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新たな婚約者
馬車に揺られてドンドコドン
しおりを挟む不安を煽られた勢いで侯爵家に花嫁修行に向かうと決めた私だったが、用意しているうちにドンドン色々な意味で不安になってきた。
母に乗せられた気がするが、完全に後の祭りというやつで……既に馬車に揺られている。
侯爵邸にはルルーシュ様の婚約者時代に何度かお邪魔しているが、ほぼほぼルルーシュ様がこちらに来ていた。
逆を言えば、10数年の婚約時代に数度しか伺っていない。
慣れない馬車での長旅なので、私に気を使ったペースでゆっくり進んだ。──だが既に侯爵邸は目前。
ドンドン高まる緊張と不安に、私の心音はドコドコ……
唯一連れて行くのを許されたユミルは『ドンと構えていれば大丈夫ですよ』などと言う。
『馬車に揺られてドンドコドン』という謎のフレーズが楽しげに頭に過ぎる。
いや、全く楽しくはないのだが。
末期か。
門からがやたらと長い小洒落た小路を抜けると、見える部分だけで伯爵邸の三倍はある侯爵邸……酔っていないのに吐きそう。
「ようこそおいでくださいました」
出迎えに出てきたのがルルーシュ様時代からお馴染みの従者、ニック・ローラン卿であることに少しだけ安心するも……それも束の間。
扉の先にはズラリと侍従と侍女が並んでいる。
病弱設定を活かして倒れたい気分だ。
だがこれはそういう仕様──想定内である。
ニック卿にエスコートされるままに、一先ず私とユミルは応接室へと案内された。護衛や他従者は部屋へ荷物を運び入れ、必要事項の引き継ぎをしたら帰ってしまう。
何故かフェルナンド卿はいらっしゃらないが、その理由はニック卿がすぐ語ってくれた。
「主は一旦執務室に閉じ込めておきました。 お部屋にご案内する前に一息ついた方がよろしいかと思いまして」
「あら……」
ニック卿は「なんかすみませんね~」と軽く言って向かいのソファに腰を掛けた。それに倣ってユミルも座る。
本来ふたりは立っているものだが、付き合いの長いふたりは私の本性を知っている。
逆に気を使ってくれた結果だ。
「いやーもう……ぶっちゃけ、なんであの方を選んだんです? 他にもっと楽できそうなところがあったでしょう。 しかも花嫁修行でこちらにいらっしゃるなんて、どういう風の吹き回しかと」
「相変わらず不敬な輩ですね……グレタ様のご子息とは思えません」
これも彼なりの気遣いであり、わざとであることはわかっているが、ユミルもわざとそう返す。ようやくの気楽な雰囲気に、私も被っていた猫を取った。
「ニック卿はご存知の通り、元々……ほら、私はコレでしょう? フェルナンド卿を選んだのはまだ少しでも知ったかたの方がいいと思って。 花嫁修行は……う~ん、あまりにもフェルナンド卿はルルーシュ様とタイプが違うから……なんだか申し訳なくなってしまったというか」
その答えにニック卿はなんだか難しい顔で「なるほど?」と、やや納得いかないような返事を返す。
まあニック卿の立場であれば納得いかないだろうと思う。
考えてみれば、ルルーシュ様にも申し訳ないことをしていた訳なのだから。
サッパリその自覚がなかっただけで。
「まあなんであれ……正直なところ、こちらとしては有難いです。 大変にはなりましたが、フェルナンド様もやればできるかたなのです。 理由付けと励みがあった方がいい」
やはり卿はお仕事が大変なようだ。
急に役割が回ってきたことで苦労はしているが、真面目で努力家なので少しずつ上手くこなせるようになっているらしい。
「そのこともあって、実はお願いをしに一旦こちらに」
ニック卿は突然、真面目な声色でそう言った。
私にお願い……正直不安しかない。
「……私ができることであれば」
「いえ、ティアレット様。 貴女しかできないことです。 主を労い、褒めてやってくださいませんか?」
「労い、褒める……?」
「ええ」
随分と大したことのないお願いに、拍子抜けする。
だが、ニック卿は至極真面目なままで、更に眉間に皺を寄せて難しい表情でフェルナンド卿をこう評した。
「あの方は……ナリは威風堂々としている風ですが、その実……う~ん、なんて言ったらいいかな? 繊細? ですかね。 とにかくこう、んん……自信に欠けるところがあるというか……」
いつも歯に衣着せぬ物言いのニック卿なのに、随分と歯切れが悪い。言い淀みながら話すも、最終的に「そのうちおわかりになると思うので、お察しください」とこちらに投げた。
「そんなことでしたら、勿論喜んで」
なにしろ騎士からいきなり次期領主だ。
ニック卿の言っていることとは違うかもしれないが、なにかと大変なのは察しがつく。
「他にも事務仕事などでしたらお申し付けください」
「それは助かります! こちらもなんだかんだ、行き届かなくて……」
ニック卿ご自身も大変なご様子。
いつもと変わらないようでいて、よく見ると目の下には隈ができている。
(……そういえば)
「失礼ですが……ルルーシュ様は今どうなさっておいでです?」
私は今になって、なんとなく『廃嫡』を『勘当』のイメージで捉えてしまっていたことに気付いた。
ちょっとごねてはしまったけれど、私との婚約も円満解消なのだから、補佐的仕事に携わせることはできる筈だ。
フェルナンド卿に、もっとゆっくり仕事を引き継ぐこともできるのではないのだろうか。
「──ティアレット様……もしかして、ルルーシュ様にお会いしたいですか?」
「え? ……あ、はい」
そう素直に答えてから後悔した。
(しまった……これは違う意味で聞かれたのでは?!)
そういえばユミルに『ルルーシュ様は状況的には昔の男にあたる』と言われていた。そのこと自体は漠然と覚えていたものの……まさか付き合いの長いニック卿が誤解をするだなんて全く思ってもみなかったので、すっかり油断をしていた。
「いえあのえっと……義兄になるわけですし! 仕事的な意味でというか!!」
「ここでは構いませんが……主の前ではルルーシュ様の話を出すのはお控え頂きたく……」
……沈痛な面持ちで言われてしまった。
(これは誤解された……ような気がする!)
違うのよ~!
単純に気になっただけなのよ~!
なんなら仕事を振れば、フェルナンド卿もニック卿も楽になり、ルルーシュ様の生活も安定、皆幸せハッピープランだと思っただけなのよ~!!
ユミルに視線で助けを求めるも、その目は『だから言ったじゃないですか』と言っている。
空気を変えるようなタイミングで、にこやかにローラン夫人が入ってきて、部屋に案内されることになった。
誤解を解いていないのが、少し気になるが……
(……いっか、ニック卿だし)
そう思い、ローラン夫人に従って部屋を出た。
まあ、大した問題ではないだろう。
フェルナンド卿にさえ、誤解をされなければ。
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