馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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飼い犬、捨て犬、愛玩されたいわけじゃない

3-1

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 結果的に、俺は非常にすっきり、師匠は少々ぐったりした状態で、鍛冶師の住んでいるという家に着いた。二回で我慢した俺は偉いと思う。師匠に言ったら切られるから言わない。
 出てきた人はまさに筋骨隆々の大男で、俺や師匠よりよっぽど腕っぷしが強そうに見えた。

「よぅ色男」
「うるせぇ筋肉ゴーレム」

 師匠が自分の剣を鞘ごと放り投げると、鍛冶師の人が難なく受け取って検分し始めた。こんこんと柄頭から叩いてみたり、剣先の方まで紙を滑らせてみたり、師匠が強い魔物と戦っている時くらい真剣だ。あのやり取りで剣を投げ付けられて、戸惑いなくそれを受け取ってメンテナンスを始めるって、もしかしてこの人が師匠の剣を作ったんだろうか。
 師匠の剣は、普段はその辺で売られているものとほとんど区別が付かないけど、師匠が剣を持って戦っているうちに、だんだんと師匠の髪みたいな金色に光り始める。前に何でそうなるのか師匠に聞いたことがあるけど、片眉を上げて他の人には黙っておけと言われただけだった。俺にはわからなくても、師匠がそう言うならそうする理由があるから、大人しく頷いてそれっきりだ。

「これ、お前以外も触ってるか?」

 師匠に無言で後ろから蹴られて、つんのめって地面に転がった。蹴られたのはたぶん、機嫌が悪いからだ。俺のせいだから抗議はしない。地面に手をついた状態で、どうしたものか、鍛冶師の人を見上げる。

「こいつ」
「ああ、噂の飼い犬か」

 犬縛りか。

「今回はこいつのを作れってか」

 こいつ、しか言われていないのに把握したらしい鍛冶師の人に、腕を掴まれて持ち上げられて、上半身の装備と服を剥かれたところで我に返った。

「えっ、あの、えっ」
「お前が連れてくるだけあって悪くねぇな」

 半裸で鍛冶師に眺め回されている今の状況が理解出来ない。説明が欲しすぎる。縋るように師匠を見たら、すごく楽しそうな悪人顔だった。絶対意趣返しだ。後で平謝りしよう。
 それとも今すぐに土下座しようかと思ったところで、師匠がその辺に腰かけて、足を組んだ。

「こいつはヒューだ。テメェの体に合った武器作ってもらえんだ、ありがたく思えよ」
「あー……お前説明してないな?」

 悪かったなと何故かヒューさんが謝ってくれて、何で急に上半身を剥かれたのか説明してくれた。

 ヒューさんは武器を一から作ってくれる。何か型があってそれを微調整するわけじゃなくて、完全に、本人に合ったものを一からだ。だから武器を持つ人の体付きを確かめる必要があって、服とかでごちゃっと隠れている部分も見るために脱がされたらしい。
 だったら最初から説明してほしかったけど、師匠が連れてきたからすでに説明済みだとばかり、だそうだ。絶対さっきので怒ってて言わなかったな師匠。何すれば許してもらえるだろう。

 そのまま今持っている剣を何度か振らされて、足やら尻やらまで触られて、そういう意図がないにしてもなんかげっそりした。師匠じゃないやつに触られるのって気分が悪い。

 ぷかぷか煙草を燻らせている師匠にふらふら近付いて、許可を取るのは後回しにして抱き付かせてもらう。

「離れろ馬鹿犬」

 蹴られたけどめげない。

「聞こえねぇのか駄犬」

 踏まれたけどしょげない。

「……べたべたくっついてんじゃねぇこの犬っころ!」

 体全体を使って投げ飛ばされたらさすがに無理だった。

「……仲良さそうで何よりだな」
「……テメェの目は節穴か」

 師匠とヒューさんが殴り合いを始めてしばらくして、精神ダメージから回復した俺はようやく立ち上がった。服と装備を着け直して、知り合い同士のちょっとした戯れとは思えない音の応酬を見守る。殴り合いながら二人が話している様子では、俺の剣が出来上がるのはしばらく先の話らしい。師匠がかなり手加減しているのがわかるくらいには、俺も成長したって考えていいだろうか。

 しばらくして、傷一つない師匠とは対照的に、全体的にぼろっとしたヒューさんに、その間はこっちを使えと剣を渡された。確かに今のよりはしっくりきて扱いやすかったけど、今までの剣も手放したくない。腰の柄を押さえて考えていたら、師匠に取り上げられた。

「え」
「これ使え」
「あ? ああ……悪くないな、本人とも馴染んでる」

 戸惑っていたら師匠の手が俺の頭をぽんぽんと叩いた。撫でるのとは違うけど、子供の頃に、胸が苦しいと思った時によくやってくれたやつだ。師匠にそうしてもらうと、詰まっていた何かがどこかにいって、俺の胸は大丈夫になる。

「ヒューがあれを生まれ変わらせて寄越してくれる。ちっと待ってろ」
「……うん」

 その日は師匠の剣を研いでくれるというヒューさんの家に泊まって、翌日ティハリッツァに乗ってウォツバルに戻った。
 今度は俺が手綱を取らされたし、師匠は絶対に俺の体にくっつこうとしなかった。
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