無表情令嬢キャロルの極めて合理的な恋愛

砂臥 環

文字の大きさ
上 下
2 / 19

キャロル視点①『どいつもこいつも遅すぎる』

しおりを挟む

 私はキャロライン・ブーゼンベルグ。第三王子の婚約者で20歳。

 そう…20歳。

 16歳の時に第二王子の婚約者候補として選出されるも、先にレヴィウス殿下とは友人関係を構築してしまった。
 別にそれだけなら恋愛にスライドしていったかもしれない。レヴィとは気が合ったし。

 しかし同じく婚約者候補として名が挙がっていた親友のノアが、彼に恋心を抱いたことに気付いた私は、二人をくっつけたのである。

 これに対して全く後悔はない。

 問題はその後──
 何故か王に気に入られた私は引き続き今度は第三王子、ハロルド殿下の婚約者にされてしまったのだ。

 しかしこれはハロルド殿下にとって、大変に不服なことだったに違いない。なにしろ兄のお下がりなのだ。

 元々兄に劣等感を持っていた彼にとって、この仕打ちは確かに酷い。
 しかも性格的に私と彼は物凄く合わなかった。




 ──そんな訳で今に至る。

(あー最悪……貴重な適齢期を尽く無駄にしてしまった上、『お手つきの捨てられた女』というオマケまでついてしまった)

 のっけから合わなかった私とハロルド殿下との間にそういった関係は皆無だが、世間的にそういった目で見られることは間違いない。

(早く見限っておけばよかった……)

 誰にも見られないよう、私は小さく舌打ちをした。

 しかし、私も悪かったのかもしれない。

 なんせ今回のことは、もう関係は良くならないと踏み殿下との関係のために努力をすることを諦めた私が、彼に『仮面夫婦というのはどうでしょう』という打診をした矢先のことだったのだ。

『お前のそういう所が嫌いなんだァァァ!!』

 ハロルド殿下の言葉が脳内でリフレインし、私は反省した。ちょっとだけ。

 しかしその一方で、何故もっと早く言ってくれない……とも思う。

 大体にして駆け落ちとか。
 馬鹿なの?どうせすぐ捕まるわ。

 彼女が好きなのか私が嫌いなだけかわからないが、一言相談してくれればもっといい方法を伝授してやったというのに……




(あ~あ、レヴィもコトが終わった後になって今更来るなら、ここをなんとかしてから報告に走って欲しかったわぁ~)

 勿論、全く傷付いていないわけでもないのだが、これも信頼されている故と思うことにし、まず事態の収拾を図ることにした。 

 もう既に充分晒し者だ。
 このまま逃げたところで影でグチャグチャ言われるのは目に見えている。

『鋼鉄の乙女』というふたつ名に恥じない堂々たる姿で、とりあえず夜会を無理矢理再開させることに成功した私は、気が済んだのであとは放置することに決めた。
 後は誰かがなんとかするだろう。




 そんな時だった。

「お待ちください! キャロライン様!!」

 なんか知らんが、えらい男前が階段を登ってきた。

 ぶっちゃけ滅茶苦茶好みのタイプ。
 私の死んでいた乙女心は久しぶりにときめいた。

 しかし同時に湧き上がるこの感情……

(おい、何故呼び止めた? すんなり帰らせろ)

「貴方は……?」

 息を切らしながら彼は答える。

「エミール……エミール・ローガスタと申します。 ……騎士団に所属しております」

 エミール・ローガスタ卿。
 私も名前は知っている。

 なんでも彼は多くの騎士団長を輩出してきた武芸の名家の出身で、早くから騎士団に所属し、23という若さながら部隊長だかなんだかの職に就いているとか。

 その手腕もそうだが、魔術も使用する彼は騎士の割に細身で端正な顔立ちをしている。
 そのため女子人気がすごい。
 夜会で見かけたことは何度かあったものの、いつも自分とは離れた位置にいた。

 近視気味の私が彼の顔をちゃんと見たのは初めてだ。

「よろしければ……私と踊っていただけませんか?」

「……は?」

(全然よろしくねぇわ)

 なんの嫌がらせだ……私はそう思った。

 しかし彼の登場でまたも周囲の視線がこちらに集中してしまった。仕方ないので付き合うことにする。

 好みのタイプじゃなかったら許さなかったところだ。

(フン、せいぜい麗しく産んでくれた両親に感謝するがいい)

 心の中でそう毒づきながら手を取り、気付いた。

 周囲の視線が同情や好奇のそれから、一気に羨望に変わったことに。




 卿に憧れる女子たちの声が聞こえてくる。

「エミール様はいつもご親族といらっしゃる上、ダンスなんて一度も踊らない方でしたのに……!!」
「美貌と囁かれるご令嬢からのお誘いも、尽く断ってらっしゃるのよ!」

(……もしかして気遣ってくれたのだろうか)

 私の視線に気づいたローガスタ卿は照れたような笑顔を向けた。

 ──しかし、ここから話はややこしくなる。

「いつか……ダンスを申し込もうと思っており……貴女の出席する夜会にはなるべく行くようにしていたのですが勇気が出ず……」
「はぁ……」

 ぼんやりと彼の言葉を聞く。
 
(え? 何? コイツ私のこと好きなの?)

「今夜の夜会も演習後だったので遅くはなってしまいましたが。 まさかあの様な事が起こるとは……こんな事を言うのは失礼とは思うのですが、私にとっては幸運としか言い様がない」

 踊りながらも彼のトークは止まらない。
 
(え? 今私、口説かれてない?)

 正直なところ、好みのタイプだろうとなんだろうと、こちとら婚約破棄されたばかりである。
 今恋愛沙汰のゴタゴタに巻き込まれるのは真っ平御免だ。

 ──撤退一択。

(ダンスが終わったら礼を言って早々に立ち去ろう……)

 そう思っていたにも関わらず、ダンスが終わっても彼は私の手を離そうとはせず、それどころか私を見つめたまま中央で手を強く握った。

「キャロライン様……かねてからお慕い申しておりました! ぜひ次のダンスもその次のダンスも私と踊ってください!!」

 連続して同じ相手と踊ることは、公然の『俺の女だ』宣言にほかならない。

 つまりこれは公開プロポーズだ。

 あまりの劇的な展開に周囲からは拍手喝采……女子のキャーという声が湧き上がった。

 ふざけろ。
 今しがた一応は立て直した夜会が台無しだ。 

 事態についていけず、的外れなツッコミを心の中で入れていると、遅れ馳せながら駆けつけた王太子と第二王子が現れた。

 つーか遅いわ。
 最初の・・・はもう終わっている。

 お前らが来る前に新たな異常事態が発生してしまったんだが?
 この惨状をどうしてくれる……!

 二人は何が起こっているのかわからないようだったが、ノアが事の経緯を説明した模様。

 私とローガスタ卿はとりあえず別室へと連れて行かれた。

(……なんて日だ)

 今、『頭痛が痛い』ってくらい頭が痛い。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私は問題軍師のその先を知っている

チヨカ
恋愛
母の病気の祈願で神社に訪れた結花は意識がとうのき、気がつくと見知らぬ姿で見知らぬ祠の前にいた!? 状況に混乱しつつ町を歩いていると声と共に記憶が少しづつ流れてきた。結花の今の体は先祖のひとりと同調してしまてっていて、これってまさかの異世界ならぬ今どき幕末にタイムリープだった! とにかくひたすら団子屋で働きながら家族と平穏暮らしたい... でもそこには高杉や坂本などといった攘夷志士オマケに沖田など新撰組がやって来るお店でもうこれはこれで傍観者になろうと思うがそんなことはお構い無しに絡んできて...!? 結花の波乱の日々の幕開けだ。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

私、ウェルネリア。婚約者の家へ行った時、彼が他の女といちゃついているのを目撃してしまいました。……これはもう駄目ですね。

四季
恋愛
その日はありふれた日だった。 しかし、婚約者トマスの家へ行ったウェルネリアは、不運にも目撃してしまう。 ーーそう、それは、トマスが他の女と親しくしている光景。 すべてを知ったウェルネリアはトマスとの関係を終わらせることを決意する。 それは彼女の新たな一歩だった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

処理中です...