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しおりを挟むルーファスは社交が嫌で嫌で『公爵家よりマシだから』という、割としょうもない理由で、子がない遠縁の辺境伯家に養子に入った。
公爵家を継ぐとなると社交の場に出る機会が多いが、辺境伯家ならあまりないからである。
ルーファスは女性が苦手だ。
男性も得意ではない。
有り体に言うと、人間が苦手だ。
──しかし、それは相手が彼を苦手とするからである。
彼が社交が嫌という我儘で北の辺境に移り、それが許された理由はそこに起因する。
ルーファスはとんでもなく悪人面をしている。
彼は不細工な訳ではない。
むしろ顔立ちは人より整っている。
ただただ悪人面なのだ。
そして、その整い方が悪人面に拍車をかけていた。
美しく艶やかな黒髪は、伸ばすと陰気さを醸し……短くすれば、キリリと上向きの形の良い眉毛が、精悍過ぎて暴力的な印象に。
透き通るようなブルーグレーの切れ長の瞳は、人々に狼を連想させた。
焼けにくい白い肌は、不眠がちな彼の隈を際立たせ、血色のいい薄い唇は、まるでなにかを喰らったかのよう。チャームポイントになりそうな八重歯もその『なんか喰った感』を増大させている。
しかも長身痩躯、所謂細マッチョで、広い肩幅に細い腰という恵まれた体躯も、彼にこの上ない威圧感を与えていた。なにしろルーファスは、190近くある大男なので。
実の両親である公爵夫妻も『仕方ないか……』と彼の我儘を認めてしまうくらいには、この容貌で苦労している。
実のところ彼は曽祖父にソックリなのだ。
ただし、曽祖父には美しい幼馴染がおり、大恋愛の末早々に結婚していた。妻である幼馴染が横にいることで、上手く立ち回れたのである。
ルーファスには残念ながら、そういった中和剤のようなお相手はいなかった。
曽祖父母、ふたりのいいところを取ったような祖父も、そして父も、美しい伴侶を得て子を成している。
ちなみにルーファス以外の子は皆、似てはいるけれど普通の美形。遺伝の妙……人体の神秘である。
「──私が……旦那様のお相手にっ……?!」
ライラはパーシヴァルの発した言葉に、声と身体を震わせた。彼女の反応は、婦女子によく見られる反応だった。それこそルーファスが『公爵家嫡男』という肩書きで、身長も今ほど高くなかった頃から。
だがパーシヴァルは、ルーファスにしたような生温かい視線をライラにも向け、やはり呆れた声で言う。
「ライラちゃんは、本当に残念だよねぇ……」
ルーファスと対峙したときなど、婦女子によく見られる反応……それは『恐怖』からである。端からは同じ様に見えても、ライラのは質が違っていた。
彼女は『歓喜』に震えていたのだから。
運命の出逢い(※ライラ談)を果たしたのは6年前──社交界デビューの日。
デビュタントの白いドレスを身に纏ったライラは、玉座に続く階段の踊り場で国王陛下が紹介した男に目を奪われた。
新しい北の辺境伯。
ルーファス・ブラッドロー。
不器用にはにかんだつもりの彼の笑顔が、上気していたその場の空気を一瞬にして凍りつかせる中……ただひとりライラだけは、頬を薔薇色に染めていた。
そう、彼女は悪人面が好みなのだ。
ルーファスの顔は、直球ど真ん中のどストライク。
ルーファスは地獄の底から響くような美しいバリトンボイスで、形式的にデビュタントへの祝いの口上を述べ、辺境伯として挨拶をした後、この言葉で締めた。
『如何せん若輩の俄当主……国や民の為に尽力する所存でおりますが、それ故皆様とお会いすることは少ないでしょう(意訳:領地から出る気はないんでそこんとこヨロ)』
貴族らしい言い回しでの『社交しないぜ宣言』に、周囲が安堵の息と共に惜しみない拍手をおくる。
だがライラの胸は切なさに軋んでいた。
なにしろ一目惚れの直後に、会う機会がなくなってしまったのだ。
(ああ、辺境伯閣下だなんて……! もう、お会いするのは難しいに違いないわ……)
彼は辺境伯──遠くの空の下のお方。
しかし、ライラは諦めなかった。
一年かけて両親を説得し、辺境伯家の侍女となって今に至る。その際にいい縁談をいくつかぶち壊したこともあり、バツが悪くて家を出てから一度も帰ってはいない。
また、侯爵家の協力をライラは拒んでもいた。
元々公爵家嫡男であり辺境伯のルーファスと縁を結ぶことは、実家の侯爵家にとってもいい話なのだが……ライラはできれば親の力は借りたくなかった。
侯爵令嬢のライラと辺境伯であるルーファス。家柄的には問題がないので、縁談の申し込みをすればおそらくは決まるだろう。(※ルーファスは女性に人気がないので、なんなら多少身分差があっても決まると思われ)
だがなにしろ、そこそこ平和な今。勿論、階級社会の範囲内ではあるが、政略結婚よりも恋愛結婚を尊び推奨する空気がある。
愛し愛されたい、と思うのは自然なことだ。経済的に余裕があれば、縁談をするにせよ、自力で想いを伝えてからにしたい……乙女のライラがそう思ってしまうのは致し方ない。
金も権力もある両親としては、娘の幸せが大事。これまで大人しく従順だった娘が『侍女として辺境伯家で働く』とまで言うのには反対したけれど、ライラが折れないのだ。
「私は自力で閣下と仲良くなり、告白をしたいのです……!」
「う、う~ん……でも相手は辺境だし、侍女とかは流石に……」
「お願い! お父様!!」
そこまで我を通すというのならば、それは聞いてあげたいところ。『困ったことがあれば手助けはするから、とにかく細かく報告すること』を条件に、ついに折れた。
──両親にしてみれば、まさか5年もの間、ルーファスが社交界に一度も顔を出さないとは思ってもみなかったのだ。
大きな社交の場でなら娘には休暇を願い出させ、侯爵令嬢として連れていき、その流れで『いつも娘がお世話になってます~』みたいな感じで話し掛けることもできようものだが、それがない。
そしてライラ自身も、まさか5年もの間にどんどん彼への想いが募り、毎日会っているにも関わらず、コミュニケーションをとるのが非常に困難になろうとは──
そう、ライラは完全に対ルーファスだとポンコツとなるのだった。
侍女としての仕事は上手くやれているが、いざ旦那様の目の前に来ると、緊張してしまって表情が消える。実は激しい動悸、息切れ、身体の震えが発生しそうなのを極力堪えているだけなのだが、いつも上手く微笑むことが出来ずにおり、全く好意は伝わらず。
ルーファスが好みのド真ん中すぎたのだ。
間近で見るとその破壊力がヤバい。
自分の入れたお茶を『美味い』と言うその声──声も好みであることに改めて気付き、耳朶が震えた。興奮から足が縺れたライラは、その直後、茶を盛大にぶちまけている。
パーシヴァルに渡す書類をルーファスから受け取った時は、どストライクが近過ぎて顔が見れず……俯いた彼女の視線が捉えたのは、旦那様の大きな手。 少し節の出た真っ直ぐな長い指──ソレに気付き、驚愕した。
手も滅茶苦茶好み。好き。
幸いそのときはなにも起こらなかったが、受け渡し時に触れた右手人差し指に、ライラの理性は崩壊していた。
(この指は一生洗わないわ!!)
そして即、包帯をグルグルに巻いた。
「まあぁぁぁ! ライラさん?! どうしたのそれは!」
「えっ」
そのせいで皆から心配されて、強制的に休暇を取らされてしまったのだ。心配し、そうしてくれた侍女長には本当のことを言い出せず……パーシヴァルに泣きながら謝って事情を話した。
まあ、パーシヴァルは大体察していた。
そもそも侯爵令嬢である彼女が、侍女として入ってくること自体おかしいので、当然事情は侯爵家の方から聞いている。
流石にこの一件にはちょっと引いたが、『ルーファスを好いてくれているのなら』と苦笑いするに留めた。なかなかなり手のなさそうなルーファスの妻になってくれる女性だ。しかも有難いことにライラは基本的には有能であり、ついでに侯爵令嬢なのだから。
それから彼は、ふたりを生温かく見守っているのだが──
「ライラ、これが最初で最後のチャンスだと思って」
──流石に5年はない。
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