馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

文字の大きさ
上 下
36 / 116
仔犬、負け犬、いつまで経っても

2-2

しおりを挟む
 そろそろ師匠のチェックも終わっただろう。元の部屋に戻ろうとして、途中の廊下で落書きみたいなものを見つけた。遺跡の壁に書いてある文字とは違うけど、前に習ったことがある文字のような気もする。師匠にも見てもらおう。さっさと部屋に戻って、紙の束を整えている師匠に声を掛ける。

「師匠、見てほしい」
「あ?」

 こっち、と促して落書きのところに連れて行って、文字を見てもらった。じっと読み進めていた師匠の口角が上がっていって、そのまま俺に振り返る。

「馬鹿犬、この文字は知ってるな?」
「えっと……クウィック文字」

 いい子だって言われた。嬉しい。

「読めるな?」
「はい、師匠」

 師匠の機嫌が良さそうだけど、良くなった原因が今一つわからない。クウィック文字は確か、『消失』前の長い間使われていた文字で、『消失』後も一部で使われていたと考えられている、だっけ。だからか。

「明日からこいつに掛かれ。必ず全記述見つけ出して漏らすな。いいな?」
「…………はい、師匠」

 廊下でたまたま見つけただけだから、他の場所にあるのかわからない。けど、師匠に言われたからには、この遺跡にあるクウィック文字の落書きを探して、全部訳さないといけない。考えるだけで気が遠くなりそうだ。嫌とは言わないけど、師匠への返事が少し遅くなったのは許してほしい。

「……やる気が出そうなこと言ってやろうか」

 明日からの作業量に肩を落としていたら、師匠が普段通りの口調で言った。からかうでもなく、呆れた様子でもない。こんなに大変そうなのに、やる気が出ることなんてあるだろうか。ぼんやりと師匠を見つめる俺に、考えたこともない言葉が降ってきた。

「ちゃんと出来たら、ご褒美をやる」

 ぱっと理解出来なかった。
 頭の中で師匠の言葉をくり返して、一回疑って、師匠を見て、それからもう一度聞いた音をくり返す。

 ご褒美って、言われた?

「……ごほーび」
「公序良俗に反することはしねぇからな」
「……セックス?」
「ヤりたきゃヤらせてやる」

 よし。めちゃくちゃやる気出た。何なら今からでも取り掛かりたい。

「ししょ」
「今日の分は訳し終わっただろ。とっととウィルマんとこ戻って魔術習ってこい」

 今からやっていいか聞こうとしたら、即座に否定された。隙すらなかった。ついでに蹴られた。

 すごすごと元の部屋に戻って、ウィルマさんから借りた魔道具に魔力を込める。転移という魔術が仕込まれているそうで、目印になる道具とセットで使うと、目印のところまで一瞬で移動出来るすごいやつだ。ただ、魔術を仕込んだはいいものの、消費される魔力が膨大で作った本人でさえ使えなくて、ウィルマさんは作った魔術師から押し付けられたらしい。ただウィルマさんは東の森と呼ばれている場所からほぼ出ることはないから、使う機会がそもそもない。師匠は魔力量こそ足りているけど、魔道具に魔力を込めることが出来ないから使えない。今のところ俺専用の、便利だか何だかよくわからないものになってしまっている。
 目印の魔道具の一つは、師匠に管理してもらってる。実験して、結界の魔道具の中に置くと転移出来ないことがわかったから、毎朝魔物を倒してから師匠がわざわざ設置してくれる。転移先が利用出来る状態じゃないとそもそも魔道具が使えない、という仕様らしいので、事故が起きる心配はないそうだ。
 もう一つは、ウィルマさんの家の庭先に置いてある。そっちは魔物除けのハーブが植えられているだけだから、結界みたいには阻害されなかった。

 転移した先にあるごちゃっとした家にもだいぶ慣れてきて、足の踏み場を作りながら奥に進む。

「ウィルマさん……? 生きてる……?」

 ただ、体から青い煙を上げながら黄色の液体の上に倒れ伏している人がいたら、ぎょっとしてもおかしくはないと思う。しばらく呆然と見ていたら腕がぴくっと動いたから、慌てて駆け寄って介抱した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

色狂い×真面目×××

135
BL
色狂いと名高いイケメン×王太子と婚約を解消した真面目青年 ニコニコニコニコニコとしているお話です。むずかしいことは考えずどうぞ。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~

結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】  愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。 ──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──  長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。  番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。  どんな美人になっているんだろう。  だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。  ──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。  ──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!  ──ごめんみんな、俺逃げる!  逃げる銀狐の行く末は……。  そして逃げる銀狐に竜は……。  白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...