馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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馬鹿犬、駄犬、どっちも褒められてない

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 一般的な尺度で言えば、師匠はおよそ褒められた人間じゃない。
 平気で子供の前で煙草を吸うし、シモの話も躊躇わないし、毎日だって酒を飲む。博打だけはやらないけど、本人曰く「結果がわかってるもんに賭けても面白くも何ともねぇだろう」だそうだ。結果がわからないからみんな賭けるんだと思うけど。

 そんなまともじゃない大人に拾われた俺も、たぶんまともな育ち方はしていない、と思う。魔物のはびこるこの国では、親が魔物に殺されて孤児になるなんてよくあることで、俺もそういう口だ。孤児院なんて整った施設のない町で、盗みでも何でもやった。犯罪だの何だの、綺麗事では飢えをしのげない。でもある時失敗して、大人にぼこぼこにされて街道に捨てられた。
 そうして、師匠に拾われた。俺を拾って、あまつさえ育てまでしたのはたぶん気まぐれだ。俺の後にも、道端で倒れている孤児を見かけることはあったけど、師匠は彼らをほとんど拾わなかったし、拾っても王都の孤児院に押し付けていた。そんなだったから、昔は俺だけが特別なのかと浮かれもしたけど、そういうわけじゃない。師匠は俺がついていかなくても、振り返ることも、ましてや歩みを止めることもしなかったからだ。ただ単に、俺が師匠から離れないように必死だっただけ。
 師匠が何で旅を続けているのか、どういう生い立ちなのか、詳しいことを俺は知らない。俺に対して、勉強も、魔物との戦い方も、生きる方法を教えてくれたのは師匠だけど、自分のことはほとんど教えてくれない。それでも俺は、師匠と一緒にいたい。邪険にされても乱暴にされても、勝手についていく。

 例え便利な犬のように扱われても。

「はい、鍵ね」

 宿屋で部屋の鍵を受け取って、欠伸をしている師匠を部屋まで押していく。歩く気がないわけじゃないだろうけど、何階のどこの部屋だと説明したところで、素直に歩いていくような人でもないからだ。どこかで脱線して、煙草か酒を買いに行きかねない。

「師匠、この部屋だから」

 部屋の中に押し込んで、窓際に椅子を移動させてそこに座らせる。すぐに煙草を吸いたがるからだ。案の定、一本すでにくわえられている。酒は後で買ってこよう。

 ただ、今はそれよりも、だ。
 師匠、と声をかけると、胡乱げな視線がこちらを向く。煙草の火はまだ点いていない。

「ちゃんと魔物倒したし、ご褒美がほしい」
「吹っ飛ばされて落ちてたじゃねぇか」

 途中で気絶していたのは、確かに減点だろう。師匠は誠実さとは縁遠いけど、魔物との戦いについては厳しい。

「でも全滅させた」
「全滅は当然のことだろ」

 当然、ではあるけど。でも俺が頑張れるのは、師匠と一緒にいられることと、頑張ればちゃんとご褒美がもらえるからだ。何もないなら魔物退治なんて、俺を助けてくれるわけでもないやつらのためになんて、戦えない。
 師匠の前に跪いて、組まれている足の片方を取って、爪先に口付ける。

「師匠、ほしい」
「……んっとに、盛りのついた犬だな、テメェは」

 犬でも何でもいい。師匠がもらえるなら。
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