北の辺境伯と侍女

砂臥 環

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 長く続く平和の中、政略的要素の強い結婚は好まれなくなったが、女性の社会進出が進んだ訳ではない。特権階級の中で多少の融通が利くようになったに過ぎず、基本的には縁談から始まって婚姻関係に及ぶのが常だ。

 いい縁談はやはり若い女性に行きがちだが、ライラはもう22歳……デビュタントが16であり、そのあたりで結婚する娘が多いことを考えると、決して若いとは言えない年齢である。

 いい加減、強制的に縁談を押しつけられてもおかしくはない。
 押し付ける、とは言ってもまずは『ブラッドロー辺境伯との縁談』からではあるのだが。

 「……これも、もしかして侯爵家ウチからの?」
 「いや、単に人がいなかっただけだけど」
 「そうですか……そうですよね……」

 安堵しつつも、ライラは自分の不甲斐なさに肩を落とした。
 が、パーシヴァルの言葉にすぐ復活する。

 「旦那様も心配していて、『最大限ライラのいいように』とのことなんで」
 「ふぇ!?」
 「どうする? 先ずはドレスとかアクセサリーでも作る?」
 「………………!!」

 再びライラは歓喜にうち震える。
 落ち着こうとして取ったティーカップの中味は殆どソーサーへと零れた。

 「そそそそそうですねっ…………」

 うち震えながらも、今度は侍女魂を発揮させ、テキパキと指示を出す。



 辺境の地とはいえ、栄えていない訳ではない。国防の要故に人は多く、職人も多い。
 また、長く厳しい冬を越えるここの人間の美意識は高く、王都とは価値観が少し異なる。

 華美でも流行に乗ってもいない、シンプルで美しく、長持ちするものを好む傾向が強い。

 この地ならではのドレスと、この地でしか採れない果物を使った香水、シンプルなドレスに合わせた大ぶりのアクセサリーは雪をイメージしたデザインを。それぞれ厳選した職人から選ぶ。

 普段からこういう仕事はライラの担当だ。
 名工は熟知している。

 領地アピールを考え、民への還元を必然的に行っているライラに感心しながらも、パーシヴァルは『やっぱり残念だ』と思わずにはいられなかった。


 ──今アピールすべきは、そういうことじゃないのでは。


 「もう少しこう、旦那様の色を取り入れるとかさぁ……なんかないの?」
 「!!!」

 もっともな意見だが、暫し考えた末、己が似合うことを優先させることにした。

 美貌のルーファス(※ライラ的に)の横に立つのだ。
 恥をかかせるワケにはいかない。

(──はっ! 侍女になってからは、お肌のお手入れに時間をかけてない気がするわ! 昔より!!)

 慌てたライラは、パーシヴァルに懇願する。

 「パーシヴァル様!! 王都出立まで暫くの間、お暇をください!  心と身体の準備が……」
 「ああ……そうだね。 王都までは時間がかかるし」
 「!!?」

 パーシヴァルとしては『色々準備がある』程度に受け取って、何気なく返しただけだったが……ライラは違う意味に受け取った。


(王都まで……二人旅!!!(※違います))


 「──ふぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 淑女にあるまじき声を発したライラは、両手を顔で覆いながら、ソファに倒れ込んだ。






(大丈夫かなぁ……)

 家令であるパーシヴァルは、当主不在の間に家を守るつもりでいたが……他に代われる人がいないでもない。執事長のセオドアに相談して、ついていくか否かを判断することにした。

 あまり過保護に世話を焼いてはいけないな、そう思っていたのだが……『そもそも早めに世話を焼いていれば、こんなことになってないんじゃ?』と、今になって反省した為である。


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