北の辺境伯と侍女

砂臥 環

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 舞踏会より二週間早目に王都に来たのに、ルーファスはライラと会うのを意図的に避けていた。

 「5年も侯爵家カントリーハウスにも、タウンハウスにも帰らなかったんだ……家族や友人等とゆっくり過ごす時間を邪魔してはいけないだろう」

 そう真面目な顔で言うルーファスに、家令パーシヴァルもそれ以上のことは言わなかった。

 だが、既に一週間が経過している。




 こちらに来てから彼はきちんと社交を行っていた。もっとも、小規模なサロン等……男性のみ呼ばれるようなものに限ってはいるが。

『案外人たらし』なルーファス・ブラッドロー辺境伯。

 蓋を開けてみると、真っ直ぐで不正を嫌うルーファスを慕う者は多かった。

 彼は辺境伯家に入るとすぐ軍の総司令官としての知識を深めながら、一兵卒として鍛錬にも参加している。
 元公爵家であるやんごとなき血の彼が、一兵卒から着実に力を付けて行く様に感銘を受けた男性は少なくない。

 この国では辺境にのみ国立軍が敷かれており、辺境伯が総司令官となる。

 有事の際は貴族に国を守る義務が発生し、騎士として働くが、通常『騎士』とされるのは王宮を守る者のみ。余談だが、ヴィクトルが目指しているのはコレだ。彼は一旦辺境で軍部に身を置き、経験を積んでから王都に戻るつもりでいる。

 総司令官である辺境伯は血筋的には武家。当然子供の頃から強くなるよう仕込まれている。総司令官が実際に戦うか否かは別として、軍人は貴族ではないので強くなければ舐められるのは必至。

 それぞれの領にも騎士団はあるので、公爵家嫡男だった頃も、当時の立場からそれなりに武芸を嗜んで育ったルーファス。体格に恵まれたこともありそこそこは強かったが、そこまで厳しい鍛錬をしていたわけではなく、辺境伯として見合う程のスキルがあったわけでもなかった。
 しかし日々厳しい鍛錬に明け暮れた結果、その強さは今や軍部でも一目置かれる程。

 貴族であれ、男性は強い男性に多少なりとも憧れを抱くモノ──いくら約束された地位があるとはいえ、一兵卒から始めべらぼうに強くなったというルーファスの生き様は、男性ウケが非常に良い。

 ヴィクトルとローズマリーの温度差も、それが原因のひとつだ。




 しかも公爵家で教育を受けたルーファスは、脳筋な訳では無い。性格的に腹芸は得意ではないものの、その分彼は判断が早く、また自分をよく知っている。
 彼は少しでも自分の手に余ると思った案件は全て一旦断ることにしていた。ルーファスが毅然と断る姿はやはり威圧感が凄いからだ。
 それでも交渉しようとする者から更に選別し、パーシヴァルに任すという流れが出来ている。

 ちなみにパーシヴァルに先に話を持ちかけようとしても、一切相手にはされない。『まずは旦那様に話を通すように』と断られる。




 そんな判断の早いルーファスだが、ライラのこの先についてはまるで何も決められずにいた。
 サロンには若く凛々しい、将来有望な青年達もいるのだが……どれもなんとなく気に食わないのだ。

「家族や友人との交流を」という冒頭の部分は間違いなく彼の本音なのだが、それが全てではない。
 会いたいような気もするが、先が決まっていないのに会うのは余計な誤解を周囲に招くだけだ、という気持ちが強いのだ。
 なのに先は全く決まらず……彼は悶々として日々を過ごしている。

 ──ライラの事を思うと胸が苦しい。

 最初は王都の空気に心肺機能がやられたのかと思ったルーファスだったが、それがライラの事を思う時に限定されていることから、そういう結論に達していた。しかし──

(もしかして俺は、父親の気持ちになっているのでは……だとするとヘンリソン卿には申し訳がない。 一週間でこうだと言うのに、5年もこんな気持ちにさせていたとは……!)

 そこでちょっと思考が斜め上なのが、残念な辺境伯。

 「……パーシヴァル! パーシヴァルはいるか?!」

 反省したルーファスは、パーシヴァルの部屋へと足を運んだ。物凄い勢いで。

 「うわっ!? 何事です!? 」
 「ヘンリソン卿の予定と好みに合わせ、劇場の良い席と王都で名のあるレストランの一番良いコースをリザーブして贈ってくれ。 勿論ご家族分もだ」
 「わかりました!」

 勢い的にとにかく急ぎと判断したパーシヴァルは、一切無駄口を聞くことなく動き出した。




 これに困惑したのはヘンリソン侯爵である。
 これまで連絡も特にないと思いきや、突然の贈物──しかもその内容。

(……閣下のお気持ちは一体?)

 皆喜んでるからま、いっか……とはいかない。ルーファスからの文は二通あり、自分宛のものには『気遣いが足らなかった』と詫びる内容が丁寧に書かれていた。

 丁寧に書かれてはいるが……それ以上のことは書いていない。
 一体全体どういうことなのか、不明。

 「ライラ……お前宛にはなんと?」
 「はい、『5年も帰らなかったのだから、親孝行をしてくるように』と」
 「…………それだけか?」
 「はい……」

 どうやら他意はないらしい──だがそのことに困惑しているのだ。

(まずは外堀を埋める気なのだろうか……だがそれはおかしいような……そもそもそんな事などしなくても、縁談を持ちかけてくれれば決まったようなモノだ)

 ダナンは悩んだが、それだけ尋ねると話を終わりにした。

 とりあえず舞踏会が終わるまで待つとライラに約束したので、今はまだ余計なことを言っても仕方がない。

 観劇当日は移動の馬車から土産物までと細かに用意され、まさに至れり尽くせり。
 皆表向きは楽しそうにしているが、その心中は母マルグリット以外複雑である。




 ──ライラも当然悩んでいた。

 良くしてくれるのは本当に有難いのだが、それが自分の望みとは別方向の気持ちからだとするのなら、それは逆に良くなかった。

(弱い者にお優しい旦那様だから、具合が悪いと思われたことで、庇護の対象となってしまったに違いないわ)

 考えた末、ライラはほぼ正解に辿り着いていた。5年もの間ルーファスを陰日向なく……というかほぼストーカー張りに陰から見詰め続けていた日々。 そんなたゆまぬ熱意の賜物である。(※勿論ストーカー的な)

 それでも距離が近くなったことには変わりはない……ここで『女性として』好意を示せばなんとかなるのではないか──そう踏んでいるライラだが、相手は主。立場もあるので中々理由もなく会うことは出来ずに、彼女もまた悶々としていた。
 なにか理由を付けて会おうと思えど、侯爵家こちらと違い、タウンハウスにもそれなりに従者がいるので不要。しかも王都にはそこまで詳しくないので、赴く理由もない。

(旦那様からの贈物や手紙が、心配していた縁談の話ではなかったことはよかったわ……あら、しかもこれは会う口実になるのでは?)

『舞踏会で片をつける』とうそぶいてはみたものの、その前に男性を紹介されでもしたら逃げ場がない。

 「お父様……ご相談が」

 その前になんとかしておきたかったライラは、ダナンにささやかなパーティを開く提案をした。

 無論、お世話になっている辺境伯に対するもの。できれば『王都へようこそ! ブラッドロー辺境伯閣下』的なちょっと庶民っぽいやつ。

 「しかし……閣下はお忙しいだろう。 それに領地ならまだしも、こんなせせこましいところにわざわざお呼び立てする訳には……」
 「いいえ、旦那様はこじんまりした雰囲気がお嫌いではありません。 中途半端に大きなパーティを開くよりは、ごく身内のみで行う略式のものを好まれます」

 実際に領地での彼は『全く社交していない』とは言っても、そういう会合には頻繁に出席していた。領主の役目も兼ねたものも多いが、相手は貴族でないことが殆どで、装いもほぼ平服である。

 「……そうは言ってもここでは流石に狭すぎる。 この時期に今からホテルの広間をとるのは難しいだろう」
 「旦那様は場が小さくても遠くでも嫌がる事はありません。 ただ長時間の拘束はあまり好まれないようです」
 「ふむ……ならばなんとかなるかもしれんが……」
 「お隣のターナー侯爵様にご相談できませんでしょうか。 士官し北に来るという、ヴィクトル様の紹介もできますし」
 「ターナー卿は確かに王都にホテルを持っているな……かなり端だが」 

 そこはギリギリ王都、という程端にある一応上流階級のホテル。
 中央から馬車で小一時間はかかり、立地条件は良いとは言えないのだが、その分お値段はリーズナブルで景観もいい。

 その為社交目的の薄い軍人上がりの騎士や、お忍びの貴族に人気がある。


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