馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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仔犬、負け犬、いつまで経っても

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「それは雲じゃねぇ、霧だ、馬鹿犬」
「……ごめんなさい」

 師匠に怒られたけど、でも、無理があると思う。右下が跳ねてるか払ってるかで意味が「雲」か「霧」か変わる文字なんて、わけがわからない。誰だこんな文字作ったやつ。絶対書き間違いとか読み間違いとか、起きなくていい問題が起きたはずだ。

 ウィルマさんに調査を頼まれた遺跡は、町から離れたウィルマさんの家からさらに奥深い森の中で、周囲の植物に侵食されてぼろぼろになっていた。これ以上壊れないように固定化の魔術を使ってあるとか何とかで、崩壊の危険はないらしい。入り込んでいる魔物を倒しながら中を進んだら思ったより広くて、俺と師匠の二人掛かりで調査している。地上と繋がった一階部分だけじゃなくて、地下へ向かってさらに二階層作られていた。
 師匠によると、植物を描いたレリーフがたくさんあって、石造りのアーチ構造が特徴的とかで、この遺跡はドーロス様式の建築らしい。ドーロス様式の建物が作られていたのは、だいたい『消失』の百年前かそこらなので、ここを調べたら『消失』について何かわかるかも、だからウィルマさんは調べたがっている、というところなんだそうだ。

 『消失』というのは、大昔にあった大災害と言われている。本当に災害だったのかはよくわからないらしい。その頃の資料や遺跡が見つかっていなくて、『消失』後も暗黒時代とかいう文字での記録がない時代が何百年も続いて、詳しいことが調べられていないんだそうだ。『消失』前の人間たちは、魔術を自由に使い、今より相当便利な暮らし、例えば全自動で洗濯が出来るとかそういう生活をしていたけど、『消失』でそういう技術も魔術も一気に失われて、人間の数も減って、文明が衰退した、というのがこの世界の歴史らしい。世界とか歴史とか、壮大すぎて俺にはよくわからない。
 とにかく、世の中にはそういうのを研究している学者がいて、ウィルマさんは学者じゃないけど、『消失』前の魔術に興味があって、こつこつ調べているんだそうだ。師匠は魔術を使うことこそ出来ないけど知識は魔術師並みにあるから、ウィルマさんの言っていることが理解出来る、らしい。それから歴史も学んだことがあって、今では使われていない古代の文字とかも読める。
 師匠すごい、と思ってたら、俺も遺跡の調査を手伝わなくちゃいけなくて、ここ数日で、遺跡で使われている文字を叩き込まれた。それがあの、右下が跳ねてるか払ってるかで意味を使い分けてたりする文字だ。古代人もっと文字に凝れ。

 今調べている空間の壁には文字が書かれていて、内容は天気のこととか気温のこととかが多い。たまに地形の話もある。『消失』にはあんまり関係なさそうな気もするけど、遺跡の調査が依頼だから仕方ない。
 師匠と一緒にいられて、たまにわからないところは教えてもらえるから、いっぱい喋れるのは嬉しい。けど、割り当てられた今日の分が出来たら、俺はウィルマさんのところに戻って魔術の勉強で、師匠はそのまま遺跡に泊まり込みだから、大抵午後は一緒にいられなくて辛い。もっと一緒にいたくても、ズルをしてだらだら翻訳していると師匠に怒られるから、それも出来ない。辛い。

「師匠、出来た」

 壁の文字を書き写して訳文を付けた紙の束を師匠に渡して、見てもらっている間に別の部屋の魔物を倒したり、壁を確かめて文字を確認したりする。ウィルマさんから渡された結界を張れるという魔道具を置いて、調べる予定の部屋には魔物が侵入してこないようにしておく。
 魔道具というのはいろいろ便利なものだけど、魔力がないと使えないし、込めた魔力が空になっても使えなくなるから、ほとんど普及しないらしい。俺は魔力の総量が高いらしくて、ウィルマさんに次から次へと魔道具の魔力補充をさせられた。
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