婚約者に逃げられました。

砂臥 環

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プロローグ

愛も情もあるが、恋ではない。そして責任感もない。

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「ティアレット、私には愛する女性がいる」

 ──そんな気はしていたのだ。


 婚約者のルルーシュ様からそう切り出された時、私は特に驚かなかった。

 ルルーシュ様は優しい。

 政略からの婚約ではあったがルルーシュ様も私も、互いに誠意を以て接し、そこには確かな情がある。
 こういうことは隠し通したり、或いは嘘を突き通した方がいいのかもしれないが、それにはふたりの間に日々があり過ぎた。
 だから私は、彼のこの告白にはどれだけの葛藤があり、そしてどれだけの決意があったのかを推し量ることができてしまった。

 恋心は生まれなかったが、私にもそれなりに自尊心はある。
 しかし長すぎた春が幸いしたのか、心が痛むよりも彼のこの先に不安を感じずにはいられなかった。

 ルルーシュ様は良くも悪くも真っ直ぐな方。
 彼が私に他者への想いを告げる、ということは『自分の立場や責務を捨てて、その女性を選ぶ』と決めていることにほかならない。

 薄々気付いてはいた私だが、彼にそれを問うことはなかった。

 このまま私を選ぶ、という選択も最後まで残してあげたかった。
 それは純粋な私の優しさではなく、彼が今までくれた優しさを返したに過ぎない──



 ──などというのは、ほぼ建前・・である。



 そんな建前をさも同情を誘うべく述べながら、悲壮な感じでハラハラと涙を零す。
 そして密かに、指の間からルルーシュ様をチラリと確認した。

(ああっダメだわ! アレは全く響いていない表情よ!!)

 察していたのに、問わなかった理由はひとつ。
 ルルーシュ様と結婚したかったのだ。

 そしてそれは愛だの恋だのが理由ではない。




 やがて私は同情を買うのを諦め、本心でぶつかることにした。

「ルルーシュ様! なんとかなりませんか!? 愛人様を別邸に囲って頂いても、なんなら私が別邸に入るとかでも構いませんから!!」

 長い付き合いである。
 涙ながらにそう訴える私の真意をルルーシュ様はよくご存知ではあるものの、この発言には若干引いたご様子。

「いや、うん……ティアの気持ちはわかるんだけど、流石にそれはね? もともと政略だし、お家のほうがね?」
「そこをなんとかァァァ!!!!」

 苦笑いするルルーシュ様に、私は淑女の仮面など脱ぎ捨てると、テーブルに額を擦り付けて懇願した。




 私はもう17……デビュタントはとうに終えているものの、社交などほぼしていない。

 領地で家庭教師ガヴァネスと過ごして領地経営の勉強に勤しんでいた私は、妻という名の補佐として旦那ルルーシュ様に仕える気持ちでいた。
 家での書類仕事とかの意味で。

 正直なところ、夜会とかはあまり好きではない……いや、むしろ嫌い。

 ──平たく言うと、私は他者との交流が苦手な部類の人間である。
 あと、人混みも嫌い。
 なんなら家から一歩も出たくない。

 まだ現役の侯爵様もおられることだし、社交は結婚後。
 どうしても出なくてはいけない場のみ、社交的なルルーシュ様の隣でニコニコしてりゃなんとか……あとは病弱で押し通そう……という心づもりでいたのである。年上で優しいルルーシュ様が、甘やかしてくれるのをいいことに。

「ティアは心身共に美しく、賢しく、非の打ち所のない素敵な淑女レディで……私にとっても自慢だった。ただきっと、私達は出会うのが早すぎたんだ。 ……私が自分の浅ましい気持ちを君に伝えたのはね、ティア? 甚だ身勝手な話だが、貴女の高潔な魂はこんな男如きに傷付けられるべきではない。 それを言うために──」
「いやいやいやいやそんな言葉には騙されませんよ?!」
「大丈夫、ティアは優しく器量も良いから、他にいくらでも……」
「そもそも他人に対する情が薄いのかもしれない私が、今更名前くらいしか知りもしない誰かと関係を構築するのはハードルが高い! 高すぎですわ!! 私を見捨てないでェ!!」
「スマン! ティア……いや、ティアレット嬢!!」

 ルルーシュ様も私に負けじと頭をテーブルに擦り付けて謝ったが、私が求めているのは謝罪などではない。

 どうして愛人様を囲うという判断をしてくれない!
 なんならお飾りの妻で構わないのに!!
 むしろ飾られていたい!!
 お家から出たくない!!

「ルルーシュ様の幸せを邪魔する気持ちなど、欠片もございませんよ?!」
「うん、知ってる……知ってるけどね……」




 話は平行線のまま。

 ルルーシュ様は咽び泣く私をひたすらあやした後、『君の幸せを祈っている』という捨て台詞を残して去って行った。
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