北の辺境伯と侍女

砂臥 環

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 勢いよく飛び出したライラの妹、シスコンのローズマリー。
 お察しの通り、彼女が向かったのはヴィクトル・ターナーのところ……つまり、お隣。
 幼馴染の彼を『単細胞脳筋野郎』と揶揄する彼女だが、自身もかなりの単細胞である。

 「これはローズ様、生憎、今ヴィクトル様は不在でして。 もうすぐお帰りになると思いますが、お待ちになりますか? 」
 「バートンさん、ありがとう! 待たせて頂くわ!」

 幼少の頃からお転婆ローズマリーの成長を、暖かく見守っていた隣の老執事バートン。隣なので帰してもいいのだが、ターナー侯爵と夫人が不在なのもあり、こころよく彼女を招き入れた。




 ヴィクトルはターナー家の次男。
 当然当主になることは無い。
 今後の身の振り方の幾つかの選択肢の中で、彼は王宮騎士を目指すことにしている。人に愛される気質の弟に兄は『このまま侯爵家に残り、自分の元で働けばいい』と言ってくれてはいるが、どうせならば騎士がいい──その理由はひとつ。
 カッコイイからである。

 学園卒業後、彼は士官し北へ向かうつもりでいる。

 北──ブラッドロー領には憧れの女性ライラがいる。しかも彼女は妙齢でまだ独身。


 今まで自身の年齢を理由にアプローチ出来ずにいたが、学園を卒業し、士官してから徐々にアプローチすればいい。22という年齢まであんな優しく美しい女性が結婚どころか誰とも婚約していないのは、自分を待っていてくれたに違いない。


 彼はそんな風に思っている。
 ローズマリーと似たタイプのヴィクトルは、思考回路もよく似ていた。
 まさに『単細胞脳筋野郎』である。

 そんな生真面目単細胞脳筋な彼は、ライラが帰るのは今日だと知ってはいるものの、鍛錬をサボるような真似はしない。日々の鍛錬こそがこれからの自分の騎士としての立身を早め、ライラの迎えも早めることだと信じているからである。
 それに、現職の王宮騎士であるイスカが稽古を付けてくれる機会を逃す訳にはいかなかった。

 ローズマリーと違って筆まめでは無い彼だが、月一ではライラに手紙を送っている。
 変なところで真面目なヴィクトルは『学生の内は半人前』と口説くような文言を入れてはいないのだが、季節の花を押し花にして添えたり等の、乙女チックなことはしていた。

 ライラからも丁寧な返事が返ってくる為、ヴィクトルは完全に『両想いである』と勘違いをしているが、勿論ライラにその気はないし、全く彼の気持ちに気付いてもいなかった。

 ライラにしてみれば可愛い弟程度だ。

 そもそもライラは筆まめなので、手紙がきたら返すのは当たり前のこと。頻度に多少慕われているとは感じても、家族的な意味でしかなく、全く意識はしていないという、悲しい現実。
 大体にして、ヴィクトルの手紙にも大したことは書かれていないのだから、それも仕方ないのだが。




 鍛錬を終えた彼は、ライラの為に花を購入後、タウンハウスへ帰宅した。

 「ヴィクトル! 遅いじゃないの!」
 「ローズマリー……なんでウチに? ライラ様はお帰りではないのか?」

 ウザい程にライラにベッタリで彼にとっては邪魔な存在のローズマリーだが、いちいちツンツンしてくる彼女にも、基本的に彼は優しい。
 そもそも女性に優しいというのもあるが、夢見がちなヴィクトルにしてみればローズマリーは将来の義妹……そう思えば可愛いモノである。

 「まさか喧嘩でも? もしそうなら俺が取り成してやるぞ、すんなり謝れるように」
 「違うわよ! 大体なんで私が悪いの前提なのよ?! ……ちっ、まぁいいわ」
 「舌打ちするところとか、淑女と言えないところを指摘されて」
 「まぁいいって言ってるでしょうが! 何勝手に話を進めているの!? 喧嘩なんかする訳ないでしょ!」 
 「そうなのか、では送って行こう。 ライラ様にお会いして花を」
 「話があってきたのよ! する前に送る意味ィ~!! アンタ花をお姉様に渡す事しか考えてないわね?!」
 「なんでローズはいつもイライラしているんだ? 全く……相手が俺の様な鷹揚おうような男だからいいようなものの……」
 「……アンタ本当に意味わかって使ってんの?(わかっているとは思えないけど) 『茫洋ぼうよう』の間違いじゃなく?(言ってもわかるとは思えないけど)」
 「……んん?(※勿論よくわかっていない)」

 ヴィクトルが珍しく難しい言葉を使ったおかげで、ようやく無意味な言い争いが終了、本題に入ることとなった。
 ちなみにいつもは頃合いを見てバートンが、飲み物等を聞きに行く事で終了するが、聞きに行く前に終わったので急いで用意された。いつもふたりが飲むものは決まっているのだ。ふたりともお茶よりジュースが好き。
 既にオレンジに似た果物のジュースを、グラス半分程飲んでいたローズマリーはお代わりを断り、鍛錬明けで喉が渇いていたヴィクトルは一気に飲み干して、お代わりを所望した。




 「──率直に聞くわ。 アンタ、お姉様のこと大好きよね?」
 「……っっ!?!?」

 自分の気持ちは誰にも言っていないヴィクトルは、ローズマリーの言葉に驚き声を詰まらせる。

 「なんでわかったんだ……」
 「なんでわからないと思っているのかがわからないわ」
 「そうなのか? ……はっ! もしやライラ様も俺の気持ちに……!」
 「気付いていないわ」
 「そ……そうか……」

 良かったような残念なような。
 だが別れた時はまだ12、それも仕方ない。

 複雑な気持ちで肩を落とすヴィクトルに、ローズマリーは言った。今まで一度たりとも彼に向けて発したことのない、優しい声で。

 「ヴィクトル……そんなにアナタがお姉様のことが好きなら、協力してあげないでもなくてよ?」
 「え? いや、いいよ」

 だがアッサリ断られる。

 「あぁぁぁぁぁん?! アンタ他人が親切で言ってやってるのに!」
 「だってまだ学生だし。 せめて卒業して士官して半年は経たないと」
 「それじゃ遅いのよ! アンタお姉様が辺境伯に盗られてもイイわけぇ~?!」
 「辺境伯に?! 盗られ……ええ!? なんだそれどういう……っ」

 飲み込みの悪い男だ、これだから単細胞脳筋は……そう思いながら彼を一瞥し、ローズマリーは再び舌打ちをすると、ジュースの残りを一気に飲み干して机に『タンッ』と音を立てて置いた。

 その様はまるで酒場のチンピラの如し──貴族令嬢としては失格も甚だしい。

 眉と声をひそめながら、ローズマリーはヴィクトルに含めるように言う。

 「いいこと? お姉様は5年もお帰りにならなかったのよ? それはタウンハウスどころか生まれ育った侯爵領にすら……」
 「そうなのか……」
 「きっと辺境伯の陰謀に違いないわ……女の良いときを、僻地で社交のひとつもなく過ごさせるなんて」
 「……!?」

 確かにおかしいが、『辺境伯の陰謀』とは一体……困惑するヴィクトルに鼻白んだ感じで、ゆっくりと続けた。




 「つまり辺境伯は、姉様に男を近付けないよう囲い込み……いざ社交に赴く必要が出たのを機に、パートナーとして指名。 5年の間にお優しい姉様はヤツに情を傾けているわ。 変わらず美しいとはいえ、姉様は22……おそらく王都こちらにいる間に──決めてくる」
 「そんな…………」

 暫し絶句した後で、未だ困惑したままヴィクトルは尋ねる。非常にたどたどしく。

 「だ、だとしても……相手はあの辺境伯だぞ? 俺は見たことが、あ、お前は見たか? いくらライラ様が」
 「馬鹿ね、言ったでしょう……姉様はお優しいのよ? そこに漬け込んだのよ。 自分のご面相を見せて、孤独と影をあざとく匂わせる辺境伯……事実、姉様は絆されているようだったわ」
 「それが本当なら……いや、だが……」

 彼は逡巡し、暫し沈黙した。
 それなりに長い沈黙に、せっかちなローズマリーが耐え切れずに声を掛けようとする、ほんの少しだけ前のタイミングでヴィクトルは立ち上がった。

 「──送る。 ライラ様に花を渡す際にそれとなく確かめる」

 脳筋なりに考えた結果。

 ──だが結局それは、ローズマリーの思う壷だった。


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