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侯爵家での生活
フェルナンド視点⑩
しおりを挟む一度目の勝負は幸運にも勝ったものの、有耶無耶になった。そして二度目は集中した。
──勝ったのは、当然俺だ。
だが飲ませる訳にはいかない。
特に一気飲みなど以ての外だ。
「なんで飲んでしまうんですかッ?!」
「酒を用意したのは話しやすくするためだが、酔わせるつもりではない。 一気に飲んだら良くない」
酔ったら大変なことになる。
……俺が。
ティアは酒に酔うと、感情豊かになり大変可愛らしい。そして同時に吐き出される本音が怖い。
既に翻弄されているのに、これ以上翻弄されてはメンタルが死ぬ。我慢し過ぎて死ぬか、理性を抑えられず嫌われて死ぬか、ポロリと出た本音に死ぬか……いずれにせよ死ぬ未来しか見えない。
「──それは…………ッ」
悔しそうに唇を噛み締め、顔を真っ赤にさせるティアに罪悪感は生じたが、いくら俺のハートが繊細なクリスタルガラスとはいえ、この程度では死なない。
宥めて少し飲ませ、悩みを言って貰う……そう思った時だった。
「……私のようなツルペタストーンに酔われても、困るということですか?!」
「えっ!?」
彼女が早口で言った一部単語の意味がわからず、困惑する。『ナンタラストーン』と言っていたようだが、なんの石だろう。
そして……石?なんかの比喩??
「ごめん、ティア……」
「謝られたァァァ!!!!」
「えっいや」
聞き直そうと思うも、ティアは今まで見たことがないくらいに怒っており、聞く耳を持たない。
『ナンタラストーン』って一体?!
「ティア、なにか行き違いが」
耳を塞ぎ、イヤイヤと首を振るティアにオロオロしていたが
「──でぇい!!」
「あっ?! なにを?!」
突然ティアはワゴンに載った酒瓶を手に取り、ボトルで一気飲みしだした。
「やめないか!」
止めたいが、無体は働けない。
強引に酒瓶を奪うのは造作もないが、加減をしても軽いティアでは吹っ飛びかねない。
だからといって、背後に回り込み抱き締めて止める……などというけしからん行為もできずに手を出しあぐねていた。
「ティア! コラッそれを寄越しなさい!」
「うふふ、嫌ですよ~♪」
可憐な微笑みを湛えた我が婚約者。その頬は既にやや紅潮しており、ひらりひらりと舞うようにベッドへと向かっていく。
ベッド……そこは禁断の聖地……!
多分ニックに心の声を読まれたら『アンタこそ酔ってんですか』とかツッコまれそうだ……などと考え、極力冷静になろうと試みるも、ティアは限りなく妖精だった。
さながら柔らかな花弁に降り立つように、大きなベッドの上にちょこんと座った妖精は、「あら」と残念そうに吐息を漏らし、艶めかしく唇を舐める。
その様は、まさに人心を惑わす妖精……!!
そして俺の足元に転がる空き瓶。
「全部飲んだのか……」
──ダメだ。
酔っているのなら尚更手を出してはいけない。
「ふふふ、フェル様……私の方が多く飲んだから、私の勝ちですね!」
「いつの間にそんな勝負になったんだ?!」
「小さいことにこだわってはいけませんよ! 小さいことに……ふふ」
何故か急に憂いを帯びた表情で笑う。
心配になる一方で、不謹慎にもその表情にエロスを感じずにはいられず、おもわず喉を鳴らした。
「そうでしたね。 フェル様は小さいことがお嫌なのでしたね……」
『器の小さな男!』という妄想のティアの言葉が過ぎる。
(いや……ちょっと違うな?)
ニュアンスが明らかに違う。
しかもほろりと儚げに涙を流すではないか。
(! ──これは!!)
ティアの真意を理解した俺は息を飲み、胸を詰まらせながら駆け寄った。
直接触れる勇気はなく、ベッドの中央に座る彼女に、布団を被せるようにして抱きしめた。
「ティア……ッ!」
「?! フェ……フェルさま??」
「──すまない……」
「うぅっ、やべてくだたい……」
「そんなにも俺の悩みが、君の心を乱していたとは思わなかったんだ……」
「ふぐぅっ……」
俺の言葉に、おそらくキルトの中で号泣しているのがわかる。
強く抱きしめて潰してしまわないよう、それでも想いを知って欲しくて回した腕に少し、力を込めた。
心優しいティアは俺が悩んでいることに気付き、なんとか力になろうとしたことは既にわかっている。
だが俺は小さいことにこだわり悩みを打ち明けなかった。故にティアはゲームと称して、なんとか悩みを聞き出そうとしたが……本当は悩みを隠されたことに、深く傷付いていたのだろう。
酒を飲んでその気持ちが零れてしまったのだ。
「君の言う通り、俺は虚勢を張っていた……」
キルト越しに、彼女の身体がビクリと震える。
「今だって……だから悩みを言うことはできない。 ただ……これだけはわかって欲しい。 俺は──」
ここでハッキリと想いを告げれば、ティアは応えてくれる気がした。
多分、必要以上に。
今、それがとても嫌だと感じる。
俺の器の小ささや、その根幹である自信のなさや不安を埋めるためになにかをくれる気なら、先程の涙だけで充分だ。
俺の弱さや、ましてや欲の為に大切な身を投じる必要などない。
「……俺は」
『君が好きだ』
『君を愛してる』
想いを言葉にすると、どうしても安くなってしまう。
精一杯伝えて、伝わって、応えて貰うものであって欲しいのに。
だったら今、伝えるべきは。
「君に……相応しい男になりたいんだ」
「フェル様……」
少し腕を緩めるとキルトが僅かに下がる。
隠れていた彼女の栗色の髪が揺れ、涙に濡れた顔がこちらに向けられた。
信じてもらえていないのか、どこか不思議そうな、そんな表情。
「だから……もう少し自信が持てるまで、傍で見ていてくれないか」
涙の跡を拭い、貼り付いた髪を剥がすのを理由に、その柔らかな頬に触れる。小さな可愛らしい耳を親指が掠めると、「あ」と声が漏れ僅かに身体が震えた。
……さっき物凄く嫌だと思ってした決意は、簡単に揺らいだ。
多分疲れていて、本能が勝っているのだ。
絶対にルルーシュは仕事に回す。
こっそり回す。
頬を染め、静かに瞼を閉じた彼女に、触れるだけのロマンチックなやつだけで我慢した俺を、褒めてあげたい。
髪を撫で、必死で取り繕ったイケメン面で「男は狼だ。 食べられてしまう前に戻りなさい」などと、なんだかよくわからない台詞で、本来部屋の前までスマートに送り『おやすみ』と言って扉を開閉すべきところを有耶無耶にした俺を、褒めてあげたい。(※諸事情により動けませんでした)
……ティアの表情を見る限り、誤魔化せたと思う。
誤魔化せたと思いたい。
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