馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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忠犬、馬鹿犬、貴方のために

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 ダンスとか礼儀作法とかいろいろ、元々師匠に教えられてて何とかなったことも多いけど、今回の話がなかったら絶対必要ないだろうことも習って、夜はくたくただ。城の中では噛み付くな、行儀良くしろって師匠に言われたから、ちゃんと真面目に話を聞いて、覚えて、再現出来るように頑張っている。
 それなのに師匠と別々にされたから、部屋に戻ってもちっとも元気になれない。毎日風呂に入れるのは贅沢だけど、すごく広かったし師匠と一緒に入りたい。
 だめだ、師匠と一緒に入ったら風呂どころじゃなくなる。毎回ぎんぎんになるに違いない。何とは言わないけど。
 食事も部屋で食べるから、一人。寝る時も一人。寂しい。

 寂しいからバルコニーに出て、隣を覗く。別とはいっても師匠は隣の部屋で、夜にはだいたいバルコニーで、煙草を吸っていることが多いからだ。

「師匠」

 足を組んで煙草を吸っている師匠が、月明かりで照らされている。
 今すぐ国一番の画家を呼んで描かせたい。切実に。現実的にはそうもいかないから、仕方なく俺の脳内宝物庫を潤すだけにしておく。

 バルコニーの手すりを踏んで、師匠の方に跳び移る。最初はちょっと目測を誤って落ちかけて、師匠が慌てて掴んでくれた。結構高い位置にあるから、落ちたら危なかった。引き上げてもらった後めちゃくちゃ怒られたけど、師匠と二人っきりで過ごせるからやめない。

「……毎晩毎晩飽きねぇな、馬鹿犬」

 師匠の部屋に勝手に入って、俺も椅子を持ってきて傍に座る。お酒でも用意出来たらいいけど、城だと誰かに頼まないといけないし、俺がバルコニーをぴょんぴょんしてるのもバレるかもしれないからダメだ。師匠にすごく怒られたから、普通はやっちゃいけないことなんだと思う。

「師匠補充しないと死ぬ」
「……何言ってるかわかんねぇ度合いも上がったな」

 煙を吐いて、邪魔くさそうに師匠が髪を後ろに払う。湯浴みをしたら師匠は髪を結ばないから、ちょっと首を傾けるとすぐに前に流れてきて鬱陶しいらしい。師匠は器用だから出来ないことはないと思うけど、自分では髪を手入れしたり結んだりしない。城に来る前までは俺に、城に来てからはフットマンに任せっきりみたいだ。

「結ぶ?」
「……寝るだけだからいい」

 ちょっとだけ椅子を近付けて、師匠の髪を取って口付ける。

 最近、師匠が俺の好きにさせてくれる範囲が増えたみたいな気がする。ちらりと師匠の方を見ても、静かに煙草を吸っているだけだ。俺を止めるでもなく、意識するでもなく、ただ、俺がすることをそのまま受け入れてくれている。

 それがどれくらい、俺にとって意味のあることか、きっと知らないままそうしている。

「……昔、テメェがなかなか寝なくて苦労したことがあったな」

 吸っていた煙草を灰皿に突っ込んで、師匠が二本目を取り出す。ウィルマさんに習ったから、魔術で火を出して差し出したら、師匠は少し目を見開いた。それからくわえ煙草で薄く笑って、俺の手首を掴んで引き寄せて火を点ける様子は、ちょっとエロかった。

「……子守歌なんざ柄じゃねぇし、適当におとぎ話聞かせても寝やがらねぇし」
「……師匠の声、聞いてたかったから」

 寝ると師匠の声を聞けなくなって、もったいないから。子供の頃、師匠と一緒に寝る時は、師匠が俺だけのために話してくれるのが嬉しくて、ずっと起きてようと頑張ってた。
 今だって師匠といられる時間は大切だけど、さすがに寝ないと後がきついことは理解してる。

「今もか」

 もちろん聞いてたい。師匠は全部が俺の特別だ。

 こくこくと頷いたら、ため息をつくように師匠が煙を吐き出した。ぐしゃぐしゃと髪をかき回すから、艶々と光を反射していた髪がぼさぼさになる。そんなに呆れられるようなことをしただろうか。首を捻りつつ、師匠の髪を手で梳いて直す。

「……昔話してやるから、聞いたら戻れ。寝ろ」

 近い、と俺の椅子を押しやって、師匠はとんとんと灰皿の上で煙草を叩いた。

「昔話?」
「……俺の話」
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