婚約者に逃げられました。

砂臥 環

文字の大きさ
上 下
15 / 25
侯爵家での生活

フェルナンド視点⑤

しおりを挟む

『ルルーシュ様に会いたいか』という質問に、ティアがハッキリ『はい』と答えていたのを聞いてしまった俺は、部屋に戻って仮眠用ベッドに潜り込んだ。

(そうか……ティアは兄会いたさにここに……ッ!!)

 喜んでいただけに、とてもショックだった。
 俺はダシに使われたのだ。
 少し前ならそれでも良かった筈が、今はただただ悲しい。

 戻ってきたニックにブランケットを剥ぎ取られて用意を促されるも、もう会いたくなかった。

 どんな顔をしていいかわからないし、どんな態度を取ってしまうかもわからない。

「ティアレット様のお気持ちを考えてください!」
「…………」

(ティアの気持ち、か……)

 シャツの胸ポケットには、ティアからの手紙を大事に入れてある。
 毎日数回は眺めているので、文面など見なくても、もうそらんじれるようになっていた。


『まだ私達はあまりにも互いを知らなさ過ぎる……そうは思いませんか?』


 フトその言葉を思い出し、冷静さが少し戻った。

(──彼女から聞いたわけではない。 全て俺の想像だ……)

 いつもの悪癖が出ていたのだ、と気付く。

 その想像を否定はできないが、それだけがのではないか。

 そう思いたい、というのもあるが……ティアが兄と会いたかったとしても、俺と婚約して花嫁修業にウチに来る理由としては弱い気がする。
 それに前後の会話はわからないが、『兄に会いたいか』と聞いたのはニックで、彼女はそれに答えただけだった。

 確かに俺はまだティアのことを知らない。

 俺の印象の中でのティアはそんな女性ではないが、それをすぐ疑ってしまう程度でしかない。
 本当の彼女はどんな人かなど、おそらく一部の家人の方が俺より知っているだろう。

 だから俺は、確かめなければならないのだ。
 ティアレットが本当は、どんな女性かを。

 ──少なくとも手紙の中では互いを知る為にこちらに来る、と決意してくれていたのだから。




 そうは思えど気持ちはなかなか上がらず……
 のろのろと起き上がり支度をする間、既に俺の気持ちを察しているニックは、いつものように少しだけ俺に尋ねる。
 立ち聞きしていたことを責めはしなかったが、呆れたようにこう言った。

「立ち聞きなんて下品な真似をしていたバチが当たりましたね」
「ふぐっ……」

 ニックの一言はいつも容赦がないが、詳しく聞いたりはしないし、こちらが聞いていないことを向こうから話すことも殆ど無い。

 慣れないうちは信頼されていないのだと思っていたが、よくよく思い出せば昔からこういう人だった気がする。
 王都に行ってからは会うのも稀だった彼にも、意識できていないレベルで悪癖が出ていたのかもしれない。

「いいですか? ──どうあれもう既に、彼女は貴方の婚約者です」

 そう言ってニックは、俺の背中を思い切り叩く。
 それに少しだけ、奮起する。

(そうだ、ティアは俺の婚約者だ)

 まずは……長旅を労い、もてなすべき。

(とりあえず悩むのは後! わざわざ来てくれたことへの感謝と喜びを伝えなければ!!)

 俺はそう思い、気合いを入れた。




 ──だが、元々弱い俺のメンタルは先の衝撃から復活しておらず……無理にテンションを上げたことで自分でもわかる程、気合いが空回りした。

 困惑を隠しきれない様子のティア。
 それに焦り、益々空回りする俺。
 巻き起こる負のスパイラル。

(悲しくなってきた……)

 折角ムーディーに調えてくれた部屋も、美味しい料理も台無しだ。
  
 だがテンションを下げたら終わる。
 どう挽回すればいいのか、どうすれば挽回できるのかわからない。




 そんな負のスパイラルを断ち切ったのは、やはり天使ティアだった。

「──あ、あの……無理なさらないでください」
「え……」
「お仕事もお忙しいのに、フェルナンド卿にばかり頑張らせてしまって……あっ、」

 気遣わしげに掛けてくれた言葉を途中で止め、なにかに気付いたティアの顔が急激に赤くなる。暫し視線を彷徨わせながら再び何かを言おうとするが、声が出ていない。

 やがて思い切ったように息を吸った。

「……ふぇっ、にっ」
「!!」

 真っ赤になったままそれだけ言って、後の言葉はどんどん小さくなってしまい続かず……『ばかり』ぐらいまでが辛うじて聞き取れた。
 その先の代わりに両手で覆った隙間から「ごめんなさいまだ慣れなくて」と、物凄い早口での謝罪が聞こえてくる。

 嬉しさよりもまず驚きに顔を上げた俺は、そこで初めて今日、ティアをきちんと見た。

 若草色のドレスに身を包んだティアは、まさに天使そのもの。

 にも関わらずドレスを贈った側のマナーとして身に付けた姿を褒めることすら、できていなかった。
 そのことに、今更気付く。




「──ティア」
「はい……」
「すまない。 余計に気を使わせてしまった……その……」

 ──ティアのことはまだよく知らない。

 気持ち的にはぐちゃぐちゃで、疑いとか嫉妬とか……汚い部分も沢山ある。

 だが、それだけではない。

 口にしたかった。
 儀礼的な意味でなく、心から思う。
 今ふつふつと込み上げてくる、様々な感情を。


『よく似合っている』
『綺麗だ』
『来てくれて嬉しい』


 なんとかそれらを口にした俺も、それを聞いた彼女も真っ赤になり、その後は互いに無言のまま食事をした。

 無言だったし、緊張はしたが……何故か心が軽い。
 というか、身体も軽い。
 どうやら浮き足立っているらしかった。




 ──余談だが、季節のフルーツタルトだったデザートプレートは、アイスクリームに変更されていた。

 理由を考えると、地味に恥ずかしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...