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『勇者』と『聖女』
しおりを挟む「どういうことなんですか!」
「発言を撤回してください殿下!!」
できるできないは兎も角として、ナディーヌが非常に努力家だったことは間違いない。
それを見ていた皆も、今回の件にはそりゃ同情もするというもの。
しかもマナーや所作は良くなれど、変わることなく豪快で飾ることのないナディーヌは男女共に人気があるのだ。
なので卒業パーティーは荒れていた。
ナディーヌがあっさり認め、あまりにも鮮やかに立ち去ってしまったせいで止められなかった皆は、今更ながらもクロヴィスにこの茶番の意図を厳しく問う。
呆然としているクロヴィスを横目に、公爵令嬢マリリンがすっと前に出て、それを諌めた。
「皆、下がりなさい……殿下が一番お辛いのです」
「「「「「「えっ」」」」」」
『辛いのは殿下』と言いつつも、マリリンのクロヴィスへ向ける視線は非常に冷めており、呆れすら感じられた。
クロヴィスとマリリンは理由があってナディーヌに『婚約破棄』と『冤罪』を突き付けるつもりでいた。
それはそれとして、クロヴィスのなにが辛いってナディーヌがあっさり受け入れてしまったこと。
いや、最終的には受け入れて貰うつもりだったし性格的に受け入れるだろーなとは思ったけれど、あまりにもアッサリすぎてもう。
そんなわけで呆然としてしまったクロヴィスだが、いつまでも凹んでいられない。
我に返ると、盛大にこう宣った。
「皆、卒業パーティーを台無しにしてしまってすまない。 ナディーヌには『未来の国母として』などと言ったが、私こそ王太子にすら相応しくない……! 此度のことを以て、謹んで辞退致す!!」
「「「「「「ええぇぇぇえええぇぇぇ!?」」」」」」
わざわざあからさまな『冤罪』を突き付けたのは、これが目的である。
クロヴィスがこの決断に至る迄、相当な葛藤があった。
彼は第一王子なのだ。
やがて立太子し、王になる者として育てられてきたのだから。
神託により何故か男の自分が『聖女』として選ばれた時も、『国を背負う者』として役目を果たすつもりだった。
──そう、ナディーヌは『勇者』であり、クロヴィスは『聖女』である。
『聖女』について、別の言い方があるにせよ、神託的には『聖女』なのだから仕方ない。
そんな誇り高き『聖女』クロヴィスだったが。
西の森での演習時……ナディーヌに背負われて恋に落ちた。
元々特別な想いのあった相手だ。
それが恋情へとスライドしてしまえば、後はもうお察しの通り。
頼れる広い背中。
ときおりチラリと見える、見事に割れた腹筋。
大剣を振るう剛腕──
一度ときめいてしまえば、もうときめかざるを得ぬというもの。
ちなみにナディーヌは180以上あるガチマッチョ女子である。
婚約の話が出た際、一も二もなく受けた。
家臣達からは『マジかよ』『オーガじゃないか』などの声も上がったが、全部黙らせた。
なんなら物理的にも黙らせた……クロヴィスもそれなりに鍛えているのだ!
ナディーヌが婚約を承諾してくれた時、『全てを手に入れられるのでは』という欲が出た。
ナディーヌは努力をしてくれたし、彼女の至らない部分を自分が埋めればいいのだ、と彼も努力した。
ただ、本当にそれで全てが手に入るのか。
クロヴィスは気付いてしまったのだ。
『勇者』たるナディーヌを、『王妃』という別次元の存在に据えることへの矛盾に。
ナディーヌは『勇者』だ。
王妃となれば戦いには行けない。
よしんばそれが許されたとしても、王たる自分がそれを一番近くで助けることは不可能。
──そんなワケで、これはまさに茶番劇なのだった。
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