馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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忠犬、馬鹿犬、貴方のために

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 興味くらいあるだろと口角を上げて、師匠は煙草を口にくわえた。煙草の先が赤く光って、また暗くなる。

「カーティスっつー公爵家があってな。大昔、当時の王弟が臣籍降下して出来た家だ。その後も何度か、王女が降嫁したり、カーティス家の娘が王家に嫁いだりしてる」

 そういう家はカーティス家だけじゃなかったけど、王家の血筋があまり拡散するのも、という誰かの配慮だか何だかがあって、徐々に減らされていったらしい。今でも王家の血を引いた公爵家として残っているのは三つで、カーティス家はそのうちの一つ。

「……まあ、俺の実家だ」

 煙草の火がしばらく光って、細い煙がたなびいた。

「父親はアルベール・カーティス、母親はオデット・カーティス、もうどっちも死んでる。兄がベルナール、現カーティス公爵だ。ラクレインとこで見ただろ。それから姉がクリスティーヌ、もう嫁いで家は出てる」

 あいつ次会ったらぶっ殺してやると思ってたのに。師匠と血縁だったら、家族の絆は強いらしいから、俺が殺したら師匠が苦しむかもしれない。
 舌打ちしそうになったのをごまかして唸って、師匠の瞳を見る。暗い中でも綺麗な宝石。

「で、末子がアドルフ・カーティス、俺だな」

 血筋はいいんだ、と疲れたように笑って、師匠は灰皿で煙草をもみ消した。
 師匠の金色の髪は、王家の血が入っているかららしい。そういえば王様も金髪だった。公爵の方は金髪じゃなかったけど、カーティス家は薄い茶色の髪が多いんだそうだ。

「王家の血筋がわかる金髪、おまけに魔力持ちの金の目だ。ベルナールも優秀だった分、父親がひどく期待しちまってな」

 学問、武術、馬術、礼儀作法、音楽や美術みたいな教養、ありとあらゆることに教師がついて、一日中勉強漬けになった。出来てもそれは当然で、褒められるわけじゃなくて。出来なかったところは責められる。魔術に関しては、魔力があるのに全然発動出来なくて、毎日のように叱責される。そんな生活だったらしい。

「……俺もガキだったから、父親に応えたくて……まあ、折れかかって。苦手になった」

 公爵はその父親に見た目がそっくりなんだそうだ。だから兄の公爵に思うところはなくても、その外見だけで、父親を思い出して苦しくなるらしい。
 兄の方も、俺からすればどうかと思う態度だったような気はするけど。師匠は別に、気にしてないみたいだ。

「……だから、あんまり……城には、来たくねぇんだけどな。いろいろ黙らせるには、リチャード使うのが早ぇから」

 大人しく聞いてられなくなって、師匠に口付けた。止まらなくなる自信があったから、舌は入れないで、何度も、唇で触れるだけ。
 拒まれないから、何度も。

「師匠……昔話、もういいから」

 中腰がちょっと辛くなってきた。さすがに師匠の膝の上に座るのはまずいから、傍の地面に座る。椅子と椅子じゃ、距離が近すぎる。我慢出来なくなる。地面と椅子で何とかってくらい。師匠の足を取って爪先に口付けて、頭を抱える。
 何考えてんだこの人。たぶん、何も考えずに無意識でやってると思うけど。

「……何してんだ、馬鹿犬」

 不思議そうな声で言った師匠は、絶対余計なもんまで抱えてるくせに、俺のことにも心を砕いて、苦手なことまでしてくれてる。嫌なことまで我慢して、何かしてくれるって、もう、自惚れてもいいだろう。

 自覚してないくせに。こんだけ師匠のことしか見てない俺に。

 絶対に手に入れてやる。背負ってるもん全部捨てろとは言わないけど、でも、この人の真ん中に俺を捻じ込んでやる。

 俺が欲しいのは、クライヴ・バルトロウだ。

 立ち上がった俺を訝しげに見上げる師匠に唇を落として、抗議しようとする師匠を遮って告げる。

「……覚悟しろ」
「……は?」

 きょとんとした顔で聞き返した師匠にもう一度口付けて、バルコニーの縁に行く。はっきり、喉笛に噛み付いて言い聞かせないと、きっとあの人はわからない。

「おやすみなさい、師匠」

 その綺麗な首に、食らいついてやる。
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