1 / 1
間違い電話
しおりを挟む
固定電話って、あるじゃないですか。
今は携帯電話も普及していますし、どのくらいの世帯に設置されているのか分かりませんけど、昔は各家庭にあって、電話番号と言ったらその番号でしたよね。
これは、わたしの実家から固定電話を撤去する切っ掛けになった話なんですけど。
変な電話が掛かってくるんです。勧誘とかそう言うのじゃなくて、出ると小さな女の子らしき声が“おかあさん、どこ?“って尋ねてくる。それだけの電話です。
最初にそれを受けたのはわたしで、悪戯かと思いました。
だって、色々聞いても、おかあさんどこ?ってしか言わないんです。それしか言えないみたいに。だから、お母さんはここにはいないよ、周りの大人のひとに聞きなって言って切ったんです。冷たいと思いますか?どこかの迷子が間違って家に掛けてきたにしても、電話越しで出来ることなんてたかが知れていますから。
それから暫くして、また同じ電話が掛かってきたんです。殆ど忘れかけていたんですが、舌足らずで間延びした声で、あっ、あの子だなって。
結果は同じでした。どこにいるのか?他の電話番号を知らないのか?周りに大人はいないのか?色々聞いたんですけど、こちらが喋っている間にも、一定の間隔でおかあさんどこ、おかあさんどこ、と繰り返すばかりです。
わたし、何だか怖くなってしまって。お母さんはいないよ、とだけ言って受話器を置きました。
一回だけならまだしも、二回も掛かってくると、ちょっと変じゃないですか?
夕飯の時、リビングに集まった家族に聞いても、両親も祖父母も妹も、誰もそんな電話は受けたことが無いと言います。どういうわけかその電話は、わたしが一人で家にいる時に掛かってきているのです。その時、わたしの背後で電話機のディスプレイで着信履歴を確認していた父が、首を傾げました。
「おかしいなあ、お前が言ってる時間、そもそも電話自体が来てないぞ」
聞けば、わたしがその電話を受けた時間帯には、一件たりとも着信履歴が残っていないそうなのです。背筋が一瞬にして粟立つのを感じましたが、その場は何とか取り繕い、夕飯を終えました。
その夜、わたしはリビングで仕事を片付けていました。二階の自室だと、パソコンのキーボードの音が響いて両親と妹を起こしてしまいますから。祖父母は一階の和室で寝ていますが、リビングからは離れていましたので、扉を閉めてしまえば余程騒がない限りは大丈夫なのです。
どのくらいの時間、パソコンと睨み合っていたでしょう。ふと壁掛け時計を見上げると、午前一時になろうとしていました。流石に寝なければいけないとその場で伸びをした、その時。
電話が鳴りました。
自分でも笑ってしまうほど、びくりと大きく肩が震えます。わたしは暫く、電話機を見詰めていました。家には家族がいるのだから、あの電話では無いはずです。こんな非常識な時間に電話を掛けてくるなんて余程のことでしょう。親戚絡みで何かあったのでしょうか?だとしたら、早く出なければいけません。
それにしてもおかしいんです。
固定電話の着信音は、家中に響くくらいには大きいものなんですよ。耳の遠い祖父母のためにと、一番大きい音量にしていたんです。いくらリビングの扉を閉めているとは言え、いくら就寝中だからとは言え、ここまで誰も起きてこないものなんでしょうか。祖母や父などが飛んできてもおかしくないのに、家の中はいやに静まり返っていました。そしてその空間を切り裂くように、電話の音がいつまでも鳴り響いて、止まらないんです。
もしかして、出るまでずっとこのままなんじゃないか?
そんな考えが頭を過ぎって、わたしは息を呑み、立ち上がりました。ゆっくりと電話機に歩み寄って、受話器に手を掛けます。その間も、電話の音は鳴り止むことはありませんでした。
わたしはそっと受話器を取り上げて、耳に当てました。もしもし、と絞り出した声が震えて、向こう側に正しく届いているかもわかりません。
思えば、そのまま切ってしまえばよかったんです。
おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?
まるで録音されたものをリピート再生しているかのように一定間隔でした。悪戯電話にしても悪趣味すぎるでしょう。怒りに似た感情が一気に膨れ上がって、次の瞬間、わたしは電話口に怒鳴っていました。
「だから、わたしはお母さんじゃないって言ってるでしょう!」
一瞬の沈黙の後、今までの無機質なものとは全く違う、心底嬉しそうな声が聞こえました。
「おかあさーーーーーーーーん」
電話口からではなく、背後からです。
その後のことは、よく覚えていません。父に起こされた時、わたしはリビングで受話器を握り締めて寝ていました。多分、気を失ってしまったんでしょうね。その後も、特に良くないことは何も無かったですよ。
それからわたしは両親、祖父母に掛け合って、その結果、家から固定電話を無くすことになったんです。全員携帯電話を持っているから、特に不都合はありませんでした。
今もね、電話に出るのが怖いんです。もしまた、あの子から電話が掛かってきたらと思うと、怖くて。
ねえ。
また、おかあさん、って呼びかけられたら、わたし、何て返せばいいんでしょう?
今は携帯電話も普及していますし、どのくらいの世帯に設置されているのか分かりませんけど、昔は各家庭にあって、電話番号と言ったらその番号でしたよね。
これは、わたしの実家から固定電話を撤去する切っ掛けになった話なんですけど。
変な電話が掛かってくるんです。勧誘とかそう言うのじゃなくて、出ると小さな女の子らしき声が“おかあさん、どこ?“って尋ねてくる。それだけの電話です。
最初にそれを受けたのはわたしで、悪戯かと思いました。
だって、色々聞いても、おかあさんどこ?ってしか言わないんです。それしか言えないみたいに。だから、お母さんはここにはいないよ、周りの大人のひとに聞きなって言って切ったんです。冷たいと思いますか?どこかの迷子が間違って家に掛けてきたにしても、電話越しで出来ることなんてたかが知れていますから。
それから暫くして、また同じ電話が掛かってきたんです。殆ど忘れかけていたんですが、舌足らずで間延びした声で、あっ、あの子だなって。
結果は同じでした。どこにいるのか?他の電話番号を知らないのか?周りに大人はいないのか?色々聞いたんですけど、こちらが喋っている間にも、一定の間隔でおかあさんどこ、おかあさんどこ、と繰り返すばかりです。
わたし、何だか怖くなってしまって。お母さんはいないよ、とだけ言って受話器を置きました。
一回だけならまだしも、二回も掛かってくると、ちょっと変じゃないですか?
夕飯の時、リビングに集まった家族に聞いても、両親も祖父母も妹も、誰もそんな電話は受けたことが無いと言います。どういうわけかその電話は、わたしが一人で家にいる時に掛かってきているのです。その時、わたしの背後で電話機のディスプレイで着信履歴を確認していた父が、首を傾げました。
「おかしいなあ、お前が言ってる時間、そもそも電話自体が来てないぞ」
聞けば、わたしがその電話を受けた時間帯には、一件たりとも着信履歴が残っていないそうなのです。背筋が一瞬にして粟立つのを感じましたが、その場は何とか取り繕い、夕飯を終えました。
その夜、わたしはリビングで仕事を片付けていました。二階の自室だと、パソコンのキーボードの音が響いて両親と妹を起こしてしまいますから。祖父母は一階の和室で寝ていますが、リビングからは離れていましたので、扉を閉めてしまえば余程騒がない限りは大丈夫なのです。
どのくらいの時間、パソコンと睨み合っていたでしょう。ふと壁掛け時計を見上げると、午前一時になろうとしていました。流石に寝なければいけないとその場で伸びをした、その時。
電話が鳴りました。
自分でも笑ってしまうほど、びくりと大きく肩が震えます。わたしは暫く、電話機を見詰めていました。家には家族がいるのだから、あの電話では無いはずです。こんな非常識な時間に電話を掛けてくるなんて余程のことでしょう。親戚絡みで何かあったのでしょうか?だとしたら、早く出なければいけません。
それにしてもおかしいんです。
固定電話の着信音は、家中に響くくらいには大きいものなんですよ。耳の遠い祖父母のためにと、一番大きい音量にしていたんです。いくらリビングの扉を閉めているとは言え、いくら就寝中だからとは言え、ここまで誰も起きてこないものなんでしょうか。祖母や父などが飛んできてもおかしくないのに、家の中はいやに静まり返っていました。そしてその空間を切り裂くように、電話の音がいつまでも鳴り響いて、止まらないんです。
もしかして、出るまでずっとこのままなんじゃないか?
そんな考えが頭を過ぎって、わたしは息を呑み、立ち上がりました。ゆっくりと電話機に歩み寄って、受話器に手を掛けます。その間も、電話の音は鳴り止むことはありませんでした。
わたしはそっと受話器を取り上げて、耳に当てました。もしもし、と絞り出した声が震えて、向こう側に正しく届いているかもわかりません。
思えば、そのまま切ってしまえばよかったんです。
おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?おかあさん、どこ?
まるで録音されたものをリピート再生しているかのように一定間隔でした。悪戯電話にしても悪趣味すぎるでしょう。怒りに似た感情が一気に膨れ上がって、次の瞬間、わたしは電話口に怒鳴っていました。
「だから、わたしはお母さんじゃないって言ってるでしょう!」
一瞬の沈黙の後、今までの無機質なものとは全く違う、心底嬉しそうな声が聞こえました。
「おかあさーーーーーーーーん」
電話口からではなく、背後からです。
その後のことは、よく覚えていません。父に起こされた時、わたしはリビングで受話器を握り締めて寝ていました。多分、気を失ってしまったんでしょうね。その後も、特に良くないことは何も無かったですよ。
それからわたしは両親、祖父母に掛け合って、その結果、家から固定電話を無くすことになったんです。全員携帯電話を持っているから、特に不都合はありませんでした。
今もね、電話に出るのが怖いんです。もしまた、あの子から電話が掛かってきたらと思うと、怖くて。
ねえ。
また、おかあさん、って呼びかけられたら、わたし、何て返せばいいんでしょう?
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
きらさぎ町
KZ
ホラー
ふと気がつくと知らないところにいて、近くにあった駅の名前は「きさらぎ駅」。
この駅のある「きさらぎ町」という不思議な場所では、繰り返すたびに何か大事なものが失くなっていく。自分が自分であるために必要なものが失われていく。
これは、そんな場所に迷い込んだ彼の物語だ……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
手が招く
五味
ホラー
川辻海斗は、所謂探偵社、人に頼まれその調査を代行することを生業としていた。
仕事はそれなりにうまくいっており、手伝いを一人雇っても問題がないほどであった。
そんな彼の元に突如一つの依頼が舞い込んでくる。
突然いなくなった友人を探してほしい。
女子学生が、突然持ってきたその仕事を海斗は引き受ける。
依頼料は、彼女がこれまで貯めていたのだと、提示された金額は、不足は感じるものであったが、手が空いていたこともあり、何か気になるものを感じたこともあり、依頼を引き受けることとした。
しかし、その友人とやらを調べても、そんな人間などいないと、それしかわからない。
相応の額を支払って、こんな悪戯をするのだろうか。
依頼主はそのようなことをする手合いには見えず、海斗は混乱する。
そして、気が付けば彼の事務所を手伝っていた、その女性が、失踪した。
それに気が付けたのは偶然出会ったが、海斗は調査に改めて乗り出す。
その女性も、気が付けば存在していた痕跡が薄れていっている。
何が起こっているのか、それを調べるために。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
【実体験アリ】怖い話まとめ
スキマ
ホラー
自身の体験や友人から聞いた怖い話のまとめになります。修学旅行後の怖い体験、お墓参り、出産前に起きた不思議な出来事、最近の怖い話など。個人や地域の特定を防ぐために名前や地名などを変更して紹介しています。
心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲
幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。
様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。
主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。
サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。
彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。
現在は、三人で仕事を引き受けている。
果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか?
「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる