12 / 19
ハロルド視点
しおりを挟む俺はこの国の第三王子、ハロルド・バーミリオン(18)だ。
今俺は地下牢に幽閉されている。
元凶は目の前にいるこの女、俺の元婚約者キャロラインだ。
つーか何故お前ここにいるんだよ?!
……そう叫んだのは3日前の出来事。
こいつが『何故ここにいるか』、その理由を俺はもう知っている。
図々しいことにこの女は元婚約者の俺に、他の男とうまくやる為のアドバイスを求めにやってきているのだ。
『なんの嫌がらせだ』と言う俺に、ヤツは相変わらずの無表情でこう言った。
「嫌がらせのつもりではありませんでしたが、殿下が嫌がっているのを見ることでこれまでの溜飲も下がり、一石二鳥ですね。 これは気付きませんでした」
……本当に嫌な奴だ。
元々俺と彼女は相性が悪い。
それは『好き』とか『嫌い』とかを超越している。
確かに兄のお下がりを与えられた、という事実に俺は腹を立てていたものの、相手がキャロルだったことは……内心嬉しかったのだ。
俺は彼女が極稀に見せる自然な笑顔に心を奪われていた。
──もっともそれはすぐに生温い幻想だったと気付かされるのだが。
王である父や優秀な兄達への反発心に加え、もともと素直じゃないところのある俺である。うまくキャロルへの好意が示せなかったことは認めよう。
だが、それでも最初の頃は仲良くなるべくそれなりに努力をしたし、彼女もそうだったように思う。
しかしそこで彼女と俺との相性の悪さが如何なく発揮された。
俺の努力は尽くスルーされるか、酷い時は俺に対する不信感を彼女に植え付ける事となり……彼女の努力は、本当は照れ屋な俺の行動を気持ちとは裏腹なものにさせた。
悪循環である。
そうしてキャロルと俺は徐々にその距離を広げていった。
「ハロルド殿下は女性がお好きでらっしゃるし、私はもう20歳です。 この際仮面夫婦になる……という選択は如何でしょうか」
『そうすればいつでも貴方は好きな女性を侍らせられます』、と事も無げに言われた俺はブチ切れそうになった。
今思えばそこでブチ切れるか、いっそとりあえず仮面でもなんでも夫婦になってしまえば関係は変わっていたのかもしれない。
しかし本当に彼女を怒らせたときに味わわされた恐怖の記憶が俺の憤りにストップをかけた。
最早俺は、この女に自分の素直な気持ちなど吐露することはできない体になっていたのだ。
……事実、夜会でキャロルに恥をかかせた後の俺は、彼女の報復を恐れみっともなく震えてしまったし、三日前脅された時もそうだった。
『仮面夫婦に』という打診後──
憤りをぶつけ本音を吐露することも、開き直ってとりあえず仮面夫婦から始めるという選択肢も選べなかった俺に『もう20歳』というキャロルの言葉が重くのしかかった。
レヴィウス兄様のところのように相思相愛でない以上、これ以上婚約期間が長いのは確かに辛いだろうとは思う。
素直になれない俺も悪い……そして経った月日の間に深まった溝を埋めることができる自信もなかった。
(いっそのこと婚約破棄をしてやった方が彼女の為かもしれない……)
その考えは日に日に強くなっていった。
しかし元々、無理矢理婚約させられたのだ。
自分の力で破棄できるとも思えず、俺は思い悩んだ。
俺は幼馴染で友人であるレイナ・スノーグ男爵令嬢に相談……というか愚痴を吐いた。
レイナは色白──というより全体的に色素が薄く、髪だけが鮮やかな黒色をしている。
小柄で華奢で、見た目的には儚げな印象の女の子だ。
しかしその儚げな見た目とは逆に性格は極めて男っぽく、俺よりも遥かにサバサバした性格だ。『お前悩んだことあんのか』ってくらい。
下町育ちだからか口調も粗雑で、見た目とのギャップが物凄い。そしてそのギャップに更に騙されるが、レイナはめちゃくちゃ頭が切れる。
彼女とはつかず離れず仲良くしており、男女ながら親友とも呼べる存在である。
そんな愚痴を吐いてから数日後、俺はレイナに呼び出された。
「暫く考えたんだけどさー、私と駆け落ちでもするかね?」
菓子を頬張りながらレイナはとんでもないことを言った。
彼女の計画はこうだ。
王と王妃が暫く不在になる間に夜会を開き、キャロルを誘って無実の罪で断罪する。
それを理由に一方的に婚約破棄。
そこで婚約破棄できればよし──ただしキャロルが黙ってそれを許すはずはないので、そしたらとりあえず駆け落ちする。
多分すぐ捕まるが、婚約はおそらく破棄になる。
俺は呆れてしばし二の句が継げなかった。
「馬鹿……そんなの」
『後々危険すぎるだろう』という俺に対し、レイナは平然と続けた。
「そう? 君に厳しい陛下がいない時なら温情溢るる判断を下してくれるんじゃん? 王太子殿下は君に超甘いし。 それに責任を問われる立場だから大っぴらにしたくないっしょ。 キャロル様だってこれ以上メンドクサイことに関わって年をとるより、ハルやんの女癖が理由で婚約破棄できれば『まぁいいか』ってなるんじゃないかい? ……まあキャロル様のこたぁあんまよく知らんけども」
『君が本当に婚約破棄を望むならだがね』と爺のような口調でレイナは締めた。
「俺がそう望んだとして……お前に何のメリットがあるんだよ? まさかお前、俺のこと」
「今更なに言ってんのさ? 勿論好きだとも! 可能性としては限りなく薄いけど、もし駆け落ちが成功しちゃったら『まぁよろしく頼むわ』ってくらいには好きだよ!」
「……」
「あ、でも君、生活力なさそうだなぁ……やっぱり早々に捕まろうね」
レイナはいい加減な感じで言ったが、常にコイツはこんな感じだ。いつも通り過ぎて気持ちが全くわからない。
しかし、そのあと彼女は不敵に笑った。
これはわかる。
成功率の高いイタズラを思い付いた時の表情だ。
「私は『王子様には逆らえなかった』とでも言っとくし、心配しなくともメリットはちゃんとあるのだよ、ハルやん。 それに王族の君にも恩を売れるじゃん? 充分充分」
「もし廃籍されたら王族じゃない」
兄が甘いことやキャロルの状況からも、それ以上の酷い処罰はないとは思う。
俺には有難いことに、平民街にも金目当てじゃない友人が多くいる。
私財は全部キャロルへの慰謝料に取られても、なんとか生きていけるだろう。
問題なのはその後の俺ではなく、コイツの方なのだ。
だがレイナは微塵の疑いもない様子で断言する。
「されないよ。 絶対」
「なにを根拠に」
「さあ? そんなのどうでもいいじゃない……で、どうすんの? やんの? やんないの?」
レイナにせっつかれて俺は思わず『やる』と言ってしまった。
『キャロルの為に婚約破棄したかった』という気持ちに嘘はないが、それがどこまでの気持ちだったかは今でも良くわからない。
なぜならば俺は流されやすいのだ。
……今回も完全に流されていた。
「また来たのか、キャロル……」
流された罰を今俺は受けている。
3日前に現れたキャロルに『好きな男ができた』と聞かされた上、そいつとうまくやる為のアドバイスをしなければならなくなってしまったのである。
一応は元婚約者だぞ、俺は!
何故俺に相談する!?
そこまでならまだいい……いや、良くはないがいいことにして。
あろうことか彼女に、正真正銘の笑顔を向けられたのだ。
俺が迂闊にも惚れてしまった、あの笑顔を。
なにもかもうまくいかない俺は、キャロルとの関係を半ば諦めつつも『あの笑顔を一度でも俺に向けることができたら結婚を申し込もう』と決めていたのだ。
彼女の眩しい笑顔に椅子から転げ落ちた俺は思わず呟いた。
「なんで今更……」
──そう、あまりに今更過ぎる。
そんな俺の気も知らず、今日もまたキャロルは俺の前にやってきた。
(好きな男との報告なんて聞きたくないし、アドバイスなんか求めてくんじゃねぇよ……もう帰れ)
そう思いつつも俺は、目前のキャロルとのやり取りに期待を持たずにはいられなかった。
──またあの笑顔が見られるかも、と。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※レイナには裏設定がありますが、本作で描かれることはありません。
2
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
大嫌いな令嬢
緑谷めい
恋愛
ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。
同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。
アンヌはうんざりしていた。
アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。
そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
公爵令嬢姉妹の対照的な日々 【完結】
あくの
恋愛
女性が高等教育を受ける機会のないこの国においてバイユ公爵令嬢ヴィクトリアは父親と交渉する。
3年間、高等学校にいる間、男装をして過ごしそれが他の生徒にバレなければ大学にも男装で行かせてくれ、と。
それを鼻で笑われ一蹴され、鬱々としていたところに状況が変わる出来事が。婚約者の第二王子がゆるふわピンクな妹、サラに乗り換えたのだ。
毎週火曜木曜の更新で偶に金曜も更新します。
奥様はエリート文官
神田柊子
恋愛
【2024/6/19:完結しました】【2024/11/21:おまけSS追加中】
王太子の筆頭補佐官を務めていたアニエスは、待望の第一子を妊娠中の王太子妃の不安解消のために退官させられ、辺境伯との婚姻の王命を受ける。
辺境伯領では自由に領地経営ができるのではと考えたアニエスは、辺境伯に嫁ぐことにした。
初対面で迎えた結婚式、そして初夜。先に寝ている辺境伯フィリップを見て、アニエスは「これは『君を愛することはない』なのかしら?」と人気の恋愛小説を思い出す。
さらに、辺境伯領には問題も多く・・・。
見た目は可憐なバリキャリ奥様と、片思いをこじらせてきた騎士の旦那様。王命で結婚した夫婦の話。
-----
西洋風異世界。転移・転生なし。
三人称。視点は予告なく変わります。
-----
※R15は念のためです。
※小説家になろう様にも掲載中。
【2024/6/10:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる