馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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忠犬、馬鹿犬、貴方のために

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 青い人に案内されるでもなく、階段を上ったり部屋を通り抜けたりして進む師匠に、迷うような素振りはない。城の中にも慣れているみたいだ。俺を拾う前に、王城にいたことがあるのかもしれない。すれ違う人たちは師匠を見て驚いたような顔をして、それからさっと道を譲ったり、中には頭を下げている人もいる。
 師匠の立ち位置がますますわからない。

「……オーウェン、暇なのか?」

 案内はいらなさそうなのに、きちんと一緒に歩いてくれる青い人に師匠がぞんざいに声を掛けた。

「あのな、普段城にいないやつを一人で歩かせておけるわけないだろう」
「ふうん?」

 少し眉を寄せて返して、師匠が顔を逸らす。面倒くさそうな素振りだ。

「嫌そうな顔すんな! 俺だって忙しいのに!」

 青い人は、オーウェンが名前と考えて良さそうだ。師匠が邪魔くさそうにするからか、俺の方に来ていっぱい喋っている。

「俺はカラム・オーウェンというんだ。君が噂の弟子くんだろう? こんなやつが師匠なんて大変じゃないか? 無理してないか?」

 殴っ……だめだ、城の中では噛み付いちゃいけない。それにたぶん、いい人だ。いい人なんだ。俺を気遣ってくれてるだけだ。
 師匠を貶しやがるからめちゃくちゃ腹が立つけど。

「師匠は強いし優しいし格好いいし綺麗だしエ……らい人にも頼られててすごいので、大丈夫です」

 危なかった。うっかりエロいとか言うところだった。師匠にはバレたっぽくて睨まれたけど、オーウェンさんには伝わらなかったようで、逆に痛ましげな顔をされた。

「君、洗脳されてたりしないよな?」
「テメェ、俺を何だと思ってんだ」

 師匠がオーウェンさんのことも睨む。金色の滲む碧の瞳が俺から逸れて、少し寂しい。ずっとこっちを向いててほしいけど、きらきらした宝石みたいな目にずっと見られてたらそわそわして落ちつかないかもしれないから、ずっとじゃない方が良さそうだ。たまに俺から逸れるくらいでいい。

 オーウェンさんは洗脳と言ったけど、魅了ならずっとされているかもしれない。拾ってもらった時から、師匠はずっと強くて優しくて格好良くて綺麗だ。エロいって知ったのは、大きくなってからだけど。人脈もすごいと知ったのはつい最近だ。城の中も案内なしで歩けるくらいだっていうのは、今知った。
 俺の師匠、本当に何者なんだろう。

「ドラゴンすら倒せる俺なんかじゃ手の届かない英雄で、めちゃくちゃいいやつでちょっと不器用で素直じゃな」

 すごい音がした。

 血は飛んでいないから、師匠が蹴り飛ばしたんだと思う。蹴る瞬間は俺には見えなかったけど、オーウェンさんが廊下の端まで飛んでいったから、たぶん。途中で誰にも当たらなかったし、ちゃんと配慮はされている。めりってなった壁をどう直すのかとか、修理費はどうするのかとか、いろいろあると思うけど、城で働いているくらいだしオーウェンさんなら払えるだろう。
 少なくとも、師匠が蹴るところは俺にわからなかったから、廊下の他の人たちにも原因は全くわからないはずだ。

「何の騒ぎ……オーウェン団長!? 壁!? 何事!?」

 別の青い制服の人がわらわら集まってきて、床に落ちたオーウェンさんを囲んでいる。団長、と呼ばれているということは、あの人も騎士団の団長なのかもしれない。周りに人もいるから、あのまま放っておかれて怪我の治療もしてもらえない、なんてことはないだろう。

「行くぞ」
「はい、師匠」

 騒ぎに対して何の対応をするつもりもなさそうな師匠が、我関せずで別の方向に歩き始める。自分の行きたい方向からも遠ざけたらしい。そこまで考えて吹っ飛ばしたのはすごいと思う。

「師匠、あの人騎士団の人?」
「第二騎士団の団長だな」

 第二騎士団は、王都とか町とかの警備部隊で、対人戦闘が多いはずだ。

「……大丈夫かな」
「あれくらいで死んでたら団長なんてやってらんねぇよ」

 そっちもあるけど。
 師匠に蹴られて一発で落ちるなんて、騎士って案外弱いんじゃないか、と心配になった。
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