馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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忠犬、馬鹿犬、貴方のために

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「座ってんのがリチャード、控えてんのがミーチャ、後ろがレイノルド・ヴァーリだ」

 師匠が教えてくれたから、この人たちの名前は覚える。属性は知らないけど、必要なら師匠が教えてくれるし、向こうから何か言ってくると思う。普段から王城の中にいるみたいだから、今後関わるかどうかは知らない。
 騎士が何か師匠に文句を付け出したけど、そっちは我慢する。城では噛み付くなって言い付けだ。

「そうかそうか、その子が噂の弟子だね? 初めまして、皆の国王陛下のリチャードです! よろしくね!」

 座ってる人が明るく元気良く教えてくれた。
 王様だったのか。いやこれ、どういう反応が正解だろう。

 戸惑って黙ってたら、また騎士がわちゃわちゃ言う。

「貴様、陛下の御名を賜っておきながら、自分では名乗りもせず……」
「その名乗る名前がないからな。リチャード、こいつに名前寄越せ」

 名前。俺の。
 人間は名前で識別するって師匠が言って、でも俺に名前がなくても師匠は覚えててくれるって。

 どうして。名前。嬉しい? わからない。

 呆然と師匠を見るけど、師匠は俺を振り返ったりしない。

「……クライヴ、君のそういう率直な物の言い方、僕は本当に好きだよ……」

 王様が顔を覆って俯いて、騎士は顔を真っ赤にした。

「カーティス、貴様という男は……!」

 ぶるぶると震えて腰の剣に手を掛けたから、ソファの背を踏み越えて床に叩き伏せる。城の中では噛み付くなって言われたけど、師匠に手を出すやつは殺す。折るか切るか。切ろう。剣を抜こうとしたら、待てって言われた。

「馬鹿犬、そいつが死ぬと後が面倒なんだ。来い」
「…………はい、師匠」

 師匠に止められたら仕方ない。切るんじゃなくて、先に殴るなり蹴るなりしておけば良かった。もっと迷わずに動けるようになっておかないといけない。
 上からどいてソファの後ろに戻ろうとしたら、師匠の隣に座るよう促されたからちょっと迷って腰を下ろす。誰かと話している師匠の隣に俺が座ることは、滅多にない。あんまり話す必要がないし、だいたい師匠の知り合いだから、俺が黙ってても何も言われなかった。
 大人しくしてろって頭を撫でられて、素直に頷く。師匠に撫でてもらうのは嬉しい。例え言うことを聞かせるための飴だったとしてもだ。

「うんうん、本当に君には忠犬なんだねぇ、可愛い可愛い」

 紅茶を飲みながら呑気に言っている王様の後ろで、騎士がふらふらと立ち上がる。別に配慮はしなかったけど、どこも折れてはいないはずだし、どこかに痣が出来るくらいで大きな怪我はないと思う。王様のせいで疲れてるとしても、それは俺には関係ない。

「へ、いか、そのような者に……」
「レイノルド、彼は護衛として正当な動きをしたに過ぎないだろう? そもそも、君は僕の近衛なんだから、先に剣を抜いちゃダメだろうに」

 王様の近衛騎士だったらしい。確かに殺したら後が面倒なんだろう。
 近衛騎士が死んだら王様が狙われたとかいう話になりそうだし、新しく補充するにも、実力は当然として思想調査とか必要になるだろうし、家族がいればそっちにも気配りがいるはずだ。つまりは、後始末が面倒臭いに違いない。

「近衛騎士が飼い犬一匹に転がされてちゃ、世話ねぇな」
「君の弟子の強さはモンドールたちから聞いていたけどねぇ、困っちゃうな」

 のんびりと会話を続ける王様の後ろで、騎士が苛立たしげに服装を整えている。さっき床に落とした時、飾りボタンがどこかに飛んでいったけど、探してはやらない。後でミーチャさんが拾ってあげるような気はする。

「で、やんのか、やらねぇのか」
「そうだねぇ。ミーチャ、僕の予定はいつ空けられるかな?」
「……ひと月ほどで、調整いたしましょう」

 だそうだよ、という王様の言葉で、師匠と俺はそのひと月の間、城に滞在することになった。それまでに、式典やら何やら準備がいるらしい。
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