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侯爵家での生活
フェルナンド視点・⑨
しおりを挟むハイになっていた気持ちを落ち着けつつ、湯浴みをする。
サミュエルには『あくまでも話し合い、と重々言われている』と釘を刺されたので、やましい気持ちを表に出してはいけない。
しかし……どうしても寝間着姿を想像してしまう。
(あんな無防備な格好でいたらどうしよう……目のやり場に困る)
そう思いつつも、おそらく今俺は、ヤニ下がっただらしない顔をしているに違いなかった。
入室の声掛けで声が上擦った。
(くっ……これでは『やましい気持ちがあります』と言っているようなものではないか!)
その場でスクワットをし、気合を入れ直す。
寝間着姿その他あれこれへの期待はないでもないが……せっかく二人きりの場を設けて貰えたのだ。
二人きりというのは、意外と難しい。特に長時間の二人きりなど、寝室くらいでしか無理なのではないだろうか。
物理的な意味で距離を縮めるのに絶好のタイミングではあるものの、やはり今まで通り少しずつ距離を縮めるべきだ。
ワンチャンアタックなど、自ら死ににいくようなものだ。ニックの言った通り俺には無理だと思う。
それこそがっついてしまい、嫌われる予感しかしない。
上手くやって、是非次回に繋げたい。
定期的にふたりきりになれるなら、それは充分な成果だ。
とてもじゃないが俺からは誘えないものの、これをきっかけに提案することはできる……と思う。多分。
いや……ニックの犠牲を思うなら、しなければならないのだ!
故に今回は、絶対に手を出してはいけない──如何に紳士的に振る舞えるか。そこが肝要と言える。
スクワットしているうちに彼女からの返事。
「ははははいっ!」
彼女の俺以上に緊張した感じの返事を聞いて、不安を察し……同時に沸き上がる悪癖。
その不安は、未来の夫とはいえ寝室に男と二人きりになることか、
それとも……俺相手では無理だからか。
それは理性と紳士的な振る舞いの必要性と、それがなければいけないという逼迫感をより強固にしてくれた。
──だが、悪癖はやはり悪癖なのか……悪い方向に事態は転がっていく。
紳士的に振る舞う程、何故か気まずい空気になっていった。
露骨に距離を取ったつもりは無いが……
(恥をかかせてしまったのだろうか? ……だが、寝間着が前に着ていたものと違い、ヒラヒラしていないが?)
足が見えないのは残念なものの、この姿も可愛いからいい。
ただ伝達内容も含め、警戒されている証左だと思っていたのだが……俺の行動が間違っているのだろうか。
どんどん不機嫌になっていくティアに、仄かな期待と果てしない不安が広がる。
最早何が正解かわからない。
「──あの、フェル様はなにかお悩みがあるのでは? 私にはなにかお力になれることはありませんか?」
(なにかお力に────!?!?)
「いや…………」
俺は必死で平静を装ったが内心動揺しまくっていた。
(くっ……それは寝室にふたりきりで言っちゃダメな台詞!!)
視線を下げると、長い寝間着の下に更にズボンに包まれたティアの足……
しかし欲望のままに『生足を見せてください。最高に癒されます』とかウッカリ言ってしまえば嫌われること請け合いである。
(いや、多分そういうことを聞きたい訳では無いだろう……悩み、悩み……)
疲れと緊張と煩悩の押さえ込みなどで必死になっていた俺は、思考力が著しく低下していた。
悩みなどありすぎる。
ただ、最近もし顔に出ていたとしたら……ルルーシュのことだろうか。
(兄のこと──)
「……君が心配するようなことではない」
(──言えないッ!)
なにを隠そう俺は兄に鍵を返し、ティアにバレないようこっそり来てもらうつもりだったのだ。
女々しいと罵られようと構わない。
ティアには兄のことは一切知らせたくなかった。
だが、これが決定的にティアを怒らせたらしい。
それに気付いて上手く話を戻そうとするも、自分と同じような台詞でやんわり拒否される始末。
せっかく機会を作って貰えたのに、このままではなにも成果があがらないどころか関係が悪くなってしまう。
時間が無慈悲に過ぎていく……
「──あの!」
お茶がなくなり、どうしようもないタイミングで声を掛けてくれたティア。
やはり天使……!
『ゲームをしよう』と言うティアのアイデアに俺も喜んで乗っかった。
緊張せず楽しい時を過ごすのにはうってつけだ。その中で少しずつ話をしていけばいい。
「ああ! なにをしよう、ボード? それともトランプ? 今サミュエルに……」
「いえ、大丈夫。 もっと単純なゲームですわ」
そう言うとティアは、グラスに水と酒を注ぐ。そして軽食に被さっていた蓋を取ると、手前に置く。
「入れ替えるので、どちらがお酒か当ててください。 当たったらフェル様の勝ち、外れたら私の勝ち」
「う……うん?」
そう言うとティアはニコリと笑い、続ける。
「負けた方はお酒を飲み干し、悩みを暴露して頂きます」
彼女の目は笑ってはいなかった。
……相当俺の返事が頭にきたのだろう。
「はい!後ろを向いてください!!」
「えっあっハイ!」
(もしかして、俺の悩みを聞くためだけに、ふたりきりに……?)
下心と不安で色々考えていた俺は、とても反省した。
こちらが下心でもだもだ考えていたというのに、彼女の言動は真心からである。
怒っている理由が天使。
天使過ぎる婚約者だ。
(だがしかし……だからこそ悩みは言いたくない)
『なんて器の小さい男なのかしら!』などと俺に対して失望されるのはまだいいとして、兄が来ることに対しての反応が怖すぎる。嬉しそうに頬を染めたりなどしたら、もう立ち直れない。
とはいえ、天使過ぎる婚約者のティアに『隠し事』は出来ても『嘘』はつきたくなかった。
(負ける訳にはいかない……!)
弱いとはいえ酒の一気飲み。
ティアにはやらせたくないが……
「はい、良いですよ」
モヤモヤ考えている間に、用意が終わってしまった。
被せられているのは布ではなく蓋。
当然一切透けたりしていない。
『負けられない』というのにグラスを動かす音や回数など聞いていなかった俺には、どちらがどちらかなんてわかりようがない。
完全に勘の勝負だ。
「向かって右が、水!」
勝っても負けてもグラスを素早く取り、酒は飲み干すと決めて答える。
向かって右は──
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