馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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忠犬、馬鹿犬、貴方のために

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 どこで師匠に遊んでもらえるのかと思ってたら、ラクレイン団長の騎士団のところだった。城の中で剣を振り回せるとなると、騎士団の訓練所とかそういうところくらいだそうだ。ヒューさんに作ってもらった剣を持って、わくわくしながら師匠についていって、団長に場所を借りる許可をもらった。
 何でか団長もついてきて、前にぶちのめした騎士たちが周りを囲んでいる。

「……仕事しろ、ラクレイン」
「英雄と弟子の立ち合いと仕事なら、俺は前者を取る」
「仕事しろ」

 団長は俺と師匠が切り合うところを見たいらしい。遊んでもらうだけだから、大したことはないと思うけど。それに周りを囲まれていて狭いから、注意して動かないといけない。人間は柔らかすぎて足場に向いてない。

「……お前らもっと距離取れ。邪魔だ」

 師匠が周りの騎士を散らして、場所が広くなった。これなら一応、巻き込む心配はないと思う。
 金属音がして何かと思ったら、師匠が剣を抜いている。

「師匠、剣使ってくれるの」
「剣術馬鹿どもが見たいらしいからな」

 やった。遊びじゃなくて実践だ。

 俺も剣を抜いて、師匠に駆け寄って仕掛けた。左側から切り上げる。逸らされるからもう一方の手で同じ軌道に鞘を振る。足で弾かれた。左から剣が迫ってくる。後ろに跳んで、右にも跳んで回り込む。師匠の剣が光って見える。右側から薙がれたから、いったん屈んで避けた。そのまま曲げた足をばねにして迫って、膝を狙う。避けられ、あ、まずい。
 左から来た何かを腕で防いだけど、思いっきり飛ばされた。たぶん蹴られた。当たったところがじんじんする。地面で勢いを殺そうと思ったら速すぎて着地に失敗して、そのまま壁にぶち当たって痛かった。衝撃で勝手に息が漏れて、ちょっとむせる。むせてる場合じゃないのに。
 動かない体を叱咤して、咳を唸り声で黙らせる。もっと食らいついていかないと、あの人に届かない。
 もう一度駆け出して右から薙ぐ。師匠はいつも、最低限の動きで逸らすか避けるかだ。
 だから振った剣を足場にして上から押さえ込まれるとは思ってなくて、あっさり潰された。

「っぐ」

 首が冷たい。剣が当てられてる。

「鞘使うのは悪くなかった」

 褒められた。けど、やっぱり遠ざかった気がする。

「まだやるか?」
「やる!」

 師匠が俺の上からどいて、少し離れたところでもう一度構えてくれる。力の籠っていない自然体。強くて、格好良くて、俺のどんな攻撃も軽くあしらえる人。
 今度は何も考えずに両手で上から剣を振り下ろす。片手で切るより重くなるから、師匠も簡単にはいなせない、はず、だけど。

 ……変だ。師匠が無策でただ受けるはずないのに。

 少し距離を取って、師匠を観察する。
 恐怖、緊張、不安、委縮。

 師匠が?

 いつもなら怒られるけど、視線を外して原因を探す。訓練所の入り口にいる。あいつだ。
 ゆったりと師匠の方に歩いてくるから、師匠の少し後ろに立ってすぐに守れる位置を取る。近付いてきて気が付いたけど、師匠と同じ、碧の瞳をしてる。

「まだこのような野蛮なことをしているのか」

 師匠と、知り合いだろうか。掛けられた声にはほとんど温度がない。師匠がゆっくりと剣を収めて、どこか所在なさそうな様子で、男に向き直った。

「カーティス、公爵、閣下」
「……剣などにうつつを抜かしたせいで、私の名も忘れたか、アドルフ」

 師匠から感じるのは、怯えだ。どんな魔物相手でも、怯んだことのない人が。こいつ、師匠に何をした。

「英雄などと持ち上げられ、各地を遊び歩いて。羽は伸ばせたか?」

 遊び歩いてなんかいない。師匠が巡っているのは、警備部隊もいないような小さな村や町ばかりだ。騎士団の手が回らないような場所に行って、魔物を倒している。その途中で酒を飲んだり娼館に行ったりはするけど、でも、遊んでるだけじゃない。

「遊行はもう気が済んだだろう。いい加減カーティス家のものとして」
「この人の名前は、クライヴ・バルトロウだ」

 師匠の前に立って、相手を遮った。いい加減にするのはこいつの方だ。噛み付くなって言われたから殴らないけど、今すぐぶっ飛ばしたい。

「……貴殿に発言を許可した覚えはないが」

 師匠と同じ瞳なのに、まるで冷たい色だ。師匠の目は宝石みたいに綺麗だけど、こいつのには全然煌めきがない。

「あんたの許可が必要だなんて、思ってない」
「何?」
「……閣下、こちらは公爵家の方がいらっしゃるような場所でもありますまい。私にご用でしたらどうぞ、執務室で伺いますよ」

 団長がさらに俺の前に立って、閣下とやらを促した。団長は俺より大きいから、俺も師匠も団長の体で隠される。

「……出世したものだな、ギュンター」
「お褒めに預かり、光栄です」

 俺からはよく見えないけど、たぶん団長と睨み合ってから、閣下、が踵を返した。少し離れたタイミングで、団長が俺を振り返る。

「猟犬くん、バルトロウを頼む」
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