2 / 116
馬鹿犬、駄犬、どっちも褒められてない
1-2
しおりを挟む
一般的な尺度で言えば、師匠はおよそ褒められた人間じゃない。
平気で子供の前で煙草を吸うし、シモの話も躊躇わないし、毎日だって酒を飲む。博打だけはやらないけど、本人曰く「結果がわかってるもんに賭けても面白くも何ともねぇだろう」だそうだ。結果がわからないからみんな賭けるんだと思うけど。
そんなまともじゃない大人に拾われた俺も、たぶんまともな育ち方はしていない、と思う。魔物のはびこるこの国では、親が魔物に殺されて孤児になるなんてよくあることで、俺もそういう口だ。孤児院なんて整った施設のない町で、盗みでも何でもやった。犯罪だの何だの、綺麗事では飢えをしのげない。でもある時失敗して、大人にぼこぼこにされて街道に捨てられた。
そうして、師匠に拾われた。俺を拾って、あまつさえ育てまでしたのはたぶん気まぐれだ。俺の後にも、道端で倒れている孤児を見かけることはあったけど、師匠は彼らをほとんど拾わなかったし、拾っても王都の孤児院に押し付けていた。そんなだったから、昔は俺だけが特別なのかと浮かれもしたけど、そういうわけじゃない。師匠は俺がついていかなくても、振り返ることも、ましてや歩みを止めることもしなかったからだ。ただ単に、俺が師匠から離れないように必死だっただけ。
師匠が何で旅を続けているのか、どういう生い立ちなのか、詳しいことを俺は知らない。俺に対して、勉強も、魔物との戦い方も、生きる方法を教えてくれたのは師匠だけど、自分のことはほとんど教えてくれない。それでも俺は、師匠と一緒にいたい。邪険にされても乱暴にされても、勝手についていく。
例え便利な犬のように扱われても。
「はい、鍵ね」
宿屋で部屋の鍵を受け取って、欠伸をしている師匠を部屋まで押していく。歩く気がないわけじゃないだろうけど、何階のどこの部屋だと説明したところで、素直に歩いていくような人でもないからだ。どこかで脱線して、煙草か酒を買いに行きかねない。
「師匠、この部屋だから」
部屋の中に押し込んで、窓際に椅子を移動させてそこに座らせる。すぐに煙草を吸いたがるからだ。案の定、一本すでにくわえられている。酒は後で買ってこよう。
ただ、今はそれよりも、だ。
師匠、と声をかけると、胡乱げな視線がこちらを向く。煙草の火はまだ点いていない。
「ちゃんと魔物倒したし、ご褒美がほしい」
「吹っ飛ばされて落ちてたじゃねぇか」
途中で気絶していたのは、確かに減点だろう。師匠は誠実さとは縁遠いけど、魔物との戦いについては厳しい。
「でも全滅させた」
「全滅は当然のことだろ」
当然、ではあるけど。でも俺が頑張れるのは、師匠と一緒にいられることと、頑張ればちゃんとご褒美がもらえるからだ。何もないなら魔物退治なんて、俺を助けてくれるわけでもないやつらのためになんて、戦えない。
師匠の前に跪いて、組まれている足の片方を取って、爪先に口付ける。
「師匠、ほしい」
「……んっとに、盛りのついた犬だな、テメェは」
犬でも何でもいい。師匠がもらえるなら。
平気で子供の前で煙草を吸うし、シモの話も躊躇わないし、毎日だって酒を飲む。博打だけはやらないけど、本人曰く「結果がわかってるもんに賭けても面白くも何ともねぇだろう」だそうだ。結果がわからないからみんな賭けるんだと思うけど。
そんなまともじゃない大人に拾われた俺も、たぶんまともな育ち方はしていない、と思う。魔物のはびこるこの国では、親が魔物に殺されて孤児になるなんてよくあることで、俺もそういう口だ。孤児院なんて整った施設のない町で、盗みでも何でもやった。犯罪だの何だの、綺麗事では飢えをしのげない。でもある時失敗して、大人にぼこぼこにされて街道に捨てられた。
そうして、師匠に拾われた。俺を拾って、あまつさえ育てまでしたのはたぶん気まぐれだ。俺の後にも、道端で倒れている孤児を見かけることはあったけど、師匠は彼らをほとんど拾わなかったし、拾っても王都の孤児院に押し付けていた。そんなだったから、昔は俺だけが特別なのかと浮かれもしたけど、そういうわけじゃない。師匠は俺がついていかなくても、振り返ることも、ましてや歩みを止めることもしなかったからだ。ただ単に、俺が師匠から離れないように必死だっただけ。
師匠が何で旅を続けているのか、どういう生い立ちなのか、詳しいことを俺は知らない。俺に対して、勉強も、魔物との戦い方も、生きる方法を教えてくれたのは師匠だけど、自分のことはほとんど教えてくれない。それでも俺は、師匠と一緒にいたい。邪険にされても乱暴にされても、勝手についていく。
例え便利な犬のように扱われても。
「はい、鍵ね」
宿屋で部屋の鍵を受け取って、欠伸をしている師匠を部屋まで押していく。歩く気がないわけじゃないだろうけど、何階のどこの部屋だと説明したところで、素直に歩いていくような人でもないからだ。どこかで脱線して、煙草か酒を買いに行きかねない。
「師匠、この部屋だから」
部屋の中に押し込んで、窓際に椅子を移動させてそこに座らせる。すぐに煙草を吸いたがるからだ。案の定、一本すでにくわえられている。酒は後で買ってこよう。
ただ、今はそれよりも、だ。
師匠、と声をかけると、胡乱げな視線がこちらを向く。煙草の火はまだ点いていない。
「ちゃんと魔物倒したし、ご褒美がほしい」
「吹っ飛ばされて落ちてたじゃねぇか」
途中で気絶していたのは、確かに減点だろう。師匠は誠実さとは縁遠いけど、魔物との戦いについては厳しい。
「でも全滅させた」
「全滅は当然のことだろ」
当然、ではあるけど。でも俺が頑張れるのは、師匠と一緒にいられることと、頑張ればちゃんとご褒美がもらえるからだ。何もないなら魔物退治なんて、俺を助けてくれるわけでもないやつらのためになんて、戦えない。
師匠の前に跪いて、組まれている足の片方を取って、爪先に口付ける。
「師匠、ほしい」
「……んっとに、盛りのついた犬だな、テメェは」
犬でも何でもいい。師匠がもらえるなら。
3
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結】君を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~
綾森れん
ファンタジー
侯爵令嬢ロミルダは王太子と婚約している。王太子は容姿こそ美しいが冷徹な青年。
ロミルダは茶会の折り王太子から、
「君を愛することはない」
と宣言されてしまう。
だが王太子は、悪い魔女の魔法で猫の姿にされてしまった。
義母と義妹の策略で、ロミルダにはいわれなき冤罪がかけられる。国王からの沙汰を待つ間、ロミルダは一匹の猫(実は王太子)を拾った。
優しい猫好き令嬢ロミルダは、猫になった王太子を彼とは知らずにかわいがる。
ロミルダの愛情にふれて心の厚い氷が解けた王太子は、ロミルダに夢中になっていく。
魔法が解けた王太子は、義母と義妹の処罰を決定すると共に、ロミルダを溺愛する。
これは「愛することはない」と宣言された令嬢が、持ち前の前向きさと心優しさで婚約者を虜にし、愛されて幸せになる物語である。
【第16回恋愛小説大賞参加中です。投票で作品を応援お願いします!】
※他サイトでも『猫殿下とおっとり令嬢 ~君を愛することはないなんて嘘であった~ 冤罪に陥れられた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら幸せな王太子妃になりました!?』のタイトルで掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる