北の辺境伯と侍女

砂臥 環

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 結局付いていくことにしたパーシヴァルは、伯爵家御一行の3台の馬車のうち当主が乗る馬車に、ルーファスとライラを二人きりで乗せた。未婚の男女なのに。

 当然渋るルーファスに「ふたりとも久しぶりの夜会だから、少し交流を深めとかないとやりにくいだろう」ともっともらしい理由をつけ、「カーテン全開にしとけば、横に護衛もいるし平気だから!」と、半ば無理矢理。

 どうやらちょっとだけ世話を焼くことにした様子。

 例の如く震えながら内心で喜ぶライラに対し、ルーファスは最後まで渋っていた。

 22の未婚女性であるライラの瑕疵になりそうな、誤解を招く行動は極力避けるべきだと思う。それに、ライラの態度がアレなので仕方ないのだが……彼は『ライラは自分を苦手なのだ』と思っている。

 特別ライラに限ったことではないから気にしないようにはしているが……やはり少し傷付くし、同時に苦手な当主の元で、5年も甲斐甲斐しく働いてくれていた彼女には同情を禁じ得ない。

 だがパーシヴァルの言葉だけなら受け入れなかったルーファスも、侍女長や侍女、女騎士などの女性陣までが『一緒の方がいい』『そうするべき』と熱心に言うので、とうとう折れた。

「仕方ない……いいかな、ライラ」
「もっ勿論です!」

 馬車に乗り込む際に手を差し出すと、おずおずと重ねられた小さな震える手。
 気の毒さが増す。

(王都までは長い……せめて気の利いた会話のひとつでもできれば良いんだが……)


 ──残念ながらなにも思いつかない。





 ルーファス以上に気の利いた会話をしたいライラは、緊張と高揚におかしくなっていた。発言しようとすると言葉が単語でしか出てこないにも関わらず、脳内には言葉が溢れている。

(間近に旦那様の麗しきおかんばせがぁぁぁぁぁぁあああああああああ! ああっ顔を上げて見つめたい! けど無理!! 斜め前の視界に入るおみ足のなんて長いこと! 足も手と同じ様に美しいに違いないわ!! 今、私は間違いなく同じ空気を吸っているのね!!

 キャ────────!!!)


 他人が聞いたら『キャー』はこちらの台詞であると斬って捨てたいくらいに浮かれているライラだが、彼女自身その自覚はあった。なので極力それを表に出さない様に努めている。

 だがその結果……ルーファスには彼女の具合が悪いように見えてしまっていた。

「ライラ……こちら側にくるか?」
「ッ!?」

 ライラの座る位置は進行方向の逆……それをおもんぱかり、席を代わるようなつもりで言ったに過ぎないルーファスの言葉は、彼女に衝撃を与えた。

『隣にくるか?』の意で捉えたのだ。

 そのあまりの破壊力にライラは素を出してしまった。

「──ッ!」

 そしてそれは、はからずしもルーファスにも強い衝撃を与えることとなった。

 それは、今まで他人で見たことがあっても、自分には向けられたことの無い表情──熱を帯びた瞳が、キラキラと光る。

(な、なんでそんな表情を……?)

「で……では、失礼致します」

 そう言って隣に来たライラに対し、本当は自分が逆側に座るつもりだったルーファスは、身体が固まったかのように動けないでいる。

 彼女の身体から上品に立ち上る、香水の匂い。

 ルーファスの胸は高鳴り、早鐘を打った。

 公爵家嫡男だったルーファスだ、それなりに教育は受けてきた。特に自分の威圧感を理解している彼は、対峙している相手の表情の変化には敏感である。

 ──つまり、彼は特に鈍感というワケでもない。

 今までは距離を取られていた(及び、ライラの行動が酷すぎた)から、わからなかっただけのことで。

 しかし──

(いや、だがおかしいぞ?! もしも『そう』なら侯爵家から縁談の話が来て然るべきだろ!)

 あまりのことに動揺した彼は、冷静になるべく考えた。──出てくるのは

 確かに、明らかにおかしい。

 と……どうして思うだろう。今まで恐れられてばかりで女性に免疫のないルーファスはいぶかしんだ。

(ヘンリソン侯爵家の財政状況が悪化したという話は耳に入っていないが……)

 悪化などしていないので、当然である。
 少し悩んで、すぐに別の可能性を思いつく。

(はっ……もしや……!?)

 潤んだ瞳。
 上気し紅潮した肌。
 微かな震え。

 ──考えたら全て当てはまる。

『恋する乙女と熱のある人は似ている』という事実。

(彼女は本当に具合が悪いのだ。 ふっ……成程そういうことか……)

 一応は5年間の付き合いだ。

 いきなり『恋してます♡』感を出されても信じられないが、『具合が悪い』なら納得がいく。ライラにとっては久しぶりの王都、しかも『北の辺境伯』のパートナーとしてだ……その緊張は計り知れないだろう。

 ならば、大人の余裕を見せつつ彼女を気遣うべきである。





 ルーファスは浅く腰をかけて固まっているライラの肩に、そっと手を乗せ自分の方へ引いた。こうなると逆側に移動しなかったのは正しかった。

「無理をしなくていい……王都まではかかる。 休める時に休んでおきなさい」
「♡☆¥&★○△!!?」

 本来みだりに淑女に触れてはいけないが、この場合は仕方ない……そういうことにしておいた。
 事実、ライラはくったりとしてしまった。

 ──歓喜と興奮のあまり、意識を失ったのだ。


 ライラがくったりしたことで、自分の判断が正しいとみたルーファスだが、違和感はないでもない。
 揺れる馬車の中、ひとり思考に耽る。

(大体交流を深めるにしても、なんで二人きりなんだ……? なんかパーシヴァルもついてきたし)

 パーシヴァルがついてきたのは正直なところ心強かったのだが……よく考えたら、おかしい。少し前までは『年に数回の社交くらいこなしてくれないと困る』と突っぱねていたのだから。

 突如ついてきたパーシヴァル。
 ライラと二人きりの馬車。
 それを勧めたのもパーシヴァル。
 皆の圧まで強い。

(……まさかパーシヴァルは、押し付ける気なのでは……!)

 ライラは自分を苦手としている(と、ルーファスは思っている)。
 具合が悪くなったのも、パーシヴァルの圧に耐えられず自分のパートナーにさせられたからではないのか。

(もしそうだとするならば……いくらパーシヴァルでもこれは捨て置けない)

 5年も部下として酷使しておいて、なんと酷い仕打ちだろうか。

 侯爵家のご令嬢ならば、辺境伯の妻にピッタリだと思ったに違いない。

 なんなら5年の間に彼女に男の影がなかったのも、パーシヴァルの仕業なのではないだろうか。


 パーシヴァルは有能である。
 有能であるが故に、時に手段を選ばない。

 そんな家令の有能さが、ルーファスの思い込みを激しくさせた。そしてそれは、ライラへの多大な同情となり……彼女が望まぬ方向へと彼の意識を持って行ってしまう。

 肩にもたれるライラを気遣いながら、そっと彼女に視線を向けた。

(美しい娘だ……なのに、なんて気の毒な)

 ──是非彼女には相応しい相手を見付けてあげたい。
 自分との仲が疑われないように早く、なるべくならこの舞踏会で。





 ここにきてパーシヴァルが気を利かせたことは、完全に裏目に出ていた。


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