとか、そういうの、あるでしょう?」

 親と同じくらい、と言われても、親を知らないからわからない。けど師匠に対する感情は、親に向けるものじゃないだろうな、とは思う。さすがに父親とか母親を抱きたいとは思わないだろう。

「……師匠を親と思ったことは、ないです」
「あれ、でも叔父上がお弟子様を育てられたんですよね?」
「はい」

 自分でも歳はよく知らないから、はっきりとは言えないけど。少年、と呼ばれるくらいの年頃で師匠に拾われて、それからずっと一緒にいるから、育ててもらったのは間違いない。でも、師匠は師匠で、クライヴ・バルトロウという人だから、大切には思っているけど親と考えたことはない。

「それなら、剣のお師匠様、というだけ?」
「……師匠は、師匠だけど……そもそも、クライヴ・バルトロウだし……」
「英雄、と仰りたいの?」
「英雄だけど……あの人は、クライヴ・バルトロウ、です」

 どう言えば伝わるだろう。
 いい言葉が思い浮かばなくて首を傾げたら、王女と王子も一緒になって首を傾げる。

「……姉上、お弟子様は、一人の人間として叔父上を慕っていらっしゃると仰りたいのでは!」

 王子が何か、都合のいいことを言っている気がする。たぶんだいたい言いたいことと同じだろうと否定しないでおいたら、王女と王子で盛り上がり始めた。俺が面倒なことにならなければ好きにしてもらって構わないから、放っておく。スコーンだけじゃなくてサンドイッチもおいしい。城に来て良かったことの一つは、どれを食べても何を飲んでも、おいしいことだ。
 王女たちのことは特に気にせず食べて飲んでしてたら、いきなりそれぞれに手を取られた。

「え」
「お弟子様! あなたの叔父様への愛、認めますわ!」
「……はい?」
「お弟子様なら、僕たちも安心して叔父上を託せそうです!」
「……えっと?」

 何だこの二人。まるで聞いてなかったけど、何をどう盛り上がってそうなった。

 まさかちゃんと聞いてませんでしたと言うわけにもいかなくて、にこにこ俺の手を握っている二人にとりあえずお礼を言っておく。否定的じゃなかったから、たぶん困らない、と思う。

「それでお弟子様、叔父様にちゃんと愛は告げられまして?」
「……何だって?」

 話の展開についていけない。愛を告げるって何だ。いや、師匠は手に入れたいと思ってるけど。

「女性でも男性でも、好きだよ、とか、愛してる、とかはきちんと伝えないとだめですよ」
「は、はい」

 王子にも真剣な顔で諭されて、二人の勢いに気圧されて頷いた。

 王家の教育で、伴侶と円満な関係を築くためには、ということをみっちり教えられるんだそうだ。
 王女は他の国の王族に嫁がないといけないから、相手の心を掴むのが最善、最悪でもこの国が不利にならないよう動くことを教え込まれるらしい。何それ怖い。
 王子は王子で、場合によっては正室だけでなく何人もの側室を迎えることになるから、きちんと正室を引き立てつつ、誰かが突出しすぎないように均衡を保って愛情を注ぐ必要があるそうだ。何それ怖い。
 そういう政治的つり合いとか大勢とのやり取りとか、俺には出来ない。師匠一人を追いかけるのが精いっぱいだ。

「いいこと、二人きりで、ムードを作って、叔父様にきちんと本気だと受け取ってもらえる状況で、愛を囁くのよ」
「はい」
「叔父上はご自分に向けられる好意にあまり関心のない方なので、真っすぐに、愛してるとか好きだとか言ってあげてください」
「はい」

 突然現れた恋愛指導の先生二人に、お茶会の時間いっぱい懇々と愛情表現について説かれた。別の意味でお腹いっぱいになった。
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