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エピローグ
しおりを挟む──ドシャアァァッ!!
高く高く、飛沫と光が上がる。
「きゃあっ!」
「うわぁぁ!?」
クラーケンが絶命し、その巨躯が無造作に倒れたことによる衝撃に港は揺れた。
だが、それは軽微な地震と突風程度だ。
奇跡的にも被害はほぼないと言っていいが、それはマリリンの防壁とクロヴィスの聖力付与のおかげである。
「殿下!」
「はは……皆ずぶ濡れだな。 バスチアン、港のマリリンを保護してくれ。 倒れてるかも」
「はぁ?! 従者も付けずになにやってんだ!」
文句を言いながらも、慌てた様子でバスチアンは港のマリリンの元へと向かい、進路下には白い飛沫が二本の線を作る。
その音を耳に入れながら、クロヴィスはクラーケンの遺骸の上に立ちバスチアンを笑いながら見送るナディーヌを見つめていた。
「……殿下」
振り返ったナディーヌはしょぼくれた表情で、クロヴィスは少し前に自分がしたことを急に思い出す。
久しぶりに戦闘に参加し、なんとなく以前のような関係に戻れた気になっていたが、まだ謝罪も弁解もしていない。
「ナディーヌ……」
「ごめん」
「え?」
「ドレス。 汚さないように返そうと思ってたんだけど」
しょんぼりしながら出たナディーヌの言葉にクロヴィスは一瞬驚いて、すぐに首を横に振った。
「そんなの……いや、遅くなったけどとても似合っていた。 今は……海から出し女神のようだ」
クロヴィスの瞳にやや合わせた深緑(※エメラルドだと似合わなかった)のドレスは、水を吸って黒のように見える。
勿論ビッタンビッタンで、しかも立っているのはクラーケンの遺骸の上だ。
どちらかというと『海から出し魔王』。
とんでもねぇ褒め言葉に妙な冗談だとでも思ったのか、ナディーヌは「わあ」と一言漏らす。
しかし次の瞬間に同じ感嘆詞を今度は疑問符付きで叫んでいた。
何故かクロヴィスが跪いて頭を垂れたのだ。
「私の我儘で大変な思いをさせてすまない」
「そんな! いい……いやっいいのですわ?! あっ、もう~戦闘なんてしたモンだから、つい……やだやだ頭上げて、私が王太子妃に相応しくないのは事実じゃないですか!」
「別にいいんだ、そんなの。 君は立派な勇者だ……勇者ナディーヌ様、どうか私をお傍に置いて頂けませんか」
「へっ?! だって王太子は?!」
「王太子も王太子妃も、代わりはいる。 もしかしたら王や王妃も、神託で選ばれし勇者や聖女ですらそうかもしれないが……」
そこまで言うと、クロヴィスは顔を上げて手を差し出した。
「……ナディーヌの代わりはいない。 少なくとも、私にとって」
「殿下……」
「クロヴィスと」
ナディーヌは恋愛に疎いけれど、クロヴィスの目を見ればそれがどんな意味で、差し出す手がどんな意味を持つのかわかる気がした。
だがクロヴィスがそうだったように、ナディーヌもまた彼のこれまでの努力を見ていたのだ。それだけにこの手を取っていいものかわからず躊躇ってしまう。
それでも向けられた気持ちが嬉しくて、戸惑いながらも僅かに足を一歩──
「あっ」
「うわっ」
──踏み出したところでクラーケンの身体の粘膜で滑ってしまい、クロヴィスを巻き込みながら二人、海の中に落ちた。
「ぷはっ!」
「は……うわっ! なんかヌルヌルする!」
ただでさえずぶ濡れな上、クラーケン滑り台により全身ヌメヌメになった。
気恥ずかしさから、一旦先程のことを流そうとしたナディーヌは、「このまま泳いで戻ろっか?」とお道化た口振り。
しかし、その頬が赤いのをクロヴィスは見逃さず、腕を引いて抱き寄せる。
「で、デデデデデデ殿下……!」
港からは、遺骸を回収しにこちらに近付く小舟が数隻。
クラーケンの胴体と触手の間にいる二人のことは見えないだろうが、ナディーヌはハッキリと衆人環視だった卒業パーティーの婚約破棄の時よりも遥かに同様し、ドラムロールのような声を発しながらクロヴィスを諌めた。
「王太子じゃない私だけれど、結婚して欲しい」
「結婚?!」
「駄目なら聖騎士になるので、傍に置いてくれ……!」
「突然の二択が重い!!」
そう言いながらも、結局ナディーヌはその場でプロポーズを受けた。
唇が重なるだけの軽い、初めての口付けは……なんかヌメヌメしていた。
──クロヴィスは臣籍降下し、瘴気の濃い森があることで一番開発の進んでいない西の地の、新たな辺境伯となった。
その妻は勿論、勇者ナディーヌ。
辺境の地の開発は順調に進み、領民も増えている。
辺境伯邸のある街には大きな公園もできた。
クロヴィスは公園の中心に勇者像を建てようとしたが、ナディーヌに猛反対されて噴水となった。
二人がこの地にやってきた初夏になると、毎年祭りが開催され大賑わい。
「どれも美味そうだなぁ」
「バスチアン、この祭りに来たらまずアレよ!」
沢山の屋台にはこの地でとれた食材(※魔獣肉を含む)で調理された名物料理が並ぶが、何故かこの地でとれない筈のイカの下足焼きがこの祭り一番の名物だったりするのだが……
その理由を知っている者は少ないという。
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