50 / 116
忠犬、馬鹿犬、貴方のために
3-2
しおりを挟む
「座ってんのがリチャード、控えてんのがミーチャ、後ろがレイノルド・ヴァーリだ」
師匠が教えてくれたから、この人たちの名前は覚える。属性は知らないけど、必要なら師匠が教えてくれるし、向こうから何か言ってくると思う。普段から王城の中にいるみたいだから、今後関わるかどうかは知らない。
騎士が何か師匠に文句を付け出したけど、そっちは我慢する。城では噛み付くなって言い付けだ。
「そうかそうか、その子が噂の弟子だね? 初めまして、皆の国王陛下のリチャードです! よろしくね!」
座ってる人が明るく元気良く教えてくれた。
王様だったのか。いやこれ、どういう反応が正解だろう。
戸惑って黙ってたら、また騎士がわちゃわちゃ言う。
「貴様、陛下の御名を賜っておきながら、自分では名乗りもせず……」
「その名乗る名前がないからな。リチャード、こいつに名前寄越せ」
名前。俺の。
人間は名前で識別するって師匠が言って、でも俺に名前がなくても師匠は覚えててくれるって。
どうして。名前。嬉しい? わからない。
呆然と師匠を見るけど、師匠は俺を振り返ったりしない。
「……クライヴ、君のそういう率直な物の言い方、僕は本当に好きだよ……」
王様が顔を覆って俯いて、騎士は顔を真っ赤にした。
「カーティス、貴様という男は……!」
ぶるぶると震えて腰の剣に手を掛けたから、ソファの背を踏み越えて床に叩き伏せる。城の中では噛み付くなって言われたけど、師匠に手を出すやつは殺す。折るか切るか。切ろう。剣を抜こうとしたら、待てって言われた。
「馬鹿犬、そいつが死ぬと後が面倒なんだ。来い」
「…………はい、師匠」
師匠に止められたら仕方ない。切るんじゃなくて、先に殴るなり蹴るなりしておけば良かった。もっと迷わずに動けるようになっておかないといけない。
上からどいてソファの後ろに戻ろうとしたら、師匠の隣に座るよう促されたからちょっと迷って腰を下ろす。誰かと話している師匠の隣に俺が座ることは、滅多にない。あんまり話す必要がないし、だいたい師匠の知り合いだから、俺が黙ってても何も言われなかった。
大人しくしてろって頭を撫でられて、素直に頷く。師匠に撫でてもらうのは嬉しい。例え言うことを聞かせるための飴だったとしてもだ。
「うんうん、本当に君には忠犬なんだねぇ、可愛い可愛い」
紅茶を飲みながら呑気に言っている王様の後ろで、騎士がふらふらと立ち上がる。別に配慮はしなかったけど、どこも折れてはいないはずだし、どこかに痣が出来るくらいで大きな怪我はないと思う。王様のせいで疲れてるとしても、それは俺には関係ない。
「へ、いか、そのような者に……」
「レイノルド、彼は護衛として正当な動きをしたに過ぎないだろう? そもそも、君は僕の近衛なんだから、先に剣を抜いちゃダメだろうに」
王様の近衛騎士だったらしい。確かに殺したら後が面倒なんだろう。
近衛騎士が死んだら王様が狙われたとかいう話になりそうだし、新しく補充するにも、実力は当然として思想調査とか必要になるだろうし、家族がいればそっちにも気配りがいるはずだ。つまりは、後始末が面倒臭いに違いない。
「近衛騎士が飼い犬一匹に転がされてちゃ、世話ねぇな」
「君の弟子の強さはモンドールたちから聞いていたけどねぇ、困っちゃうな」
のんびりと会話を続ける王様の後ろで、騎士が苛立たしげに服装を整えている。さっき床に落とした時、飾りボタンがどこかに飛んでいったけど、探してはやらない。後でミーチャさんが拾ってあげるような気はする。
「で、やんのか、やらねぇのか」
「そうだねぇ。ミーチャ、僕の予定はいつ空けられるかな?」
「……ひと月ほどで、調整いたしましょう」
だそうだよ、という王様の言葉で、師匠と俺はそのひと月の間、城に滞在することになった。それまでに、式典やら何やら準備がいるらしい。
師匠が教えてくれたから、この人たちの名前は覚える。属性は知らないけど、必要なら師匠が教えてくれるし、向こうから何か言ってくると思う。普段から王城の中にいるみたいだから、今後関わるかどうかは知らない。
騎士が何か師匠に文句を付け出したけど、そっちは我慢する。城では噛み付くなって言い付けだ。
「そうかそうか、その子が噂の弟子だね? 初めまして、皆の国王陛下のリチャードです! よろしくね!」
座ってる人が明るく元気良く教えてくれた。
王様だったのか。いやこれ、どういう反応が正解だろう。
戸惑って黙ってたら、また騎士がわちゃわちゃ言う。
「貴様、陛下の御名を賜っておきながら、自分では名乗りもせず……」
「その名乗る名前がないからな。リチャード、こいつに名前寄越せ」
名前。俺の。
人間は名前で識別するって師匠が言って、でも俺に名前がなくても師匠は覚えててくれるって。
どうして。名前。嬉しい? わからない。
呆然と師匠を見るけど、師匠は俺を振り返ったりしない。
「……クライヴ、君のそういう率直な物の言い方、僕は本当に好きだよ……」
王様が顔を覆って俯いて、騎士は顔を真っ赤にした。
「カーティス、貴様という男は……!」
ぶるぶると震えて腰の剣に手を掛けたから、ソファの背を踏み越えて床に叩き伏せる。城の中では噛み付くなって言われたけど、師匠に手を出すやつは殺す。折るか切るか。切ろう。剣を抜こうとしたら、待てって言われた。
「馬鹿犬、そいつが死ぬと後が面倒なんだ。来い」
「…………はい、師匠」
師匠に止められたら仕方ない。切るんじゃなくて、先に殴るなり蹴るなりしておけば良かった。もっと迷わずに動けるようになっておかないといけない。
上からどいてソファの後ろに戻ろうとしたら、師匠の隣に座るよう促されたからちょっと迷って腰を下ろす。誰かと話している師匠の隣に俺が座ることは、滅多にない。あんまり話す必要がないし、だいたい師匠の知り合いだから、俺が黙ってても何も言われなかった。
大人しくしてろって頭を撫でられて、素直に頷く。師匠に撫でてもらうのは嬉しい。例え言うことを聞かせるための飴だったとしてもだ。
「うんうん、本当に君には忠犬なんだねぇ、可愛い可愛い」
紅茶を飲みながら呑気に言っている王様の後ろで、騎士がふらふらと立ち上がる。別に配慮はしなかったけど、どこも折れてはいないはずだし、どこかに痣が出来るくらいで大きな怪我はないと思う。王様のせいで疲れてるとしても、それは俺には関係ない。
「へ、いか、そのような者に……」
「レイノルド、彼は護衛として正当な動きをしたに過ぎないだろう? そもそも、君は僕の近衛なんだから、先に剣を抜いちゃダメだろうに」
王様の近衛騎士だったらしい。確かに殺したら後が面倒なんだろう。
近衛騎士が死んだら王様が狙われたとかいう話になりそうだし、新しく補充するにも、実力は当然として思想調査とか必要になるだろうし、家族がいればそっちにも気配りがいるはずだ。つまりは、後始末が面倒臭いに違いない。
「近衛騎士が飼い犬一匹に転がされてちゃ、世話ねぇな」
「君の弟子の強さはモンドールたちから聞いていたけどねぇ、困っちゃうな」
のんびりと会話を続ける王様の後ろで、騎士が苛立たしげに服装を整えている。さっき床に落とした時、飾りボタンがどこかに飛んでいったけど、探してはやらない。後でミーチャさんが拾ってあげるような気はする。
「で、やんのか、やらねぇのか」
「そうだねぇ。ミーチャ、僕の予定はいつ空けられるかな?」
「……ひと月ほどで、調整いたしましょう」
だそうだよ、という王様の言葉で、師匠と俺はそのひと月の間、城に滞在することになった。それまでに、式典やら何やら準備がいるらしい。
2
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
没落貴族の愛され方
シオ
BL
魔法が衰退し、科学技術が躍進を続ける現代に似た世界観です。没落貴族のセナが、勝ち組貴族のラーフに溺愛されつつも、それに気付かない物語です。
※攻めの女性との絡みが一話のみあります。苦手な方はご注意ください。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる