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忠犬、馬鹿犬、貴方のために
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頷いたら、団長が閣下の後についていった。俺も師匠を振り返って、少し考えて手を伸ばすのをやめる。今触ったら、師匠が壊れそうな気がした。
「師匠……部屋、行こう」
何度か瞬いて俺の方を向いた碧の目には、金色が滲んでいる。宝石が、今にも砕けそうに揺らめいて見えた。
「師匠」
まだ触れない。声を掛けて辛抱強く待ってたらゆっくり歩き出してくれたから、斜め後ろを歩く。さっきまでの怯えはもう見えないけど、今度は全部を拒んでいるみたいに、師匠から感情が読み取れない。歩き方や表情はいつも通りなのに、誰も受け入れることなく閉じている。
傍にいるのに、師匠の傍に俺がいないのは悲しい。俺の苦しいとか、悲しいとか、そういうのを師匠はきちんと見ていてくれて楽にしてくれるのに、自分の辛さは全然俺に渡してくれない。もっとちゃんと、師匠が苦しくないように出来る人間になりたい。
部屋に戻っても師匠は元に戻らなくて、ソファに腰を下ろすと足を抱えて蹲ってしまった。それでもきっちり靴は脱いでいるから、やっぱり師匠は育ちがいい人間なんだと思う。
何となく、拒まれない気がして隣に座ったら、もぞもぞと寄ってきてくっつかれた。
……何だこれ可愛い。
「師匠?」
「……紅茶が飲みたい」
俺じゃ出来ない。少し考えて、壁際で控えてくれている人にミーチャさんを呼んでくれるようお願いした。
ミーチャさんは王様の従者らしいけど、しばらく接していた限り、師匠が最優先だった。王様じゃなくていいのかと思ったけど、こういう時はすごく助かる。それに俺が想像する以上に、いろんなことをベストタイミングでやってくれるから、きっと今回も上手く助けてくれるはずだ。
思った通り少し待っただけで、サービングカートを押したミーチャさんが来てくれた。王様の仕事がどうなっているかは知らない。たぶん王様なんだから従者はミーチャさん一人じゃないはずだし、師匠は一人しかいないからこっちを優先してもらう。
「お待たせいたしました」
大して待ってはいないけど、そう言って綺麗な色のお茶が入ったカップを出してくれる。両手でカップを持ってちびちび飲むと、師匠がようやく空気を緩めた。体勢は変わらないけど、言葉を受け取ってくれそうな、拒絶じゃない雰囲気だ。
「ご気分はいかがですか?」
「……少し、良くなった。ありがとう、ミーチャ」
「私の務めですから」
師匠がまだお茶の残ったカップをテーブルに戻す。まだ俺にくっついたままだ。体重を掛けられているわけじゃないから、重たくはない。けど可愛いから困る。普段あんなに格好良くて、俺が迂闊に手を出したら即座に蹴り飛ばされて痛い目見るはずなのに、今は体を丸めてただ俺にくっついている。
……可愛いな?
「……馬鹿犬、何カーティスに喧嘩売ってんだ」
「え」
買ったつもりでいた。わざわざ向こうから近寄ってきて、押し売りしてきたと思っていたくらいだ。
「向こうが売ってきた……」
むしろ噛み付かなかっただけ褒めてほしい。礼儀がどうとか身分がどうとか言われても、俺は孤児だから知ったこっちゃない。師匠が困るなら、俺も困るけど。
師匠がため息をついて、俺に体重を掛ける。倒れはしないけどちょっと驚いた。
「……あいつ見ると、父親思い出して」
ミーチャさんが出してくれたお菓子を、師匠が俺の口に突っ込む。おいしいけど、何で強制的に食べさせられたんだ。さくさくしててバターの香りが強くておいしい。これは確かクッキーってやつ。
一つ食べ終わったら、もう一つ口に突っ込まれた。おいしいけど。
「……息が、詰まる」
口の中にものが入ってるから、喋ったら怒られる。それで食べさせられたのかもしれない。
急いでクッキーを飲み込んで、師匠に頬を擦り寄せる。怒られなかった。
だから、ミーチャさんにお願いする。
「今日、このまま休んでもいいですか」
「……そうですね、本日はレッスンをお休みにいたしましょう」
式典とやらに向けて、ダンスとか礼儀作法とか貴族の名前とかいろいろ覚えさせられているんだけど、後で頑張るから、今日はこのまま師匠の傍にいさせてほしい。
「師匠……部屋、行こう」
何度か瞬いて俺の方を向いた碧の目には、金色が滲んでいる。宝石が、今にも砕けそうに揺らめいて見えた。
「師匠」
まだ触れない。声を掛けて辛抱強く待ってたらゆっくり歩き出してくれたから、斜め後ろを歩く。さっきまでの怯えはもう見えないけど、今度は全部を拒んでいるみたいに、師匠から感情が読み取れない。歩き方や表情はいつも通りなのに、誰も受け入れることなく閉じている。
傍にいるのに、師匠の傍に俺がいないのは悲しい。俺の苦しいとか、悲しいとか、そういうのを師匠はきちんと見ていてくれて楽にしてくれるのに、自分の辛さは全然俺に渡してくれない。もっとちゃんと、師匠が苦しくないように出来る人間になりたい。
部屋に戻っても師匠は元に戻らなくて、ソファに腰を下ろすと足を抱えて蹲ってしまった。それでもきっちり靴は脱いでいるから、やっぱり師匠は育ちがいい人間なんだと思う。
何となく、拒まれない気がして隣に座ったら、もぞもぞと寄ってきてくっつかれた。
……何だこれ可愛い。
「師匠?」
「……紅茶が飲みたい」
俺じゃ出来ない。少し考えて、壁際で控えてくれている人にミーチャさんを呼んでくれるようお願いした。
ミーチャさんは王様の従者らしいけど、しばらく接していた限り、師匠が最優先だった。王様じゃなくていいのかと思ったけど、こういう時はすごく助かる。それに俺が想像する以上に、いろんなことをベストタイミングでやってくれるから、きっと今回も上手く助けてくれるはずだ。
思った通り少し待っただけで、サービングカートを押したミーチャさんが来てくれた。王様の仕事がどうなっているかは知らない。たぶん王様なんだから従者はミーチャさん一人じゃないはずだし、師匠は一人しかいないからこっちを優先してもらう。
「お待たせいたしました」
大して待ってはいないけど、そう言って綺麗な色のお茶が入ったカップを出してくれる。両手でカップを持ってちびちび飲むと、師匠がようやく空気を緩めた。体勢は変わらないけど、言葉を受け取ってくれそうな、拒絶じゃない雰囲気だ。
「ご気分はいかがですか?」
「……少し、良くなった。ありがとう、ミーチャ」
「私の務めですから」
師匠がまだお茶の残ったカップをテーブルに戻す。まだ俺にくっついたままだ。体重を掛けられているわけじゃないから、重たくはない。けど可愛いから困る。普段あんなに格好良くて、俺が迂闊に手を出したら即座に蹴り飛ばされて痛い目見るはずなのに、今は体を丸めてただ俺にくっついている。
……可愛いな?
「……馬鹿犬、何カーティスに喧嘩売ってんだ」
「え」
買ったつもりでいた。わざわざ向こうから近寄ってきて、押し売りしてきたと思っていたくらいだ。
「向こうが売ってきた……」
むしろ噛み付かなかっただけ褒めてほしい。礼儀がどうとか身分がどうとか言われても、俺は孤児だから知ったこっちゃない。師匠が困るなら、俺も困るけど。
師匠がため息をついて、俺に体重を掛ける。倒れはしないけどちょっと驚いた。
「……あいつ見ると、父親思い出して」
ミーチャさんが出してくれたお菓子を、師匠が俺の口に突っ込む。おいしいけど、何で強制的に食べさせられたんだ。さくさくしててバターの香りが強くておいしい。これは確かクッキーってやつ。
一つ食べ終わったら、もう一つ口に突っ込まれた。おいしいけど。
「……息が、詰まる」
口の中にものが入ってるから、喋ったら怒られる。それで食べさせられたのかもしれない。
急いでクッキーを飲み込んで、師匠に頬を擦り寄せる。怒られなかった。
だから、ミーチャさんにお願いする。
「今日、このまま休んでもいいですか」
「……そうですね、本日はレッスンをお休みにいたしましょう」
式典とやらに向けて、ダンスとか礼儀作法とか貴族の名前とかいろいろ覚えさせられているんだけど、後で頑張るから、今日はこのまま師匠の傍にいさせてほしい。
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