17 / 25
侯爵家での生活
フェルナンド視点⑥
しおりを挟む食事が終わると腹だけでなく、胸もいっぱいだった。
俺は、やはりチョロイン気質なのだろう。
あんなにみっともなくウジウジしていたというのに、今は『なんならちょっと浮いているのではないか』と思う程にフワフワしている。
(明日の仕事がないというのに、誘いそびれてしまったな。 いや、だがティアは侯爵家に来たばかり……)
侍女や侍従の紹介や、諸々やることもあるだろう──そう思い、まずグレタに彼女の予定を聞きに向かうと、侯爵邸内の案内を俺に任せて貰えることになった。
「坊っちゃまに任せておけば安心です。 ユミルにその間色々教えられますし」
グレタは子供の頃のようにそう言い、悪戯っぽく微笑んだ。
侯爵邸はかなり広い。
彼女の侍女はいない。
(成程、ちょっとしたデートだな)
しかも案内なだけに、喋ることがある。
これならある程度自然に会話ができるだろう……流石はグレタ、気が利いている。
(ただ、出掛けるのは先延ばしだ。 その時の為にやれる仕事は少しでも進めておこう)
「あ、フェルナンド様」
「ん?」
そんなことを思いながら執務室へと戻った俺に、だしぬけにニックがこう告げた。
「今夜からお部屋が変わりますので」
──ちょっと何言ってるか分からない。
「お荷物はお食事中に粗方移しておきましたが、特に動かす必要性のないものはそのままにしてあります」
「どうして変える必要が──…………!」
そこまで言って、理由が思い当たった俺は言葉を失い、その場に立ち尽くした。
「若君御夫──むぐっ?!」
とりあえずニックの口を塞ぐ。
「言わなくていい……いや、言わないでくれ!」
「むぐぐ」
天使が!
隣の!!
部屋に!!!(※寝室を挟んで)
(……無理ィイィィィィィィ!!!!)
まだこれから自然に少しずつ仲良くなる予定なのに、隣の部屋に無防備に天使が寝るとか。
天国過ぎて地獄。
なのに期待に打ち震える胸と俺のムス……いや、悪魔。(※詩的表現)
俺の悪魔部分は兎も角、胸だ。
鍛えた胸筋も虚しく、内側から壊れんばかりに激しく心臓が高鳴っている。
このままでは心臓が破裂してしまう。恋と欲望とは、こんなにも恐ろしいモノだとは。
嗚呼、どうして内臓は鍛えられないのか。
「ぷは……あっ? フェルナンド様?!」
俺は邸内にある騎士団の演習場まで走り、暫く走り込んだ後、ひたすら剣を振った。
汗まみれになってようやく『よし! これは身体を動かした結果!!』と己を誤魔化しつつ。
『その余韻である』と言い聞かせた胸のドキドキと共に、新しい部屋の扉を開けた。
──奥に、更なる扉がある。
おそらくアレは……天国への扉!(※意味深)
(イカン……! 余計なことを考えては!!)
なるべく視界に入れないように、汗を流しに浴室へと進む。
(少し早いが、出たらもう寝よう……)
寝れる気は全くしないが、身体が疲れているうちに横になり、目を瞑ることで諸々を意識しない作戦である。
──しかし、
「ご入浴中失礼致します」
「なんだ? 急ぎか?」
敢えて冷水にしていたシャワーを止め、侍従のサミュエルにそう返事をする。
騎士生活の長い俺は、入浴時にあれこれされるのがあまり得意ではない。
それをわかっているサミュエルは必要なものを用意すると浴室には近寄らず、寝酒や水など次の用意に動く為、これは非常に珍しい。
それだけに、何事かと思ったら──
「婚約者様がいらしてますが、如何なさいますか?」
「ッ!?」
──とんでもない事態だった。(※フェルナンドにのみ)
「すっ、すぐあがる!!」
「お通ししても宜しいですか?」
「ああ!」
ワタワタしながら身体を拭き、急いで下着を身に付ける。
(ええっええぇぇっ? こんな時間に?!)
とにかく待たせてはいけない──脳内はいっぱいいっぱいだが、身体は素早くナイトガウンを羽織り、腰ベルトを締めつつ扉を開けていた。
「あっ……」
俺を見た途端に真っ赤になって俯くティア。
(これは……もしや!?)
いや嬉しいけどまだそういうのは早いと思うしなんならこうリードしたいというかでもそういうの得意じゃないから少しずつ気持ちをとか思ってたから無理しないでほしいんだけど女性から誘われた場合断るのも良くないんじゃないかなーとかいやそのやましい気持ちからではなく
「ご……ご入浴中だったのですね。申し訳ありません……」
「あっ」
脳内がパンクしそうになったところで、ティアの一言に我に返る。
そう、俺は下着のみで寝る人間であり、寝間着を着用しない。
つまり、下着の上はナイトガウンのみ。
というか、ナイトガウンの下は下着のみ。
(うわあぁぁぁぁぁぁッ!!!!)
死ぬ程恥ずかしい。
色んな意味で。
「こ、こんな格好で失礼した」
「い、いえ……こちらこそ……」
『すぐ済みますので』と言ってティアは、諸々の礼を俺に告げると、淑女の礼をとり、そそくさと部屋から出ていった。
勿論、廊下に出る方の扉で。
サミュエルの『お通ししても宜しいですか?』で察するべきだったのだ。
その夜、俺は珍しく寝間着を着て寝た。
そして次の日。
婚約者との幸せな朝食の後、俺はただ部屋でソワソワしていた。
ティアはグレタに使用人の紹介や、主に使うことになる侯爵邸中央部の部屋の案内や、細かい説明を受けている。
そのあたりは俺にはできないことなので、午前中はグレタに任せ、昼食を摂った後で俺が全体をザックリ案内することになっている。
「……そうだ!」
俺は侯爵邸内ご案内デートの準備として、急遽邸内をハイスピードで回ってみることにした。
効率良く案内すると共に、いくつか休憩所的な箇所を設けておくのだ。
これならば疲れ──
(いや、疲れるな)
なにぶん侯爵邸は広い。
ティアの足では半日かかるのではないか。
それに病弱なティアの身体も気になる。
(ふむ……どうしたものか)
1
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる