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仔犬、負け犬、いつまで経っても
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そろそろ師匠のチェックも終わっただろう。元の部屋に戻ろうとして、途中の廊下で落書きみたいなものを見つけた。遺跡の壁に書いてある文字とは違うけど、前に習ったことがある文字のような気もする。師匠にも見てもらおう。さっさと部屋に戻って、紙の束を整えている師匠に声を掛ける。
「師匠、見てほしい」
「あ?」
こっち、と促して落書きのところに連れて行って、文字を見てもらった。じっと読み進めていた師匠の口角が上がっていって、そのまま俺に振り返る。
「馬鹿犬、この文字は知ってるな?」
「えっと……クウィック文字」
いい子だって言われた。嬉しい。
「読めるな?」
「はい、師匠」
師匠の機嫌が良さそうだけど、良くなった原因が今一つわからない。クウィック文字は確か、『消失』前の長い間使われていた文字で、『消失』後も一部で使われていたと考えられている、だっけ。だからか。
「明日からこいつに掛かれ。必ず全記述見つけ出して漏らすな。いいな?」
「…………はい、師匠」
廊下でたまたま見つけただけだから、他の場所にあるのかわからない。けど、師匠に言われたからには、この遺跡にあるクウィック文字の落書きを探して、全部訳さないといけない。考えるだけで気が遠くなりそうだ。嫌とは言わないけど、師匠への返事が少し遅くなったのは許してほしい。
「……やる気が出そうなこと言ってやろうか」
明日からの作業量に肩を落としていたら、師匠が普段通りの口調で言った。からかうでもなく、呆れた様子でもない。こんなに大変そうなのに、やる気が出ることなんてあるだろうか。ぼんやりと師匠を見つめる俺に、考えたこともない言葉が降ってきた。
「ちゃんと出来たら、ご褒美をやる」
ぱっと理解出来なかった。
頭の中で師匠の言葉をくり返して、一回疑って、師匠を見て、それからもう一度聞いた音をくり返す。
ご褒美って、言われた?
「……ごほーび」
「公序良俗に反することはしねぇからな」
「……セックス?」
「ヤりたきゃヤらせてやる」
よし。めちゃくちゃやる気出た。何なら今からでも取り掛かりたい。
「ししょ」
「今日の分は訳し終わっただろ。とっととウィルマんとこ戻って魔術習ってこい」
今からやっていいか聞こうとしたら、即座に否定された。隙すらなかった。ついでに蹴られた。
すごすごと元の部屋に戻って、ウィルマさんから借りた魔道具に魔力を込める。転移という魔術が仕込まれているそうで、目印になる道具とセットで使うと、目印のところまで一瞬で移動出来るすごいやつだ。ただ、魔術を仕込んだはいいものの、消費される魔力が膨大で作った本人でさえ使えなくて、ウィルマさんは作った魔術師から押し付けられたらしい。ただウィルマさんは東の森と呼ばれている場所からほぼ出ることはないから、使う機会がそもそもない。師匠は魔力量こそ足りているけど、魔道具に魔力を込めることが出来ないから使えない。今のところ俺専用の、便利だか何だかよくわからないものになってしまっている。
目印の魔道具の一つは、師匠に管理してもらってる。実験して、結界の魔道具の中に置くと転移出来ないことがわかったから、毎朝魔物を倒してから師匠がわざわざ設置してくれる。転移先が利用出来る状態じゃないとそもそも魔道具が使えない、という仕様らしいので、事故が起きる心配はないそうだ。
もう一つは、ウィルマさんの家の庭先に置いてある。そっちは魔物除けのハーブが植えられているだけだから、結界みたいには阻害されなかった。
転移した先にあるごちゃっとした家にもだいぶ慣れてきて、足の踏み場を作りながら奥に進む。
「ウィルマさん……? 生きてる……?」
ただ、体から青い煙を上げながら黄色の液体の上に倒れ伏している人がいたら、ぎょっとしてもおかしくはないと思う。しばらく呆然と見ていたら腕がぴくっと動いたから、慌てて駆け寄って介抱した。
「師匠、見てほしい」
「あ?」
こっち、と促して落書きのところに連れて行って、文字を見てもらった。じっと読み進めていた師匠の口角が上がっていって、そのまま俺に振り返る。
「馬鹿犬、この文字は知ってるな?」
「えっと……クウィック文字」
いい子だって言われた。嬉しい。
「読めるな?」
「はい、師匠」
師匠の機嫌が良さそうだけど、良くなった原因が今一つわからない。クウィック文字は確か、『消失』前の長い間使われていた文字で、『消失』後も一部で使われていたと考えられている、だっけ。だからか。
「明日からこいつに掛かれ。必ず全記述見つけ出して漏らすな。いいな?」
「…………はい、師匠」
廊下でたまたま見つけただけだから、他の場所にあるのかわからない。けど、師匠に言われたからには、この遺跡にあるクウィック文字の落書きを探して、全部訳さないといけない。考えるだけで気が遠くなりそうだ。嫌とは言わないけど、師匠への返事が少し遅くなったのは許してほしい。
「……やる気が出そうなこと言ってやろうか」
明日からの作業量に肩を落としていたら、師匠が普段通りの口調で言った。からかうでもなく、呆れた様子でもない。こんなに大変そうなのに、やる気が出ることなんてあるだろうか。ぼんやりと師匠を見つめる俺に、考えたこともない言葉が降ってきた。
「ちゃんと出来たら、ご褒美をやる」
ぱっと理解出来なかった。
頭の中で師匠の言葉をくり返して、一回疑って、師匠を見て、それからもう一度聞いた音をくり返す。
ご褒美って、言われた?
「……ごほーび」
「公序良俗に反することはしねぇからな」
「……セックス?」
「ヤりたきゃヤらせてやる」
よし。めちゃくちゃやる気出た。何なら今からでも取り掛かりたい。
「ししょ」
「今日の分は訳し終わっただろ。とっととウィルマんとこ戻って魔術習ってこい」
今からやっていいか聞こうとしたら、即座に否定された。隙すらなかった。ついでに蹴られた。
すごすごと元の部屋に戻って、ウィルマさんから借りた魔道具に魔力を込める。転移という魔術が仕込まれているそうで、目印になる道具とセットで使うと、目印のところまで一瞬で移動出来るすごいやつだ。ただ、魔術を仕込んだはいいものの、消費される魔力が膨大で作った本人でさえ使えなくて、ウィルマさんは作った魔術師から押し付けられたらしい。ただウィルマさんは東の森と呼ばれている場所からほぼ出ることはないから、使う機会がそもそもない。師匠は魔力量こそ足りているけど、魔道具に魔力を込めることが出来ないから使えない。今のところ俺専用の、便利だか何だかよくわからないものになってしまっている。
目印の魔道具の一つは、師匠に管理してもらってる。実験して、結界の魔道具の中に置くと転移出来ないことがわかったから、毎朝魔物を倒してから師匠がわざわざ設置してくれる。転移先が利用出来る状態じゃないとそもそも魔道具が使えない、という仕様らしいので、事故が起きる心配はないそうだ。
もう一つは、ウィルマさんの家の庭先に置いてある。そっちは魔物除けのハーブが植えられているだけだから、結界みたいには阻害されなかった。
転移した先にあるごちゃっとした家にもだいぶ慣れてきて、足の踏み場を作りながら奥に進む。
「ウィルマさん……? 生きてる……?」
ただ、体から青い煙を上げながら黄色の液体の上に倒れ伏している人がいたら、ぎょっとしてもおかしくはないと思う。しばらく呆然と見ていたら腕がぴくっと動いたから、慌てて駆け寄って介抱した。
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