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侯爵家での生活
フェルナンド視点⑦
しおりを挟む少し案内し、図書室まで来ると……ティアは眠ってしまっていた。
図書室の管理をしているネスト女史は「あらあら」と微笑ましくティアを見たあと、メイドに声を掛けクッションを用意させた。女史は手際よく、彼女に気付かれないよう足と顎の間にクッションを挟む。
「……助かる」
「ティアレット様は、おみ足が?」
「いや、だが病弱でね」
「まあ、それで。 お優しいこと……ふふ、ティアレット様も安心なさっているご様子ですね」
あどけない寝顔。
女史の言葉とそれに、幸せな気持ちになる。
疲れているのだとしても、少し気を許して貰えた気がして。
寒くないとは思うが、上着を脱いでそっと被せておいた。寝顔が他の誰かに見られるのは嫌だ。
(案内の続きはいつでもいい)
むしろ誘う口実ができた。
そう思い、なるべく振動を与えぬように、このまま彼女の部屋まで運ぼうと思ったのだが、なんとなく、離れ難い。
そう思ったのを察したのか、ネスト女史は「よくおやすみですので」とメイドにお茶の指示を出し、図書室内の応接室でゆっくりするよう勧めてくれた。
図書室は本の劣化を防ぐ為に本棚のある側に窓はない。
このサロンは、読書好きだった祖母が読書スペースの一部を隣の空室と繋げて広げ、日当たりの良い応接室に改築させたものだ。
ここで仲の良い読書友達と茶会を開いていたのを、俺も幼いころ何度か目にしている。
暖かい陽が注ぐ部屋で、すやすやと寝息を立てるティアが目を覚ますのをのんびりと待ちながら、ふと祖母のことを思う。
祖母との思い出は、ほぼ図書室とこの部屋にある。
じっとしていられない気質の子供だった俺は、足の悪い祖母には上手く合わせられなかったし、祖母も俺を持て余していたようだった。
それでも俺の好みそうな冒険譚を勧めてくれたりとそれなりに可愛がってくれ、俺も感想を話したりと、仲は決して悪くなかった。
俺も祖母は嫌いではなかったし嫌われてはいなかったと思うが、祖母は聡明な兄をことのほか可愛がっていた。
兄との態度の差は俺のコンプレックスを刺激し、少し育つとあまりここには赴かなくなってしまった。
そして、12の時に騎士になると決意した俺は、王都へと出る。
正騎士になるまで領地には戻らないと決めていた俺が、祖母と再会したのは彼女自身の葬儀の時だった。
(もっと戻って、話せば良かったな……)
誰に対しても、振り返れば後悔は尽きない。
特に亡き人に対しては。
兄への子供じみたコンプレックスは未だ消えないが、祖母に関することは時間のせいか、少しだけ俯瞰で見れる。
俺を持て余していた部分は確かにあったのだろう。
だが、兄と差をつけて可愛がっていたのは、俺がグレタに懐いていたからだったのではないだろうか。
グレタは当時、俺と兄の世話役。
ただでさえ年下でじっとしていられない俺を優先しなければならなかっただけでなく、早々に騎士であったグレタにねだって剣技の真似事を教えて貰っていた。
少し歳を重ねると、兄へのコンプレックスから益々熱中するようになった。
みっつ年上とはいえ、兄も子供だ。そんな兄の幼い時代に、甘える相手を奪ってしまっていた気がする。
(聞き分けのいい兄の我慢をわかっていたのは、祖母だけだったのかもしれない)
できるだけ、後悔はしたくない。
兄とも早いうちに、互いに話す機会を設けるべきだろうが……
──そんなことを考えていた時だった。
「!」
ごく小さい足音に気付き、あたりを見回してから耳を澄ます。
(……なんだ、この音は)
それは不審なものだった。
足音だとはわかるが、明らかに廊下や部屋を歩くのとは音質が違っている。
不審な足音はまだ遠く、徐々に近付いてくる。
生憎今、帯剣をしていない。武器になるものに目星を付けつつ、態勢を整えながら音の出処を探す。
一番使いやすそうな武器の代わりと、音の出処は同じ場所にあった。
それは暖炉──暖炉の上に飾られた、物語の勇者が使っていた聖剣をイメージして作られた模造剣を、そっと手に取り息を潜める。
この暖炉も聖剣同様、物語に出てくる暖炉をイメージしたイミテーションで、使用出来ない筈だ。
(……隠し扉?)
改築時に、祖母が指示していたのか。
抜け道があるとして──いや、今それはいい。
ティアが寝ている……今は彼女に気付かれて怖がらせないよう、素早く捕縛するのみ。
幸い不審者と思しき足音はひとつだけだ。
相手に気取られないよう少し移動し、暖炉の横へと身体をつけた。
「……よいしょっと」
呑気にそう言いつつ、小さな隠し扉から出てきた不審者に切っ先を突き付ける。
「ひっ」と軽い悲鳴をあげ、あまりにも無防備に上体を倒した男に「騒ぐな」と一言告げた。
油断は命取りだが、どう考えても素人以下の男の動きには、反撃どころか抵抗の意思すら見られない。
隠し扉の向こうはすぐ、梯子のようだ。
登るよう男に指示をすると素直に従い、早々に両手を上げて降伏の意を伝えてきた。
念の為捕縛しようとすると、相手は顔を上げてこう言った。
「──……待て待て、フェルナンド。 流石にそれはないんじゃないか?」
それは兄、ルルーシュであった。
「兄さん──……」
話し合う機会は超速で訪れたが──
「ちょ……ちょっと待って! 今都合が悪いから!!(小声)」
「えっ、あの」
「それじゃ、また!(小声)」
──超速で追い返した。
話し合う気はあるが、ティアに会わせる気はない。
まだ、今のところは。
(なにをしに来たんだ……)
ついこの間まで嫡男で、祖母と仲の良かった兄しか知らない抜け道があっても驚く程のことではないが、兄が戻ってきたこと自体に驚き……嫌な想像をすることを止められなかった。
兄のことは今だって大事に思っているし、家を継ぐことに拘りはない。
(もし『戻ってきたい』と言ったら……)
ティアはきっと、喜ぶに違いない。
──俺はどうすべきだろうか。
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