馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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忠犬、馬鹿犬、貴方のために

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 誰にも何も言わずに部屋に入ったのに、しばらくしたらサービングカートを押した人が入ってきて、二人分のお茶を用意してくれた。ソファに座った師匠は当然のようにそれを飲んでいる。俺はいつもの斜め後ろに立っていたから、どうしようか迷った。けど師匠にソファの座面をぽんぽんされたから、隣に座ってお茶をもらった。おいしい。

「お前の紅茶だけでも、ここに来る価値があるな」
「恐れ入ります」

 深々と頭を下げて、今度はお菓子を出してくれた。ケーキにフォークが添えられている。こういうの、俺は絶対ぽろぽろ零すのに、師匠は綺麗に食べる。ほとんど皿を汚さないし、小さな食べくずを床に落としたり口元に付けたりしない。
 俺は元々孤児だし、皿に乗った料理なんて師匠に拾われるまで食べたことがなかった。だから食べこぼしは当たり前だし、もったいないから床や地面に落ちた分も拾って食べてた。ただ、それはどうやら行儀とかそういう話ですらなかったらしくて、師匠がきっちりテーブルマナーも教えてくれた。今はちゃんと、スプーンとかフォークとか、食器を使ってものを食べることは出来る。かちゃかちゃ音をさせずに食べる方がいいっていうのも、知ってはいる。
 けど、知ってるのと実践出来るのとは別だ。

「……ミーチャしかいねぇから、手掴みじゃなきゃ普通に食っていい」
「はい、師匠」

 そわそわ足を動かしてたら、師匠が紅茶を飲みながら許してくれた。厳格なマナー求められたらどうしようかと思った。
 安心してフォークでケーキを口に運んで、おいしさに目を閉じる。めちゃくちゃうまい。こんなにおいしいお菓子初めてだ。普段そんなにお菓子食べないけど。師匠は甘いものをそんなに食べないから、それに合わせていると食べる機会がほとんどなくなる。師匠が自分の分も俺にくれたから、幸福感が二倍になった。

「そのように美味しそうに召し上がって頂ければ、料理人たちも報われますね」

 嬉しそうに言われたけどどう反応したらいいかわからなくて、軽く会釈しておいた。笑顔とか会釈とかは、だいたい外れがないリアクションだから何とかなる。
 師匠が分けてくれた二つ目に手を伸ばしたところで、廊下の足音に気が付いた。

「食ってていい」

 口にまだケーキが入ってたから、師匠の言葉には頷くだけにして、足音に意識を傾ける。二人、前を走っている方を後ろが追いかけている感じだ。後ろの方は何か武器を装備しているような走り方をしている。廊下を走ってきた勢いのまま、前にいる音が扉の方に突っ込んでくるみたいだ。
 危なくないかと思ったら、お茶やケーキを出してくれていた人が絶妙なタイミングでドアを開けた。

「クライヴ!」

 師匠みたいな金髪の、青い目の人が駆け込んできた。豪華そうな服なのに、どこかよれよれだ。
 座っている師匠の前に立って、ぺたぺた触って抱きしめて泣き始めたから、思わずソファから立ち上がって逃げる。感情の振れ幅が大きい人間はちょっと怖い。
 後から入ってきた方は、扉のところでぜえぜえ言っている。帯剣してるし着ている服も重そうだし、先に入ってきた人が落としたっぽいいろいろを持っていて、大変だったのがわかった。師匠に抱き付いている方は疲れるとか何とか関係なく、わんわん泣いてるけど。

「……リチャード、お前な、何で毎回泣くんだ」
「だっ……て可愛いクライヴが無事に帰ってきてくれたら泣くでしょもぉぉぉぉぉぉ」

 嬉し泣き、らしい。たぶん師匠より年上の人が、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。大人があれだけ泣いているところを見るのは珍しい。お茶を入れてくれていた人がハンカチを差し出したのを、片手で受け取ってそのまま目元に当てている。

「……離れろ、鬱陶しい」

 師匠が泣いている人を引き離して対面のソファに座らせると、またいいタイミングで新しいお茶が用意された。息を整えていた騎士が斜め後ろに立ったから、あのぐしゃぐしゃに泣いていたのはたぶん偉い人なんだろう。よれよれだった服をお茶の人に直されている。俺もそっと師匠のところに戻った。
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