異世界恋愛短編集

砂臥 環

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色々勘違いされているようですが、

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私の婚約者は第一王子殿下。
彼は見目麗しく頭が良いだけではなく、いつも穏やかでにこやか。どなたに対しても優しい方。
なので勘違いされる方も多く、秋波を送られることも多いのです。

私はというと地味な容貌で突出したところはなく、公爵家という家柄と真面目なだけが取り柄と言ってもいいでしょう。
当然婚約は政略的なものです。


***


──それは、学園の昼休みでのことでした。

「エリオット殿下を解放してください!」

広場のベンチでひとり食事を取る私は、その眼前にいきなり現れた女生徒にそう告げられました。
なかなか可愛らしいお顔立ちですが、生憎存じ上げない方です。後ろには三人の男子生徒を引き連れています。

「……はい?」

私はあまり人の顔と名前を覚えるのが得意ではありません。
あっ、ごめんなさい嘘です。
やんわり『得意ではない』などと申しましたが、実際はとても苦手です。

まだ社交界はなんとかなるものの、こうして皆様が一様に地味な化粧で制服に身を包まれると、どうにもこうにも。

まあそのあたりは『公爵令嬢』というお家の威光と予め調べておいた知識で大体なんとかなっているのですが、こう不躾に名も名乗らず見知らぬ方に絡まれると本当にどうにもなりませんので、大変困るのです。

その見知らぬ女生徒と取り巻きと思しき男子生徒達は、口々に『私(あなた)は殿下の婚約者として相応しくない』などと文言を変えて訴えてきているご様子。
……多分。
正直なところあるあるなので、内容はあまりちゃんと聞いておりません。それより『誰この人達?』の答えを探すのに必死だったりします。

「なんとか言ったらどうだ!!」
「なんとかと申されましても……あなた方はどちら様ですか?」

にっちもさっちもいかないので仕方なく尋ねたところ、 どうやら煽っていると思われてしまったようです。
ですが、考えてもこの方々のことは存じ上げないような……高位貴族ではなさそうですけれど。

「……ひい!?」
「ん? ……ああっ!」
「うっ!」
「ふぐっ!?」

そこに現れしフリードリヒ卿が、取り巻き男子達を木刀で成敗されました。

「きゃぁぁぁああぁぁぁ!?!?」

フリードリヒ卿は、左に真剣、右には木刀を携えています。学内の輩には利き手でない左手で木刀を振るうのが特徴です。

見知らぬ女生徒は叫んでいますが、ひとりの女子に対して集団で迫っているようにしか見えない状況でした。むしろ私が叫んでいたら、彼等はこの程度では済んでおりませんが?

「──酷いわ! 公爵令嬢はこうやって邪魔者を力づくで排除しているのね!?」
「なにを仰っているのかわかりませんわ……流石にあなた方が高位貴族でないのはわかりましたが……にしても目に余りますわね」

貴族ではないのだとしたら、平民特待生でしょうか。
平民特待生だとしたら優秀な筈です。
入学してすぐならまだしも、こんなおかしなことをまだ仰る方が平民特待生な筈ありません。
ですが、貴族にしてはマナーが酷すぎます。

「学園の入学試験に粗があるのかしら……それとも授業の方? どう思われます? 殿下」

「殿下?!」

女生徒は驚いて私が話しかけた方向を振り返りました。
あらまあ、一瞬にして被害者ぶったお顔に……
殿下がいらっしゃると何故お気付きにならないのかしら?と不思議に思いましたが、それよりも彼女の表情の変化に見とれてしまいました。

これは演技なのかしら?
それとも素なのかしら?

演技ならば才能の使い方を間違ってらっしゃることをお伝えした方が親切かしら?

「また変なことを考えているね? ローザンヌ」

殿下はそう苦笑されますが、変なことではありません、とても大事なことです。
ですがそれは一先ず置いておきましょう。

「殿下はこの方をご存知で?」
「グリット男爵家の庶子、ミリアーヌ嬢だね。 最近入学してきた」
「男爵家の庶子……なるほどです」

殿下が『男爵家の庶子』と紹介したのは華麗にスルーし、私が復唱したことに対してミリアーヌ嬢は悲壮感たっぷりにこう訴えます。

「殿下!! 公爵令嬢は私が男爵家の庶子だからと言って馬鹿にするのです……!」

いえ、殿下も仰っていたことですが?
あまりに都合のいいお耳をお持ちなことに、驚きを禁じ得ません。
彼女には驚かされっぱなしです。

騒ぎが大きくなったことで、いつの間にやら、人が集まっておりました。
ここぞとばかりに彼女は口を開きます。
待っていたのは更に驚きの発言でした。

「あなたは次代の国母には向いていないわ!!」

「……なにを仰っているのかわかりませんわ」

困惑気味に殿下を見ると、意地悪く笑っております。なにも仰らず、ただ意地悪く笑っているのです。

(ああ……これは殿下も一枚噛んでらっしゃるのね)

とんだ茶番を仕組んでくださったものです。






ミリアーヌ嬢が衆人環視の中でそう声をあげたことで、周囲にざわめきが走ります。
そこに復活した取り巻き男子生徒達も乗っかり、私に罵倒を浴びせます。罵倒内容もさることながら、その語彙のなさに辟易しつつ、殿下に尋ねました。

「殿下……これはどういった趣向ですの?」
「ふふ、ローザンヌ。 わかっているだろう?」

「「「「エリオット殿下!!」」」」

男爵令嬢(庶子)と愉快な仲間たちは殿下にキラキラした瞳を向けました。
人たらしはこれだからいけませんね。
まったくもって、羨ましい限り……そう思いながら、反面で『いや、あまり羨ましくもないかも』と思ったのは秘密です。

「……わかりました」

心の内でひっそりと嘆息しつつ殿下にそう言うと、私はなるべく毅然とした態度で男爵令嬢(庶子)と愉快な仲間たちに向き合い、睥睨致しました。

「皆様色々勘違いなさっておいでのようですが、まず……
私が王妃になることはありません」

「「「「はァ!?」」」」

「だ、だってアンタは殿下の婚約者じゃないの?!」
「ええ、そうですが?」

私が確認するまでもなく、周囲はざわざわしだしました。

これは大分、由々しき事態です。
男爵家の低位貴族でしかも庶子でも入学できてしまう』という抜け穴が故──つまり個人の認識不足だと思いたかったのですが。
周囲の反応は、それだけではないと示しております。

特にざわめいているのは女性が多い様子……いくら男尊女卑と言える社会とはいえ、だからこそ学園があるというのに。

とはいえ王立学園の歴史は長くとも、淑女科が出来たのは20年程前ですしね。
当初は『女に知識など要らん』などと仰る老害共のせいで女子生徒が増えなかったそう。こうして女性が学園に通うようになっても、家では『女には知識を与えない』という悪習が健在であるようですね。
それを思うと学年が上の生徒はともかくとしても、一年生女子の無知は大目に見ていいでしょう。

問題は『知識をあたえている筈なのにわかっていない男子生徒』です。
彼らへの教育は、物理的な方法にまで落とすよりないですわね。

──さて。

考えがまとまったところで続けましょう。

「私は公爵家の嫡子です。 広義では王族ですし、この国の法では殿下は王族籍を抜かずに婿入りしていただけます。 ですので、王妃になることはない、と申しているのです」

「「「「……は?!」」」」

いまひとつ説明がわかりづらかったのか、反応が返ってくるまでに微妙な間がありました。

「王妃になることはない?」
「ええ」

男子生徒のひとりが一部だけ抽出し、確認をしてきました。
あ、やはりこれは理解しておりませんね?

「で……出鱈目よ!! だってエリオット様は第一王子殿下でしょ?! 王太子じゃない!」

男爵家庶子の方がそう息巻くと、殿下がアルカイックスマイルのまま一歩踏み出されました。

「僕は王太子ではないよ」

「「「「ええぇぇぇぇッ?!」」」」

何故皆様当たり前のことにこうも驚けるのでしょうか。
どうやらそこかららしいです。
私は今度こそ本当に嘆息し、話を続けました。

「そもそも殿下は第一王子であって、第二子でらっしゃいます」

この国では第一子(男児)に継承権がありますが、それは理解されていたご様子です。
ですがこの国で『第一王子』と呼ばれるのは、『王太子』様の次の陛下のお子──つまり第二子(男児)です。

「やんごとなき御身の王太子様は、学園などという俗世には関わり合いませんの」

王太子様に必要な教育は帝王学であり、課せられている責務が全く異なります。
帝王学を一言で言うならば『統治』のための学問であり、私も詳しくは存じ上げませんが『してはいけない』という縛りが多いもののようです。

民を使い、統治することこそ王の責務。
人心を見抜き、甘言に惑わされたりしないことこそが重要なのでしょう。
実務的な学びや交流などは、他の者に任せておけばいいのです。

つまり、学園に通う意味がそもそもございません。わざわざ下賎な者と関わり、御身を危険に晒す必要もありません。

また、王太子妃様は既に候補ではありません。王太子様の御身に相応しいやんごとなきご令嬢方が三名、後宮に招かれております。
いずれもこの国に重要な各地方の代表として選出された名家の淑女ばかり。いずれ王妃様となられるのは、その中のどなたかです。

「では何故私達が学園に通っているのか──それは『貴族教育』のためです。 王国を支え、王家にお仕えする……そのための学びの場が学園ですので」

こうして続いている長い安寧を保つのに重要なこと。それは統治者たる国王陛下の手足、或いは頭脳となりながらも、分を弁えること。
そうしなければ国は割れ、平和を保つのが難しくなります。その場合、現陛下からいずれ王太子様が陛下となられた時に、進めていた政策もままならなくなることでしょう。

だからこそ余計な諍いを避けるため、古くからの慣習を守り、王太子様は特別な事情がない限り第一子なのです。

エリオット殿下はそれをよく理解しておいでですので、いずれくる王太子様の治世をお支えすべく、こうして学園で皆様との交流をしっかりなさっているのです。

──ですが、その教育の場がこれでは駄目なようですわね。






「私の不徳の致すところ……申し訳ございません」

私は殿下に深く謝罪致しました。

我が公爵家が担うお役目のひとつが、学園の運営です。まだ婿入りされていない殿下ですから、自ら率先して動かれるのを避けてくださったのでしょう。

「ふふ、今日は随分殊勝だね? ローザンヌ」

何故か殿下はご機嫌です。
……やっぱりちょっと意地悪だとは思いますね。

「……殿下! 騙されないでください!! その女は私の友人に暴力を振るい排除しようとしたんですよ!」
「暴力を?」
「ええ!」
「それは、彼のこと?」
「ぐっ!?──」

フリードリヒ卿は殿下が彼を指すや否や、今度は利き手で抜かれました。
男爵家庶子の方は一瞬で絶命された模様。

どうやら殿下はもう交流は充分とし、不敬罪で斬って捨てたようです。この学園の主旨を考えれば当然ですが、身分の垣根を越えて交流ができるようにはされているものの、あまりに目に余る場合は不敬罪が適用されます。
とはいえ簡単に行使していいものでもありませんから、大体は注意勧告する程度に留めます。

これは実質的な公開処刑ですね。

なんてお優しいのでしょう。
これで学園改革がやりやすくなりました。

周囲から小さく悲鳴が聞こえましたが、思いの外騒ぎ立てる様子はありません。
この国の貴族としての意識が向上した結果であれば、よいのですけれど。

取り巻きの男子生徒達は血色を失いその場で腰を抜かしておりますが、そもそもフリードリヒ卿が帯剣を許されている時点で、お気付きにならないのでしょうか。

そう、フリードリヒ卿は殿下の側近です。

基本的には真剣を抜くことはありませんから、予めこうなった時の指示がなされていたのでしょうね。

卿にも殿下にもお手数をお掛けしてしまい、申し訳ない限りです。

「本当に申し訳ございません。 私としては、彼女も学園の生徒ですので、違う未来を提示して差し上げたかったのですが……そういう甘さがこうして殿下のお手を煩わせてしまいました」
「僕にも反省すべき点は多い……ごめんね、ローザンヌ」

勘違いなさっている方が多いようですが、私達の仲はすこぶるよいのです。

政略で繋がれたご縁ではありますが、それだけに認識の齟齬が少ないのです。

ですが、華やかで人当たりの良い殿下を裏でお支えするのが私のお役目なのに、なかなか思うようにはいきません。

「こうしていつもフォローしてくださる殿下の優しさに甘えてばかりで、情けない限りです」

私が項垂れると、殿下は優しく微笑みました。

「君はよくやってくれているよ。 少しの失敗など可愛いものだ。 カッコつける機会ができて嬉しいくらいさ」
「まあ……」

歯の浮くような科白をサラッと言えてしまい、それがまた似合うのが恐ろしいです。幼い頃からのお付き合いと、政略からの婚約という自覚がなければコロッと殺られていたかもしれませんね。

──あの男爵家庶子の方のように。

(おお怖ッ……)

彼女の亡骸のあった方に目を向けると、そこは学園内の兵によって既に片付けられておりました。
赤い煉瓦敷の広場の地面に広がった、煉瓦よりも更に赤い血液だけがまだ残っています。
それも掃除されてしまえば、すぐに目立たなくなるでしょう。

……もしかして、こういうことがあった時のための煉瓦敷なのかしら?

「また変なことを考えているね? ローザンヌ」
「あら、殿下。 そんなことございませんわ?」
「そう? ところで……我が婚約者殿はいつになったら名前を呼んでくれるんだい?」
「うふふふふ」

笑って誤魔化しました。

最近の殿下はよく、私をこうして試してこられます。
もしかしたら、異国のロマンス小説のように婚約破棄をお考えなのかしら?と思ってしまう程、頻繁に。

私が殿下のお邪魔になるような言動をするわけないでしょうに、忠誠心をお疑いなのかしら?

「……また変なことを考えているね? ローザンヌ」
「うふふ。 では殿下、ご機嫌よう。 私、事後処理がありますので」
「あっ……」

私はカーテシーをとると、事後処理を理由に、さっさとその場を後にしました。


***


私の婚約者は第一王子殿下。
彼は見目麗しく頭が良いだけではなく、いつも穏やかでにこやか。どなたに対しても優しい方。
なにかと勘違いされている方が多いせいで、私は諸々を勘違いしないように気を付けていたのですが……

私が去った後、殿下はフリードリヒ卿に、私への想いが伝わっていないことを愚痴っていらしたそうです。
どうやらしてもいい勘違いというか……勘違いではなかったらしいです。



それを私が知るのは、学園を無事卒業し、結婚してからのことでした。

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