1 / 1
怪談を読みながら寝落ちたら
しおりを挟む
夢の中で、わたしは小さな子供だった。狭い和室に布団を敷いて、わたしとお母さんと妹は一緒に寝ている。
お母さんは、毎夜同じ時間になると魘される。酷く苦しそうに唸るのだが、朝になるとケロッとしていて、何も覚えていないと言う。
そのお母さんの声で目が覚めた。わたしのすぐ横にある大きな窓から差し込んでくる月明かりが、部屋の中をうっすらと照らしている。隣に寝ているお母さんを見ると、やっぱり魘されていた。揺すりながら呼びかけても、うう、とかああ、とか唸るだけで起きる気配が無い。額に浮かんだ脂汗が、だらだらと枕に染みを作る。
困ったなあと辺りを見渡すと、部屋の隅に置かれた鏡台が目に入った。そして、いつも鏡面に掛かっている布が外れていることに気が付く。隙間風か何かで落ちたのだろうか。
何故だかそれがとても嫌で、わたしはその布を戻そうと立ち上がった。それと同時に、お母さんの寝言が大きくなる。何か言っているようだけども、はっきりとは聞き取れない。
妹はよく起きないなあ、まだ小さいのに。
わたしはゆっくりと布団の上に立って、目を擦りながら鏡台の前に立つ。畳に頼りなく落ちた布を拾い上げて、ふと、鏡を見た。妹がすやすやと寝息を立てている横に、お母さんの苦しげな顔が見える。
お母さんを、やたらと頭と手が大きな女が覗き込んでいた。
わたしは思わず振り返る。誰もいない。
また鏡を見た。
その女は変わらずお母さんの枕元に立って、上半身を限界まで前に倒してお母さんの顔を見ている。じっとりと濡れたような長い黒髪が垂れて、お母さんの顔に掛かる。その髪の毛のせいで、女の表情は読み取れない。
わたしは暫くの間動けず布を握り締めて鏡を凝視していたのだが、やがてその女の顔が、ゆっくりとこちらに向き始めているのに気が付いた。
お母さんの寝言が、更に大きくなる。
くるよお、くるよお、くるよお、くるよお、くるよお、くるよお。
はっきりとそう叫んだお母さんの声は、まるでスロー再生された音声を聞いているみたいに不自然で、低かった。
女はもう、ほとんどこっちを向きかけていた。
わたしは目を閉じて、勢い良く鏡面に布を被せた。わたしの耳元で、
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ。
と、甲高い声がした。
そこで、目が覚めたんです。
お母さんは、毎夜同じ時間になると魘される。酷く苦しそうに唸るのだが、朝になるとケロッとしていて、何も覚えていないと言う。
そのお母さんの声で目が覚めた。わたしのすぐ横にある大きな窓から差し込んでくる月明かりが、部屋の中をうっすらと照らしている。隣に寝ているお母さんを見ると、やっぱり魘されていた。揺すりながら呼びかけても、うう、とかああ、とか唸るだけで起きる気配が無い。額に浮かんだ脂汗が、だらだらと枕に染みを作る。
困ったなあと辺りを見渡すと、部屋の隅に置かれた鏡台が目に入った。そして、いつも鏡面に掛かっている布が外れていることに気が付く。隙間風か何かで落ちたのだろうか。
何故だかそれがとても嫌で、わたしはその布を戻そうと立ち上がった。それと同時に、お母さんの寝言が大きくなる。何か言っているようだけども、はっきりとは聞き取れない。
妹はよく起きないなあ、まだ小さいのに。
わたしはゆっくりと布団の上に立って、目を擦りながら鏡台の前に立つ。畳に頼りなく落ちた布を拾い上げて、ふと、鏡を見た。妹がすやすやと寝息を立てている横に、お母さんの苦しげな顔が見える。
お母さんを、やたらと頭と手が大きな女が覗き込んでいた。
わたしは思わず振り返る。誰もいない。
また鏡を見た。
その女は変わらずお母さんの枕元に立って、上半身を限界まで前に倒してお母さんの顔を見ている。じっとりと濡れたような長い黒髪が垂れて、お母さんの顔に掛かる。その髪の毛のせいで、女の表情は読み取れない。
わたしは暫くの間動けず布を握り締めて鏡を凝視していたのだが、やがてその女の顔が、ゆっくりとこちらに向き始めているのに気が付いた。
お母さんの寝言が、更に大きくなる。
くるよお、くるよお、くるよお、くるよお、くるよお、くるよお。
はっきりとそう叫んだお母さんの声は、まるでスロー再生された音声を聞いているみたいに不自然で、低かった。
女はもう、ほとんどこっちを向きかけていた。
わたしは目を閉じて、勢い良く鏡面に布を被せた。わたしの耳元で、
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ。
と、甲高い声がした。
そこで、目が覚めたんです。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
インター・フォン
ゆずさくら
ホラー
家の外を何気なく見ているとインターフォンに誰がいて、何か細工をしているような気がした。
俺は慌てて外に出るが、誰かを見つけられなかった。気になってインターフォンを調べていくのだが、インターフォンに正体のわからない人物の映像が残り始める。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

【完結】本当にあった怖い話 ~実話怪談集『図書館の“あれ”』・『旅先の怪』・『負のパワースポット』~
悠月
ホラー
実話怪談のショートショートを集めた短編集。
『図書館の“あれ”』
私の出身大学の図書館、閉架書庫には“あれ”がいる。私以外のほとんどの人が遭遇したという“あれ”。
しかし、“あれ”に遭遇した人たちの人生が、少しずつ壊れていく……。
『旅先の怪』
非日常の体験がしたくて、人は旅に出る。ときに、旅先では異界を覗くような恐怖を体験してしまうこともあるのです。
京都、遠野、青森……。
そんな、旅先で私が出遭ってしまった恐怖。旅先での怪異譚を集めました。
『負のパワースポット』
とある出版社からパワースポット本の取材と執筆を請け負った、フリーランスライターのN。「ここは、とてもいいスポットだから」と担当編集者から言われて行った場所には……?
この話、読んだ方に被害が及ばないかどうかの確認は取れていません。
最後まで読まれる方は、どうか自己責任でお願いいたします。
※カクヨムに掲載していたものの一部を修正して掲載しています。
お化け団地
宮田 歩
ホラー
「お化け団地」と呼ばれている朽ち果てた1階に住む不気味な老婆。彼女の部屋からは多頭飼育された猫たちがベランダから自由に出入りしていて問題になっていた。警察からの要請を受け、猫の保護活動家を親に持つ少年洋介は共に猫たちを捕獲していくが——。

アポリアの林
千年砂漠
ホラー
中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。
しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。
晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。
羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる