馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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狂犬、猟犬、あるいは盛りの付いた

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 この光景を誰が見ても、師匠の方が悪いと判断するだろう。複雑な柄の布張りの長椅子に踏ん反り返って、高級そうなローテーブルの上に踵を乗せ、その上長い足を組んで煙草をスパスパやっているのだ。どう見ても悪役で間違いない。その後ろに立っている俺はたぶん、手下その一。
 それに師匠の前で体を折り曲げて、床だったら絶対土下座していそうな体勢になっているのがこの店の主人だから、さらに良くない。どう見ても店の主を恐喝している悪人だ。
 周りには慣れている使用人の人たちしかいなくて、他の客がいないからいいものの、うっかり王都の警備部隊とか呼ばれたら、申し開きの猶予もなく捕まるだろう。俺で警備部隊に勝てるだろうか。さすがに騎士とまともに戦ったことはないから、予測がつかない。負ける気はしないけど。

「頼む、バルトロウ、この通り!」

 実際は、店主が何とか頼みを聞いてもらおうと、師匠に平身低頭お願いしている場面だけど、それにしたって悪役が似合い過ぎないか。
 金髪碧眼で綺麗な人だから、にっこりしてればひたすら格好いいだけのはずなのに、師匠は大概しかめっ面をしているし、表情によってはいつも一緒にいる俺でもぞくっとするくらいの顔になる。意識して顔を作っている時も、自然体で寛いでいる時も、ガキの頃からずっと育ててもらっているのに、いつまででも見飽きない。やっぱり一番綺麗だと思うのは金色の滲む碧の瞳だけど、小さい頃、思ったままに宝石みたいだって言ったら大笑いされたから、それ以来一度も本人には言っていない。
 それに、一番が目だと思うだけであって、師匠は全部が綺麗な人だ。

「俺に何のメリットもねぇ。他当たれ」

 その綺麗な人のにべもない言葉に、店主が泣きそうな顔を上げる。俺に救いを求めるような視線を向けられても困る。決めるのは師匠であって俺じゃないし、俺がうんと言ったからって、店主が求めているのは師匠の協力だ。俺じゃない。
 首を横に振って示してみたら、がっくりとうなだれてしまった。

「……そこまで言うなら仕方がない……」

 そこまでがどこまでかわからないし、師匠は断りの言葉以外ほとんど何も言ってない。その上、何が仕方ないのかわからない。師匠が冷徹すぎて店主が壊れたのかと思ったけど、ゆらりと立ち上がった顔は笑っていた。
 いや、これ壊れてるな。

「君の煙草一年分無償提供で手を打とうじゃないか!」
「師匠、話だけでも聞こう」

 煙草代一年分馬鹿ニナラナイ。

 さらっと手の平を返した俺に心底嫌そうな顔をした後、師匠はため息をついて煙草を灰皿に突っ込んだ。
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