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新たな婚約者
フェルナンド視点②
しおりを挟むベッカー伯爵家から戻るや否や、俺はすぐさま筆を取った。
なるべくティアレット嬢との婚約──そして、できるだけ早い婚姻を希望する手紙を父に送り付ける為に。
あの後──
あまりのショックで動けなかった俺だが、我に返り涙目のティアレット嬢を持ち上げ、椅子に座らせた。
淑女にすべき行為ではないが『もしかしたら妊娠しているかも』と思ったことで、テーブルにぶつけた衝撃でなにかなかったかと慌ててしまったのだ。
無論、いるかもしれないお腹の子に。
彼女は羞恥に頬を染め、不安からか視線を下げ、か細い声で礼を述べた。
その様はいたいけで、初心な少女……彼女と兄がなにかあったようには思えないが……
(さりげなく尋ねてみるべきか……いや)
俺にそんな話術はない。
それにどちらであれ、本当のことを言うわけが無い……だから俺は、最悪の方の想像を止めることが出来なかった。
(もしも兄の子を孕んでいたとして……)
産む気なのだろう。
勿論、俺と彼女の子として。
それはあくまでも可能性の話だが、彼女が俺を望んだことと合致はする。
兄よりもいい男はいないにしても、俺よりいい男は掃いて捨てる程いた筈なのだから。
(だとすると酷い話だが……)
そうだとしても、俺には彼女を責めることなど出来る気がしない。
噂でティアレット嬢は『病弱』と耳にしたことがあるが、目の前の彼女はまさにそれを裏付けるように小柄で華奢……
しかも怖がらせてしまったようで、上手く言葉を紡げずにいるが、なんとか仲良くしたいという気持ちは伝わってくる。
健気で涙が出そうだ。
俺に上手いこと媚び、取り入ろうとするも上手くいかず、かといって産まないという選択も出来ずに悩んでいるに違いない。
出産には相応にリスクがある。
ましてや初産で病弱な彼女が産むと決めたのならば、その覚悟は如何ばかりか。
深い兄への愛か、それとも子への愛がそうさせるのか。
(母は強いと言うが……まだ少女のような彼女がそんな決断をしたならば、ルルーシュの弟としてやるべきことはひとつだろう)
幸い血は繋がっているのだ。
可愛い甥(※或いは姪)を愛せないわけが無い。
漢、そして騎士とは度胸と覚悟──最早兄へのコンプレックスなどという、小さなことに拘っているべきではない。
「ティアレット嬢、少し早いがこれで失礼する。 身体を冷やしては良くないだろう」
兄・ルルーシュのように話題を振るのは苦手だし、見た目も兄とは違い厳つい俺が長くいても、彼女の負担を増やすだけだ。
早く仲良くなり、なんなら懇ろになって彼女の心理的圧迫を減らしてあげたいが……なにぶん不器用な俺だ。一旦出直した方が良いだろう。
そう思った俺は早々にその場を辞し、自領に戻って手紙を書いたのだ。
父からは直ぐに返事が来た。
『できるだけ早い婚姻』がルルーシュのことを慮ったと受け取ったのか『ふたりはまだ若いのだから、急がずにゆっくりと仲を深めても構わない』という内容で、最後の方には『お前は思い込みが激しいが大丈夫か』とか、『あまりがっつく男は嫌われる』などという余計なアドバイスまで書かれていた。
そういえばあくまでも仮定の話ではあった。
あまりにもそれっぽいから、その体で進めてしまったが……
(確かに『早い婚姻希望』はがっついているように見えるかもしれんし、先の訪問でも、きっと俺の印象は悪かったに違いない…………だが逆に『それでも婚約を受ける』と言うのなら、やはり兄との子がいると思っていいのではないだろうか)
残念なことに、俺には彼女に好かれる要素がない。更に前回の訪問ではやらかした。
ティアレット嬢はさぞかしガッカリしたことだろう。
なので、敢えてそのままの内容で手紙を送るよう父に願い出ることにした。
──結果は『謹んでお受けします』とのこと。
(やはり……!!)
不憫だ。
あまりにも不憫だ。
早く懇ろになり、安心させるべきだ。
そう思ったものの、彼女の華奢な身体を思い出して俺は急に不安になった。
(……妊娠中って、そういうの大丈夫なんだろうか……)
知識が足りないので、とにかく怖い。
まかり間違ってお腹の子がどうにかなってしまったらどうしよう。
(それに考えてみれば、ティアレット嬢は失恋して間もない。 他の男……しかも血の繋がりはあっても俺は全くルルーシュとは似ても似つかない風体だぞ? 嫌悪しか感じないのでは)
兄のルルーシュは細身で顔も母に似た中性的な面立ち。一方の俺は父に似た厳つい顔に、鍛えた肉体……と言えば聞こえが良いが、やたらでかいだけの男。
そんな男に迫られたら、恐怖でそれこそお腹の子に障りがあるに違いない。
(大体にして、いい雰囲気になど持ち込める気がしないッ……!)
致命的なことを忘れていた。
俺は女性の扱い方が下手……というより、全くわからない。知識というより経験として。
騎士を志して王都に行ってから、そういうことが一切なかったとは言わないが、『つまらない男』と言われて振られた思い出しかない。
もともと人当たりのいい兄へのコンプレックスが強い俺だ。
帰国してからは俄にモテだしたが、思春期にそんなことを言われてしまったのもあり……女性と付き合ってガッカリされるのが怖く、寄ってくる女性にドキドキしながらも硬派気取りであしらうのがやっとだった。
悲しいかな、俺は見栄っ張りなのだ。
(しかし……今回ばかりは頑張らねば……!)
健気なティアレット嬢……
そのいたいけな姿を思い出し、俺は奮起することにした。
(彼女の心を癒し、真実を俺にだけ吐露させるのだ!)
その為にはやはり、婚姻は早い方が良いだろう。
安心して子を産めるようにしてあげねば。
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