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私は殿下の一番の理解者です。
しおりを挟む「マリネラ・ライト公爵令嬢!! 貴女との婚約を破棄させて貰う!!」
卒業パーティーでこの国の第二王子であり婚約者でもあるトムス殿下は、皆に聞こえるかたちで高らかにこう宣言しました。
トムス殿下の隣には可憐なピンク髪の乙女ベネット・コリー男爵令嬢が、プルプルと仔犬のように震えながら、殿下に驚愕の瞳を向けてらっしゃいます。
「でっ……殿下! 婚約破棄だなんて!!」
トムス殿下はそう叫ぶベネット嬢の腰を引き寄せ、熱い視線を向けました。
「ベネット……君を愛しているんだ」
「殿下……ですが」
ベネット嬢は困惑に瞳を揺らしながらも、頬を染めます。殿下は穏やかに微笑むと、私に向き直り申し訳なさそうに顔を歪めました。
「マリネラ……貴女に悪いところは何一つない。 しかしこの気持ちは止められないのだ。 賢い貴女ならば、私の気持ちを理解しているものと思う」
私と殿下との婚約は、我が公爵家と王家との結び付きを深めるもの。
それ以上でも以下でもございません。
殿下と私は幼い頃に婚約が結ばれて以来、兄妹とは言えないまでも、仲の良い従兄妹(実際は又従兄妹に当たります)よりは仲良く過ごしておりました。
関係は良好であり、僭越ながらも私は『殿下の気持ちの一番の理解者である』という自信がございます。
私と殿下は瞳で語り合い、殿下のお気持ちは揺るぎなく強いものだと感じ、おもわず身をふるりと震わせました。
「──殿下の仰せのままに。 ですが幾つか条件がございます」
条件は必須です。
私は殿下の一番の理解者ですが、殿下は私の一番の理解者ではないのですから。
それを聞いて、なにを思ったか青ざめたベネット嬢は、殿下の腕を払って私に跪きました。
「マリネラ様……ああ、婚約破棄だなんて! 私はそのようなことを望んではおりません……っ!! マリネラ様はご存知でしょう? 私が望むのは殿下の……おふたりの幸せですわ!!」
震える声でベネット嬢は懇願するようにそう仰いました。ですが私はそれを見ないように歩を進め、殿下の御前まで。
だって見てしまうと……
私もそれを見てプルプルとしてしまいそうですもの。
────あまりの尊さに。
美しさは罪ッ!!
ですが……可愛さは正義ですッッ!!
私は密かに、全力で応援しておりました。
ベネット嬢は、実は男性ですの。
やむにやまれぬ、複雑な事情から女子として生きてきました。勿論殿下にバレたら不敬罪で処罰されてしまう案件ですが、なんと殿下はそれを知りながら不覚にもときめいてしまわれたのです。
私はなにもかも知っているのです!
バッチリ影から見守っておりましたから!!
特に「いけません殿下! 私は所詮男……今は良くても、時が経てばそのうち髭も生えてきます!!」というベネット嬢のリアルな言葉に「髭でも胸毛でも生やせばいい!! 仮に君が私より逞しくなっても、私の想いは変わらない!!」というトムス殿下の熱烈な告白シーンには
ふおぉおぉぉぉぉぉ!!!!
尊───────!!!
と、雄叫びを堪えるのがやっとでしたわ!!
これを『真実の愛』と言わずしてなんと言うでしょう……(悦)
──おっと、悦に浸っている場合ではありませんわね。
私は崩れてしまいそうな顔面を引き締めます。自分の役割を全うせねばなりません。
「畏れながら申し上げます。 ベネット嬢と殿下では家格が違いすぎますし、私と殿下の婚約は王家と公爵家との繋がりの為の婚約でございます」
「ああ……私は市井に降るつもりだ。 マリネラ、いやマリネラ様には王家から然るべき相応しい縁談と、公爵家にはやはり相応の──」
やはり予め根回しをしておいでのご様子。
殿下がこのような暴挙に出たのは、ベネット嬢と結ばれる為だけではありません。
私に疵瑕がないことを明らかにする為でもありました。
「いけません」
ですが、その方法はなりません。
「『市井に降る』と簡単に申しましても、実際そう簡単なことではございませんわ」
無論、殿下はわかった上で尚ベネット嬢といることを選んだのは明白です。
まあ、市井に降るのに子種が無くなるよう処理されてもベネット嬢となら問題はありませんが……同性間の恋愛に理解のないこの国で、ベネット嬢が市井で男性とバレてしまっては大変です。
それに、まだベネット嬢が男だということはほんのひと握りの人間しか知らないことですが、『市井に降った王子』というだけで人々の関心を集める中、その婚約者ベネット嬢の本当の性別が、今よりも緩い警備で隠し通せるとは思えません。
「ベネット嬢は我が公爵家が引き取ります。 私との婚約は破棄、婚約者を彼女にすげ替えましょう。 それが条件のひとつです」
なにより……そう!
私はふたりの今後を生暖かく見守りたいのです!!
市井に降ったら見守れないではありませんか!
私は殿下の一番の理解者ですが、殿下は私の一番の理解者ではないのです。
ふたりも周囲も驚きに目を丸くする中、私はニッコリ笑って跪いたままのベネット嬢に手を差し伸べました。
立たせた彼女をトムス殿下に任せると、皆様に向かって言葉を発します。
「皆様、卒業という晴れの舞台に私事でお騒がせ致しまして、大変申し訳ございませんでした。 どうかこの晴れの日に新たな門出に立とうとするふたりの決意を、暖かな気持ちで見守って頂ければと存じます」
私が頭を下げると、皆様から拍手が起こりました。
皆様寛大でいらっしゃいますね!
これでこの婚約破棄劇は慶事と相成りました。
本来生徒会長でもあるトムス殿下がパーティーの指揮を取るのですが、このまま開始に持っていきました。
まあ、私は副会長なので問題ございません。
まだ呆然としている殿下とベネット嬢を無理矢理1曲踊らせた後で回収致します。卒業パーティーが恙無く行われる中、パーティーは他役員にお任せして私達は下がりました。
「どういうつもりだ、マリネラ……」
「あら。 もう婚約者ではないのですよ?」
うふふ、と笑いながら私は殿下に計画を持ちかけます。
先々まで見据えた計画です。
ベネット嬢がこの先男性的になっていく可能性を考慮すれば、当然そこまで考えるべきでしょう。
まず殿下の王位継承権は剥奪して貰います。
王太子様がいらっしゃるとはいえ、今のお立場ではなにかと危険ですからね。
王子妃としてベネット嬢が嫁ぐのではなく、公爵家にお迎えするかたちがよいでしょう。
勿論公爵家を継がせることはできませんが、働きによって領の一部をお譲り致します。
そして結婚後、なるべく早くベネット嬢には儚くなっていただきましょう。
勿論表向きにです。
殿下にはそれにショックを受け、心身耗弱。王都から離れた領に蟄居を余儀なくされます。その際『もう誰も愛せない』と明言されるのがよろしいかと。
ベネット嬢は公爵家から家令として付けます。
大まかに言うとこのような計画です。
ただし、まだ計画は骨組みであり、杜撰極まりない……これから相談し合って密にしていく必要がございます。
「いつから考えていたんだ……」
「私は殿下の一番の理解者ですからね。 父にも既に話を通してありますのよ」
答えでもない答えを返し、私はベネット嬢に視線を投げました。
「ベネット嬢、一番の懸念は貴女です。 貴女にはこれから高位貴族としての立ち居振る舞いや嗜みだけでなく、家令として役立つように教育を施さなければなりません。 その覚悟はおあり?」
私は殿下の一番の理解者ですが、舞台裏の人間でしかありません。
役者がポンコツでは話にならないのです。
ベネット嬢は感極まったように喉を詰まらせながらも、ハッキリと宣言しました。
「……っ勿論です! ここまでして頂いて、感謝の言葉もございません!!」
ああああああああぁぁぁ!!!!
尊────────!!!!
私は扇の内側でプルプルと震えるよりありませんでした。
後で知ったことですが、ふたりはそれを見て『私が殿下を愛しているけれど、ふたりの幸せを思って身を引いた』と勘違いなさったそうです。
それも更なる『ふたりの堅い決意』に繋がったそうなので、まあ良いのではないでしょうか。
私は殿下の一番の理解者ですが、殿下は私の一番の理解者ではないのですから。
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