無表情令嬢キャロルの極めて合理的な恋愛

砂臥 環

文字の大きさ
上 下
15 / 19

エミール視点①

しおりを挟む

 私はエミール・ローガスタ。
 王立騎士団第二部隊長及び魔術師長。23歳。 

 魔術師長というのは単なる役職名に過ぎない。
 魔力持ちであったとしても、その力を有効且つ身体に負荷がかからぬよう使いこなすには特殊な技能や知識がいる。
 そのため魔術師団は別に存在し、人数も少なく騎士団の中で魔術も使えるというのは稀。
 なので重用されたに過ぎない、と私は思っている。
 しかしその知識のおかげで騎士団のみでは難しい場所のインフラ整備の成功や、魔術師のみでは気付かない場所の結界の強化の指示などを行い、スピード出世を果たすことができた。

 だが……私の心は虚しかった。
 今更出世したところで、何の意味があるだろう。

 今までしてきた数々の努力……ソレはひとえにキャロライン様に相応しい男となる為……!!

 しかし彼女は私が声を掛け、自分の存在を認識してもらうより先に手の届かない女性ひととなってしまっていた。
 自分の運命を呪う。

 第二王子レヴィウス様の婚約者候補となり、仲睦まじいお二人の姿を見たときは『クソ王族…呪われろ!!』と大変に不敬なことを心で思いながらも、まだ諦めようと思えたものだったが、第三王子ハロルド様の婚約者となられてからは不敬な気持ちばかりが強くなる一方だ。

 思春期に恋愛にかまけるのを恐れた自分が憎い……!

 私は己の欲望を封じ、騎士として国……そして王家に尽くすべく、秘密裏に欲望及び妄想をノートに書き込んでいた。
 無論見られたら大変な不敬に当たることも書いていたので、魔力で私以外のものが手に触れないようにした上で、更に開いていても内容がわからないようにしてあった。

 その内容は単なる妄想なので実にくだらない。

 曲がり角でぶつかった女性がキャロライン様でそれをきっかけに恋に落ちるとか、ある日暴漢に絡まれている女性を助けるとそれがキャロライン様だとか、私が捨てられた子犬を発見し、懐かれてしまい見捨てられずに困っていると雨が降ってきて、そんな私に傘を差し出し微笑んだ女性がキャロライン様だとか……
 そんな我ながら乙女チックな内容もあるが、時にはハロルド王子に手篭めにされそうなキャロル様を助け出し、そのまま……みたいな、色々な意味で酷い内容もあった。

 見直すと自分でも恥ずかしさに死にたくなるので、ノートは1冊書き終わるごとに燃やしている。


 諦めようとは何度もした。
 だが何度か友人や仲間に夜の街に連れ出されたときは、男として非常に残念な結果に終わってしまったし、他の女性と付き合ってみようと試みても、キャロル様のことばかり考えてしまい、好意を向けてくれる女性に対してはその罪悪感しか湧き上がるものはなかった。

 それでも私は王家への忠誠と……何よりキャロル様の幸せを思えばこそ、諦めるつもりではいたのだった。

 ──そう、あの日までは。

 城下町で警備をしていた私はあらぬものを目撃する。
 幸運にも我が女神、キャロライン様を手に入れる権利を得たにも関わらず……あろうことかハロルド(最早『様』などいらん)は女を侍らせていたのだ。

 このクソガキ……!!
 こんな男と結婚してキャロル様が幸せになるハズなどない……!!

 私はそう思った。

『どうにか奴との婚約が駄目にならないだろうか』

 私の妄想ノートは次第にそんな内容ばかりになっていった。……暗いのは認めよう。しかしどうにもならないことばかりで気が狂いそうだった。
 自分自身の想いすらどうにもならないというのに、だ。

 彼女は婚約しており、その相手は王族であり、ハロルドは女を侍らせている。

 ……私がキャロル様の為ににできることなんて何一つなかった。

 私にできることと言ったらそれを探すための無駄な努力くらいだった。
 許される範囲内で彼女の近況を知るとか、彼女のいる夜会に自分も赴くとか……

 夜会で私は何度もキャロル様をダンスに誘おうと思ったのだが、なかなかできずにいた。
 昔は彼女の美しさに身体が固まったからだが、今は『諦めるべきだ』という気持ちと『自分を見て欲しい』という葛藤の気持ちからの方が大きい。

 きっと彼女に触れたら諦められなくなる。



「はぁ……」

 スノーグ家の食事会に呼ばれたのは正にそんな時だった。
 騎士たちに防具を卸しているスノーグ家は私の遠縁でもあり、慰労のため第二部隊を招いてくれていた。一応は食事会という名目だがちょっとした酒宴だ。

 溜息を吐く私に、スノーグ家の三女レイナが話しかけてきた。

「おやおやぁ? 色男が悩ましげに吐息なぞ吐いちゃって……恋のお悩み?」

 レイナは18になるがおよそ男爵令嬢とは思えない数々の振る舞いと……三女であることをいいことに嫁にもいかず好き勝手なことばかりしている問題児である。しかし多趣味・多才な彼女は結果として多くの益をスノーグ家にもたらしているため、家人も黙認している。
 私とは兄妹のような関係のレイナは、かねてから私の気持ちを知っており、私はハロルドと同い年で下町の幼馴染である彼女から、時に奴やキャロル様の情報を買っていた。

 無駄なあがきなのはわかっていたが、それでも私は彼女を諦めきれず……せめてキャロル様が幸せそうなら諦めもつくのだろうに、ハロルドの情報はソレを否定するような碌でもない内容ばかりだった。

「今回の情報はちとお高めだよー、旦那」

 18には見えない幼い顔をして、女子にあらざる口調でレイナはそう言った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

私を抱かないと新曲ができないって本当ですか? 〜イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い〜

入海月子
恋愛
「君といると曲のアイディアが湧くんだ」 昔から大ファンで、好きで好きでたまらない 憧れのミュージシャン藤崎東吾。 その人が作曲するには私が必要だと言う。 「それってほんと?」 藤崎さんの新しい曲、藤崎さんの新しいアルバム。 「私がいればできるの?私を抱いたらできるの?」 絶対後悔するとわかってるのに、正気の沙汰じゃないとわかっているのに、私は頷いてしまった……。 ********************************************** 仕事を頑張る希とカリスマミュージシャン藤崎の 体から始まるキュンとくるラブストーリー。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪皇女が幸せになる方法

春野オカリナ
恋愛
 ブルーネオ帝国には、『極悪皇女』と呼ばれる我儘で暴虐無人な皇女がいる。  名をグレーテル・ブルーネオ。  生まれた時は、両親とたった一人の兄に大切に愛されていたが、皇后アリージェンナが突然原因不明の病で亡くなり、混乱の中で見せた闇魔法が原因でグレーテルは呪われた存在に変わった。  それでも幼いグレーテルは父や兄の愛情を求めてやまない。しかし、残酷にも母が亡くなって3年後に乳母も急逝してしまい皇宮での味方はいなくなってしまう。  そんな中、兄の将来の側近として挙がっていたエドモンド・グラッセ小公子だけは、グレーテルに優しかった。次第にグレーテルは、エドモンドに異常な執着をする様になり、彼に近付く令嬢に嫌がらせや暴行を加える様になる。  彼女の度を超えた言動に怒りを覚えたエドモンドは、守る気のない約束をして雨の中、グレーテルを庭園に待ちぼうけさせたのだった。  発見された時には高熱を出し、生死を彷徨ったが意識を取り戻した数日後にある変化が生まれた。  皇女グレーテルは、皇女宮の一部の使用人以外の人間の記憶が無くなっていた。勿論、その中には皇帝である父や皇太子である兄…そしてエドモンドに関しても…。  彼女は雨の日に何もかも諦めて、記憶と共に全てを捨て去ったのだった。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...