婚約者に逃げられました。

砂臥 環

文字の大きさ
上 下
3 / 25
新たな婚約者

ドッキドキ初対面

しおりを挟む

 フェルナンド卿は隣国との和解後、帰国凱旋した後も騎士として王都にいた。
 急遽領地へ呼び戻される形を取らざるを得なかった訳だが、現在平和ということや侯爵家の事情が考慮され、すんなり許可が出たそう。

 正直なところ、華やかな王都に慣れた方が、田舎娘である私を受け入れられるのか、不安しかない。

 ルルーシュ様のように、コミュニケーションが苦手な田舎者で垢抜けない緊張しいの私を、愛でることができる包容力が必要だ。
 愛でる理由はなんでもいい。
 子供や犬猫と同じで構わないし、公私共にが無理なら公だけでいい。

 あとは最低限の自由付きで放置してくれれば、お利口にお家で待ってるからァァ!




(問題は、それをどう伝えるかよね……)

 ルルーシュ様はとにかく優しく聞き上手。
 付き合いの長さもあると思うが、彼は私を妹のように愛でてくれ、色々察してくれたり聞き出したりしてくれた。
 考えてみると神対応。

 ルルーシュ様にとっては弟だが、フェルナンド卿は私より6つ上。
 少々不安は残るが色々と考えた結果、フェルナンド卿の年齢と経験に期待して、この際猫は被らないことにする。
 淑女としては残念だが、腹を割れずに話しても埒が明かない。事情はわかっているのだし、時間の無駄だ。

 さっさと猫かぶりを諦めた私は、人目につかないかたちでお会いすることを望んだ。

 結果──伯爵領こちらまで来て下さることになった。馬で、おひとりで。

(なるほど、それならば確かに人目につかないわね)




 ──快晴。まだ夏の匂いが仄かに残る。

 社交を拒否しまくっていた私には預かり知らぬことだが、庭での茶会にはうってつけの時期らしい。
 先日ルルーシュ様がいらした時とほぼ同じ状態で、今日は弟君であらせられるフェルナンド卿をお迎えする。

 夏の匂いと同様に仄かに香る、渾沌カオス。(※詩的表現)



(考えたら緊張してきたわ……!)

 猫かぶりをしないとは決めたが、イキナリ自然体など無理だ。そもそも人付き合いが苦手なのだから。
 そして幼少期から面倒を見てくれたルルーシュ様とは違う。殆ど面識すらない。
 ホームなのがせめてもの救い。
 これがアウェーなら、被るつもりはなくとも猫がすっ飛んでくるだろう。



 緊張を緩和する為に、私は編み物をすることにした。

 社交は苦手だが、延々続く計算や定例文の書類や手紙を書くなどの事務作業や、編み物・刺繍の類は得意である。
 人の動きや心の機微を考えて采配をふるうのは時間がかかるが、無心でやれるモノは苦痛に感じない。この点だけは領主の妻として上手くやれると思っていた部分だ。

(そういえばルルーシュ様の恋人は彼と同い年の平民だとか……もしかしたらお子様ができた、とかかしら)

 ルルーシュ様は私より9つ上の、26歳。
 この国の平均婚姻年齢から考えると、平民とはいえ恋人の方は、失礼だが嫁き遅れと言える部類に入ってしまう。

 ルルーシュ様は真面目だ。
 だが、真面目なルルーシュ様だからこそ、立場から言い出せずにもだもだしてしまった、ということも容易に考えられる。
 子供を授かったことが決断のきっかけ……有り得る話だ。

 善悪や倫理などは言うが易し……事象における正解なんて、立場による。一側面から簡単に割り切って出せるものでは無い。


 私はルルーシュ様を慕っていたが、恋愛的な意味で愛してはいなかった。それは残念なことだが、こうなった以上は有難いことでもある。

 おそらく愛していたなら、許せないことではないかと思うから。

 私には自分の保身的未来についての『裏切られた感』はあれど、ルルーシュ様への怒りなどはない。むしろ散々面倒を見てもらっていたのに、最後まで保身的未来の為に、心変わり(?)に気付いていたにも関わらず言い出さなかった上、駄々を捏ねてしまった。
 廃嫡されるのに色々してくれたルルーシュ様を思うと、そのことに若干の罪悪感を抱かずにはいられない。

(……そうだわ)

 私は彼の今後を憂い、幸せを願いつつ……ルルーシュ様と恋人の子供の為に、赤子用の靴下や帽子を作ることにした。




 緊張緩和の手慰みというだけでなく、非常に実用的。しかもフェルナンド卿との話のきっかけ作りにも丁度いい。
 彼と上手くいくようなら『ふたりでこれをルルーシュ様に渡しに行こう』と誘うのだ。

 ルルーシュ様と侯爵家の関係改善に一役買えて一石二鳥どころか……三、四鳥である。
 お得感が凄い。

(……赤子のサイズなんてわからないけど、子供は大きくなるから平気ね)

「──様」

(……あ、でも赤子のうちでも使えるように、ケープも作ろう)

「お嬢様、フェルナンド卿がお見えです。 お通ししても?」
「ええ」

(……編み玉を付けると可愛いけれど、子供ってなんでも飲み込むらしいからやめておいた方がいいかしら……)

「……………………────えっ!?」


 ──「お嬢様、フェルナンド卿がお見えです。 お通ししても?」
 ──「ええ」



 無意識で行っていた遣り取りに気づき、顔を上げる。

「──やあ、ティアレット嬢」
「ひゃあっ?!」

 ウッカリ集中し過ぎていた私の前には、既に来ていたフェルナンド卿。




「ああああの! しつれっ……ようこっ」

 焦る私は噛みまくりながら挨拶になっていない挨拶を口にしながら立ち上がり、

「ふぐぅっ?!」

 向こう脛を、ガーデンテーブルの脚(※鉄製)に思い切りぶつけ、その場にしゃがみこんだ。



 やらかした。
 完全にやらかした。

 チラリと顔を上げると、フェルナンド卿は手を貸すどころか、無表情で私を見下ろしていた。

 いきなり怒らせた。
 いや、呆れられた?

 ……この場から逃げたい。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...