馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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忠犬、馬鹿犬、貴方のために

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 俺の名前一つ付けるのにひと月準備するとか、城って随分手間が掛かるんだなと思ってたら、式典とか舞踏会とか晩餐会とか、パーティーの規模が大きいやつをわざわざやるらしい。前にラクレイン団長に言われたような、師匠の傍に俺がいるのがどうたらこうたら言うやつを黙らせるためにやるんだそうだ。面倒だと思ったけど、師匠と一緒にいるためなら頑張れる。
 仕立屋が来ていたのもそれに向けて服を作るためで、そっちはもうしばらく掛かるらしい。師匠がめちゃくちゃ格好いい服を着てくれるなら、そっちもいくらでも待てる。俺のは着心地が悪くなかったらそれでいい。でもシルクとか、着慣れない高そうな素材は勘弁してもらいたい。すぐに破きそうだ。

「あ」

 ただ、問題は舞踏会ってやつだ。ステップとかいう動き方を覚えないといけない。何かの陣形みたいに並んで動くとか、男女でペアになって動くとか、それを音楽に合わせてやるとダンスになるらしい。
 武術の足運びみたいだから、覚えられないわけじゃないけど、音に合わせて、とか、リズムよく、とか、相手と揃えて、とか言われても困る。戦う時は相手のタイミングをずらすのが基本だし、音楽なんて真面目に聞いたこともない。管弦楽だとか室内楽だとか、孤児に音楽的教養を求めないでほしい。

「今のステップは左足ではなく右足からですわ」
「はい……」

 ダンスの指南役は丁寧に教えてくれる。俺が何回間違えても嫌な顔をしない。俺が足を踏んづけた時には、一瞬だけど痛そうな顔をしてたから申し訳なかった。結構思いっきり踏んだ感じになったから、悪かったなと思う。けど踏まないようにと下を向いて注意するのもだめって言われたから、踏み出す時にあんまり体重を乗せないように気を付けている。
 ただ、そうするとふわふわした動きになって格好良くないらしくて、指南役には、もっと頭のてっぺんから足の先まで意識して使えと言われてだめ出しされた。
 意識してるつもりだけど、相手の足を力強く踏ん付けるのは悪いし、どうすりゃいいんだ。
 慣れない動きにくたびれて、ため息を吐く。

「少し休憩に……あら、バルトロウ様」

 視線を上げたら、いつのまにか師匠が来ていた。師匠はダンスのステップなんて当然のように知っていたし、その辺を歩いている貴族の顔と名前も全部一致していた。礼儀作法は、余所行きモードになれば言うまでもない。
 だから俺がこうして付け焼き刃の授業を受けている間は、一人でどこかに行って何かしているらしいけど、何をしているのかまでは聞いていない。師匠も何も言わないから、今のところは知らなくていいことなんだろう。

「邪魔するつもりはない。気にせず続けてくれ」
「ちょうど休憩にしようとしていたところですの。お茶はいかがですか?」
「……なら、呼ばれようか」

 部屋の端っこにあるテーブルについて、メイドと呼ばれている人に指南役がお茶の用意を頼む。あのいつでも壁際に立って控えている人たちは、男はフットマン、女はメイドと呼ぶらしい。ミーチャさんは従者、だからまた別の種類みたいだけど、ひとまず俺や師匠の傍にいるのはフットマンがほとんどだ。指南役は女だから、メイドが付くものらしい。城の中にいて仕事をする人たちの世話をするのが仕事って、よくわからない構造だ。
 出されたお茶は俺にはおいしく思えたけど、師匠には違いがわかるのか、ミーチャさんの時ほど進みは良くなかった。

「進み具合はどうだ?」
「バルトロウ様のお弟子様ですもの、ステップについては完璧ですわ。音楽や相手に合わせる、というところを難しく感じていらっしゃるようですけれど」

 なるほど、と頷いた師匠が、顎に手を当てて窓の外を見やる。

 俺のダンスなんてどうでもいいから、師匠が踊っているところをひたすら眺めさせてもらえないだろうか。絶対格好いい。

「来い」
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