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たとえ海に引きずり込まれたのであったにせよ、結果が良ければ問題などない(中)
しおりを挟む「実のところ、この『男性限定』は『男性でないと難しい仕事がある』という意味ではない。 単にタッチェル先生が女性が苦手だからだ」
「そんな理ゆ……ゲフンゲフン」
思わず出てしまった本音に慌てて取り繕うも、ジェイドも兄の王太子もそう思っている様子。
「ご存知の通り彼は優秀……妙な横槍が入らないうちに結婚、せめて婚約してほしいというのもが兄の意向だが、そんなだから当然釣書も見やしないそうで。 ほとほと困り果てている」
なんでも彼は『女嫌い』というわけではないらしい。
根幹は『人間不審』と『見た目コンプレックス』によるものであり、それ故に『女性が殊の外苦手』なんだとか。
なんとなく、リリアンは自分が何を求められているかを把握した気がした。
「だからお仕事で女性に慣れさせよう、ってことでしょうか? ですが……それでタッチェル博士は納得されるんでしょうか」
しかし、予想とは更に違う展開が待ち受けていた。
「しないだろうね。 わざわざ『男性限定』にしているくらいだから」
「??」
「セラー嬢、君に頼もうとしている『仕事』はコレであってコレじゃない。 ゆくゆくは彼と結婚してほしい」
「へっ……?!」
先の疑問にすら明確な答えのないまま、唐突に突き付けられた衝撃的な言葉に、リリアンは戸惑うばかり。
ジェイドの意外にも武骨な手が、リリアンの斜め前へと動く。
スッ……とテーブルの上に置かれたのは『コレじゃない仕事』の仔細が書かれた紙──に加えてもう数枚。
それは、婚姻届を含めた婚姻契約書類。
「籠絡しよう、なんて考える必要はない。 『真摯に彼に仕える』……そういう人が必要なんだ。 どうだろう、君にも悪い話じゃないと思うけれど」
リリアンが考えたことは非常に近かった。
だが、『仕事で女性に慣れさせる』の後に『別の女性をあてがう』と続けるよりも、当然『仕事で慣れた女性とそのまま結婚』の方が早いし、より確実。
これは王太子の意向……つまり『政略結婚』。
ジェイドが言った通り『真摯に仕え、信頼を勝ち取ること』が重要ならば、余計にそうだろう。
確かに籠絡する必要はない。
そして偏屈なんて、変態より遥かにマシでマトモ。
しかも若くて優秀。
とってもいい話である。
「仰る通り私にも……悪い話どころかむしろ畏れ多いくらいです」
とはいえ、流石に『やったラッキー!』とはいかない。
真摯に仕える気持ちはあろうと、変えられないものはある。
「逆に、これは私で平気なお話ですか? なにぶん私は『セラー家の娘』ですが」
そう、『セラー男爵令嬢』という自分。
貴族だらけの学園の中で、リリアンが『将来の伴侶を探すこと』に全く未来の展望を見い出せなかった理由の一番がコレなのだから。
リリアンの抱える『セラー男爵家の問題』とは概ね両親の結婚に起因する。
『ウォルシュ公爵家の嫡男だった』バーソロミューの男爵位は、フォンティーヌと関係を持ったことにより公爵家から追い出した際、仕方なく与えたもの。
どこの馬の骨ともわからない女に誑かされ、当時の婚約者であるご令嬢との『婚約を破棄したい』と宣い出した息子に、当時公爵だった先代公爵が激怒した結果である。
縁を切られてもおかしくなかったバーソロミューへの処遇がここまで甘いものになったのは、彼の弟が『婚約者の変更』を令嬢へ嘆願し、それを彼女が受け入れたことで大きな問題にならずに済んだこと。
そしてそのふたりが『どうぞ寛大な処遇を』と望んだことによる。
ふたりがそう望んだのは、その時フォンティーヌがリリアンを孕んでいたからだ。
名ばかりの爵位──とはいえ、そもそも元を正せば行き着くのは公爵家である。
本来ならば、その繋がりや魔力を求めて縁談が溢れていてもおかしくはないが、実際は全くの逆。
何故ならまだ影響力の強い先代公爵に、フォンティーヌが超絶嫌われているので。
しかも息子は既に死んでいる。
流石に『孫まで憎し』とはいかずとも、公爵家が表立ってリリアンを手助けすることはなかった。
フォンティーヌが金に不自由してないことや、リリアンが努力し、苦労を見せずに上手く立ち回っていたことも災いしたと言える。
結果、ウォルシュ公爵家がセラー男爵家に関わることは一切なく……それを周囲がどう見るかなど、知れたこと。
つまりリリアンは、政略的な意味でほぼほぼ無価値であった。
それどころか『公爵家の反感を買うのでは』と思われている節があるので、リリアンに積極的に近付こうとする者が現れないのも当然。
なんならリリアンもそう思っている。
今も、一切助けを求めたりしないのはその為。
ほぼ関わりがないにせよ、それでもしようと思えばできる状況ではあるのだが、迷惑はかけられない。
勿論、ウォルシュ公爵家だけでなく、結婚相手にも。
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