北の辺境伯と侍女

砂臥 環

文字の大きさ
上 下
12 / 16

しおりを挟む

 ヴィクトルの暴挙に場は一瞬静まったあと、ザワついた。
 男子生徒が小声で言う。

「『ブラッドロー辺境伯』って言ったような……?」

 そう、ヴィクトルが手袋を投げ付けた相手は、ブラッドローはブラッドローでも『パーシヴァル・ブラッドロー』である。

 ブラッドロー『辺境伯』ではない。

 だが辺境伯は今しがたまでずっと男子生徒と喋っており、ご指名のライラ・ヘンリソン嬢と仲睦まじく話していた(※小声で話していた為そう見えた)のはパーシヴァル
 しかも彼はイケメン。

 ヴィクトルの気持ちは知っていても、ライラの気持ちなど当然知らない学生達にしてみれば、彼が相手を間違えたのか、敬称を間違えたのかすらわからず……まずその事に困惑した。

 ((((どっちなんだろう……))))

 ヴィクトルはルーファスの顔を見たことが無かった。パーシヴァルはルーファス程では無いが身長も高い。

 死を覚悟し、勢いで行った彼の脳内にチラリと過ぎった(あれ? イケメンじゃね?)は、敢え無く霧散していた。──こういうところが『真正面からの勝負じゃなければ勝てない』ひとつの原因だろう。

 「なにやら勘違いしているようだが……」
 「私はターナー侯爵家次男、ヴィクトル・ターナー! 我が名を賭けて貴殿に決闘を申し込む!」
 「うわ、名乗られた……」

 パーシヴァルがチラリと主とライラの方をそれぞれ見ると、ルーファスは鬼の様な形相で驚いており、ライラは固まっている。
 次に周りを見ると、皆訳がわからずオロオロしているか呆然としているか。

 そしてヴィクトルは、覚悟を決めた実に男らしい瞳をして自分を待っている。
 ……話になりそうもない。

 ターナー侯爵は他に外せない用事があった為、この場にいないことが唯一の救い。




 「──まあいいや、余興ということにしておこう。 来なさい」

 そう言うと、パーシヴァルは中庭の方へヴィクトルを促した。

 主の手は煩わせない……というよりも、ルーファスは手加減があまり上手くない。ローズマリーの想像通り『ドスグチャー』とまではいかなくても、余興で済まなくなる可能性は大いにある。

 剣を抜き、構えるヴィクトルにパーシヴァルはヒュウ、と口笛を吹いた。

 「へぇ……なかなかできそうだ。 君、ウチに来るんだっけ? 楽しみだなぁ」
 「……」

 集中しているヴィクトルは、それには応えない。

 「アイツ……!」
 「ああ、マジだ」

 ヴィクトルはここにいる男子達の誰より強く、止めるにはあまりに遅かった。集中している彼に迂闊に手を出したら──斬られる。
 周囲は始まってしまった決闘を、固唾を飲んで見守るしか無かった。

(馬鹿……! どうせ殺るなら辺境伯にしなさいよ!! あの男なら殺られるとも思えないし! ……ああどうしよう! このままじゃ勘違いでヴィクトルは人斬りになっちゃう!!)

 ローズマリーは相手が変わったことでヴィクトルの勝利を疑ってはいないが、その分、別の不安に頭を抱えた。

 なんせ、決闘。

 相手が姉を誑かしている辺境伯だからいい(※あくまでローズマリーの身勝手な理屈であり、駄目に決まっているが)わけで……
 怪我を負わせて『勘違いでした』じゃ済まされない。


 ──だが、それは杞憂に終わる。



 「どうしたの? 来なよ」

 剣を抜くこともなく、パーシヴァルは挑発とも取れる言葉を発する。
 その口調も表情もよもや決闘の場とは思えぬものだが……ヴィクトルの手にはじっとりと汗が滲んでいた。

 パーシヴァルのナリは優男風だが、彼が養子として伯爵家に入ったのは幼少時から。ルーファスと幼馴染なのも、経験を積むため、公爵家嫡男だったルーファスの護衛の役割を任されていたからである。

 ルーファスが剛ならパーシヴァルは柔。
 彼はルーファスが辺境伯家に入ったことで、役割的にも有効であると、その太刀筋に磨きをかけていた。

 ──『不殺ころさずのパーシヴァル』……それが彼の軍部でのふたつ名であることは、あまり知られていない。

 ちなみにパーシヴァルには『影中の影』だの『微笑みの悪魔』だの、なんだかよくわからないふたつ名がいっぱいある。




(養子とはいえ……流石に『北の総司令』というわけか……)

 いや、それは違う。
 惜しいけど違う。

(だが……ライラ様への気持ちは……!!)

 確かに、勝っている。
 その点では絶対勝っている。(※相手がパーシヴァルなので)

 パーシヴァルの圧に額から落ちた一雫──その瞬間にヴィクトルは大きく踏み込んだ。

 懐よりも向かって左側。
 未だ剣を抜いていないパーシヴァルの対応しにくい位置を目掛けて。

 相手を格上と看做みなしたヴィクトルに、躊躇はない。

 しかし次の瞬間──
 ふっ、と軽く息を吐いたパーシヴァルは、右足を半歩だけ斜め後ろへと下げる。
 身体を捻りつつ剣を抜き、逆腕でヴィクトルの背中を軽く押した。
 前のめりになった彼が体勢を素早く立て直すも、既に喉元には切っ先。

 「……これで満足かな?」
 「……!」

 ヴィクトルの太刀筋は鋭く、 踏み込みや動作も早かった。
 だがそれをものともしない、パーシヴァルの圧倒的な勝利──

 静まり返る会場の方を向き、パーシヴァルはゆっくりと優雅に礼をし、微笑んだ。

 「皆様……北のこれからとパーティの盛り上げに一役買ってくれた、ヴィクトル・ターナー様の余興に盛大な拍手を!」

 「余興……」
 「余興……?」
 「余興……!」

 つまり、『余興』ということにしたのである。

 貴族子息とはいえ、脳筋達の多い男子達は飲み込むのが若干遅かったが、場を当たり障りなくまとめる『貴族あるある』が発動され、場は拍手喝采に包まれた。

 呆然としているヴィクトルに、パーシヴァルはゆっくりと手を差し伸べる。

 「──参りました……」

 項垂れながら手を取るヴィクトルが顔を上げ、泣きそうな顔でそう言うと、パーシヴァルはふっと笑って小声で告げた。

 「言っとくけど、主は俺より強いよ?」
 「……え?」

 「ヴィクトルうぅぅぅ!!!!」

 そこにローズマリーが勢い良く走ってきた。ヴィクトルの腹に激突する形で。

 「ゴメン! 流石にゴメン!! 私、考え無しだったわ!! でも馬鹿! アンタ馬鹿!!」
 「は? えっ!?」

 初めて生で見た真剣による勝負に、『決闘』の重みをようやく感じたローズマリーは、泣きながらヴィクトルに謝った。
 ──ただし、それをわかっていながら決闘をしたことと、あまつさえ相手を間違えたことに対して責めるのも忘れないが。

 ローズマリーが泣くのも謝るのも最早遠い記憶の彼方にしかない。ヴィクトルは、パーシヴァルの台詞が気になりつつも、ローズマリーを放れず……ただオタオタしながら、交互にせわしなく視線を動かすことしか出来なかった。




 そんなこんなで、ヴィクトルの勘違いとパーシヴァルの機転により終わったかに見えた『余興』だったが……

 「パーシヴァル」
 「え」

 ──パサリ。

 再び彼の元に、手袋が投げられる事になるとは……誰も予測していなかったのである。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

処理中です...