馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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狂犬、猟犬、あるいは盛りの付いた

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 苛立ちとともに魔物を切ったら、体が綺麗に真っ二つになった。うおぉだかうわぁだか誰かの漏らした声が聞こえたけど、こっちを見ている暇があったら一匹でも多く倒したらどうなんだ。駄犬に用はねぇと師匠はよく言うけど、今なら理解出来る気がする。集団戦闘とやらはあまりに効率が悪い。
 だいたい、遠くから精度のよくない弓を射ったって、魔物に多少傷がつくだけだ。下手をしたら掠りもしない。だったら走って近付いてぶった切った方が早い。ただ、支給されている騎士団の剣があまり良くないのか、彼らは魔物を一撃では殺せないみたいだった。だから弓とか槍とかで遠距離から攻撃して弱らせて、集団の中に誘い込んで何人かでとどめを刺すというのが普通らしい。俺が加わっている部隊だけがそうなのかと思ったけど、ストレス解消ついでにいろんなところを走り回って確かめたら、どこも似たようなものだった。仕方ないから元の部隊のところに戻って、これも勉強これも勉強と心の中で唱えている。

 師匠に噛みつくなと言われてしまったから邪魔なやつを一緒に切っちゃいけないし、お荷物を抱えて戦っている気分だ。今までは傍に師匠しかいなかったから何も考えなくてよかったのに、他人を気にしながらの戦いは随分と面倒臭い。こんなんだったら師匠の傍で大人しく突っ立っていた方がマシだ。

 ああ、いらいらする。

「余所見すんな! 弱点理解しろ!」

 ゴーレムみたいに弱点が外から隠されているならともかく、首とか腹とか目玉とか、急所がわかりやすい魔物くらいそれで倒したらどうなんだ。ダメージを蓄積して倒すなんて時間が掛かりすぎる。それともわざわざ苦戦して倒すのが今どきの訓練なのか。そんな方法考えたやつがいるならぶっ殺してやる。
 いるかどうかもわからない相手への怒りを込めて、魔物の頭を蹴り飛ばした。肉とか血とか、破裂していろんなものをまき散らしながら死体が吹っ飛んでいくけど、ムカっ腹が治まるわけでもない。周りのどよめきだって知ったこっちゃない。
 演習だか何だか知らないけど、とっとと魔物を殲滅して師匠のところに戻ろう。それが一番だ。

「思ってたより、荒っぽいんだな……」
「で、でも、英雄の弟子がいるからこんなに魔物が多くても何とかなってるんだろ」

 一発で倒せないくせにお喋りとは、大層なご身分だな。

 口には出さずにこき下ろして、どうやら通常の演習より魔物の数が多いらしいことを知った。師匠が王都に来て依頼を聞いたのは数日前のことだし、演習のためにこの量の魔物を集めるには日数が足りない気がする。だったらこれは、意図的ではなく偶発的に発生した魔物の群れなのか。だとしたら、師匠がいるから万が一にも討ち漏らしはないとはいえ、王都の傍にこれだけの魔物がいるというのは危険じゃないのか。
 俺でも推測出来るのに、周りの騎士が演習だと信じて疑わない様子だということは、ある程度情報が操作されていると理解していいだろう。嗅ぎ分けろって、こっちの属性に期待してすり寄ってくるやつは相手にするなって意味だと思ってたけど、もしかして違うのか。師匠の教え方はいつも難しい。

 ひとまずお荷物は放っておいて、周囲の魔物を掃除する。偶然でも群れが出来たなら、出来ただけの原因がどこかにあるはずだ。魔物は通常群れなんて作らない。何かに追い立てられるか、魔物が大量に発生するほどの澱みが出来たかの二択で、王都の傍で澱みを放置するなんてことは考えにくい。
 これだけの魔物が、何かに追い立てられている。それを探せばいい。

「……あっちか」

 王都の北西にある、小高い山。噛みつくなとは言われたけど、守ってやれとは言われてない。邪魔な魔物だけ倒して進もうと思ったら、強烈な斬撃が辺りを薙いだ。行きたい方向にいたやつだけでなく、目に見える範囲を全部倒すのが正解だったらしい。また減点だと怒られてしまう。

「来い、馬鹿犬」

 聞こえた声に従ってそのまま走る。道しるべのような金色の髪が、俺の前を走ってくれるだけで気分が上がっていく。やっぱり俺の戦場には、師匠がいてくれないとダメだ。
 轟くような咆哮の後に、見上げたら空を飛ぶ魔物が見えた。トカゲのでかいやつだけど、翼があって、足は二本しかない。確かドラゴンじゃなくて、ワイバーンと呼ぶんだったか。

「振り抜け」

 何を、とも、どっちに、とも言われない。でもわかる。

 ワイバーンに向かって俺の剣をただ振ればいい。

 土煙を上げながら立ち止まって体を捻る。すくい上げる刀身に重みが加わって、力強く蹴る動きに負けないよう、空けていた手も使って振り切った。
 勢いで地面に倒れ込んで、でも見逃したくないから急いで空を見る。

 本当に、俺の師匠は最高に格好いい。

 俺の剣を踏み台に飛び上がった師匠は、ワイバーンの首を軽々と両断してみせた。
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