婚約者に逃げられました。

砂臥 環

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侯爵家での生活

フェルナンド視点⑥

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 食事が終わると腹だけでなく、胸もいっぱいだった。

 俺は、やはりチョロイン気質なのだろう。
 あんなにみっともなくウジウジしていたというのに、今は『なんならちょっと浮いているのではないか』と思う程にフワフワしている。

(明日の仕事がないというのに、誘いそびれてしまったな。 いや、だがティアは侯爵家に来たばかり……)

 侍女や侍従の紹介や、諸々やることもあるだろう──そう思い、まずグレタに彼女の予定を聞きに向かうと、侯爵邸内の案内を俺に任せて貰えることになった。

「坊っちゃまに任せておけば安心です。 ユミルにその間色々教えられますし」

 グレタは子供の頃のようにそう言い、悪戯っぽく微笑んだ。

 侯爵邸はかなり広い。
 彼女の侍女ユミル嬢はいない。

(成程、ちょっとしたデートだな)
 
 しかも案内なだけに、喋ることがある。
 これならある程度自然に会話ができるだろう……流石はグレタ、気が利いている。




(ただ、出掛けるのは先延ばしだ。 その時の為にやれる仕事は少しでも進めておこう)

「あ、フェルナンド様」
「ん?」

 そんなことを思いながら執務室へと戻った俺に、だしぬけにニックがこう告げた。

「今夜からお部屋が変わりますので」

 ──ちょっと何言ってるか分からない。

「お荷物はお食事中に粗方移しておきましたが、特に動かす必要性のないものはそのままにしてあります」
「どうして変える必要が──…………!」

 そこまで言って、理由が思い当たった俺は言葉を失い、その場に立ち尽くした。

「若君御夫──むぐっ?!」

 とりあえずニックの口を塞ぐ。

「言わなくていい……いや、言わないでくれ!」
「むぐぐ」


 天使が!
 隣の!!
 部屋に!!!(※寝室を挟んで)


(……無理ィイィィィィィィ!!!!)


 まだこれから自然に少しずつ仲良くなる予定なのに、隣の部屋に無防備に天使が寝るとか。
 天国過ぎて地獄。
 なのに期待に打ち震える胸と俺のムス……いや、悪魔。(※詩的表現)

 俺の悪魔部分は兎も角、胸だ。
 鍛えた胸筋も虚しく、内側から壊れんばかりに激しく心臓が高鳴っている。

 このままでは心臓が破裂してしまう。恋と欲望とは、こんなにも恐ろしいモノだとは。
 嗚呼、どうして内臓は鍛えられないのか。

「ぷは……あっ? フェルナンド様?!」

 俺は邸内にある騎士団の演習場まで走り、暫く走り込んだ後、ひたすら剣を振った。

 汗まみれになってようやく『よし! これは身体を動かした結果!!』と己を誤魔化しつつ。
『その余韻である』と言い聞かせた胸のドキドキと共に、新しい部屋の扉を開けた。

 ──奥に、更なる扉がある。
 おそらくアレは……天国への扉ヘブンズ・ドアー!(※意味深)

(イカン……! 余計なことを考えては!!)

 なるべく視界に入れないように、汗を流しに浴室へと進む。

(少し早いが、出たらもう寝よう……)

 寝れる気は全くしないが、身体が疲れているうちに横になり、目を瞑ることで諸々を意識しない作戦である。




 ──しかし、

「ご入浴中失礼致します」
「なんだ? 急ぎか?」

 敢えて冷水にしていたシャワーを止め、侍従のサミュエルにそう返事をする。

 騎士生活の長い俺は、入浴時にあれこれされるのがあまり得意ではない。
 それをわかっているサミュエルは必要なものを用意すると浴室には近寄らず、寝酒や水など次の用意に動く為、これは非常に珍しい。

 それだけに、何事かと思ったら──

「婚約者様がいらしてますが、如何なさいますか?」
「ッ!?」

 ──とんでもない事態だった。(※フェルナンドにのみ)

「すっ、すぐあがる!!」
「お通ししても宜しいですか?」
「ああ!」

 ワタワタしながら身体を拭き、急いで下着を身に付ける。

(ええっええぇぇっ? こんな時間に?!)

 とにかく待たせてはいけない──脳内はいっぱいいっぱいだが、身体は素早くナイトガウンを羽織り、腰ベルトを締めつつ扉を開けていた。

「あっ……」

 俺を見た途端に真っ赤になって俯くティア。

(これは……もしや!?)

 いや嬉しいけどまだそういうのは早いと思うしなんならこうリードしたいというかでもそういうの得意じゃないから少しずつ気持ちをとか思ってたから無理しないでほしいんだけど女性から誘われた場合断るのも良くないんじゃないかなーとかいやそのやましい気持ちからではなく

「ご……ご入浴中だったのですね。申し訳ありません……」
「あっ」

 脳内がパンクしそうになったところで、ティアの一言に我に返る。

 そう、俺は下着のみで寝る人間であり、寝間着を着用しない。
 つまり、下着の上はナイトガウンのみ。
 というか、ナイトガウンの下は下着のみパンイチ

(うわあぁぁぁぁぁぁッ!!!!)

 死ぬ程恥ずかしい。
 色んな意味で。

「こ、こんな格好で失礼した」
「い、いえ……こちらこそ……」

『すぐ済みますので』と言ってティアは、諸々の礼を俺に告げると、淑女の礼をとり、そそくさと部屋から出ていった。

 勿論、廊下に出る方の扉で。

 サミュエルの『宜しいですか?』で察するべきだったのだ。



 その夜、俺は珍しく寝間着を着て寝た。




 そして次の日。
 婚約者との幸せな朝食の後、俺はただ部屋でソワソワしていた。

 ティアはグレタに使用人の紹介や、主に使うことになる侯爵邸中央部の部屋の案内や、細かい説明を受けている。
 そのあたりは俺にはできないことなので、午前中はグレタに任せ、昼食を摂った後で俺が全体をザックリ案内することになっている。

「……そうだ!」

 俺は侯爵邸内ご案内デートの準備として、急遽邸内をハイスピードで回ってみることにした。

 効率良く案内すると共に、いくつか休憩所的な箇所を設けておくのだ。

 これならば疲れ──

(いや、疲れるな)

 なにぶん侯爵邸は広い。
 ティアの足では半日かかるのではないか。
 それに病弱なティアの身体も気になる。

(ふむ……どうしたものか)

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