上 下
29 / 35
旅立ち

【幕間】サラとセルの秘密

しおりを挟む
「ねえ、サラ」
 2日前、陽の光がまだ淡く、まだ誰も起きていない早朝。本を持ったセルは、森の外の様子を見に行っていたサラを呼び止めていた。
「おお、セルか、早起きだな」
 窓を器用に開けて家に入っていたサラは、少し驚いた声をあげた。

「おかえり。ちょっと聞きたいことがあって、待ってたんだ」
「なんだ、サラにわかることか?」
 サラは、セルの持っている分厚い本を見て、「難しいことはわからんぞ」と苦い顔をしながら、セルが座っているテーブルに向かう、
 セルは黙ったまま、本の表紙の埃を優しく取り除くように撫ぜた。
 そして、一息ついて、サラを見つめて問うた。

「この家を作った人って、100年前の人だよね。」
 
 サラは一瞬虚をつかれたように動きをとめた。
「…なぜそう思う」
「本の内容がね、どれも100年以上前のことしか書いてなかったんだ。服も家具も、今の形とは少しだけ違うしね。」
「そうか。」

「サラはきっと10年とかじゃなくて、100年近く二人のことを待ってたんでしょう?」
 村などでは、叫び声に似た音は今も聞こえていたので、最近の話として伝えられているが、孤児院の古い本にも叫び声の記述はあったのだ。

「ねぇ、サラ。シンは…」
「シンは20歳だ」

「でも、初めて彼女に会った時、彼女はずいぶん前から年齢を数えるのを辞めていたと言っていた。」

 サラは少し昔のことを思い出した。

 ーーーーーーーあの日は、少し乾いた初冬だった。

 いつも通り、家族で、森の中で遊んでいたら、突然、大きな鷲に襲われた。
 家族は一瞬で鷲に飲み込まれて、怖さと怒りで思い切り叫んだら、口から炎も飛び出てて周りが真っ赤になってしまった。

 炎の熱さに慌てて飛んだけど、逃げれたのも、飛べたのも僕一人だった。

 鷲が驚いて誰かを吐き出してないか、誰か一匹でも逃げられていないか、しばらくは探していたけど、煙が邪魔でよく見えなかった。
 そして、そのうち慣れない飛行にも疲れて、森のまだ燃えていない場所にドスンと落ちてしまった。

 痛くて動けないままうずくまって、どれくらい時間が経っただろう。
 お母さんはどこだろう、他の家族は?火はもうすぐここまで燃えてくるだろうか。そしたら僕もきっと死んじゃうなぁ。

 だんだん暗くなる森の中で、寂しさと絶望を感じていた時だった。

 少し森が燃える匂いが薄くなった気がした。
 
 そして、声をかけられた。

「ねえ、トカゲさんどうしたの?」
 少年の声に、僕は薄く目を開けて相手を確認した。そして、少し考えた後、言葉をゆっくり返した。
「…お母さんたちとはぐれたんだ」
「そう、私たちと一緒だね」
 目を開けると目の前には、少年と少女が屈んでこちらを見ていた。

「私たちと一緒にくる?」

 連れて行かれたのは、子供達だけで住んでいるとは思えない大きな2階建てのおうちだった。
「あまりものだけど」と言いながら、何かのスープを飲ませてくれた。
 そして、手当てをしてもらった後、少女の膝の上で気づいたら寝ていた。彼女の膝はお母さんよりも暖かかった。

 だけど、次の日起きたらびっくりしたなぁ。

「おはようトカゲさん」
「気分は良くなった?」
 優しく声をかけてくれたのは、昨日の少年少女と似た顔をした、大人の人だった。
 混乱した僕の顔を見た彼女は、1日で随分と大人びた顔を傾げて、「どうしたの?」と聞いた。

 正直何から聞けばいいかわからなかったけど、一番気になることを聞いた。
「君たちは…なんさい?」
 僕の問いに、彼は「ん?んー?」と唸りながら彼女の方を向いた。
「そりゃ混乱するよね。」と彼女は笑った。
「歳は…たくさん生きてたんだけど、歳を数えるのが難しくなってきて…よくわかんないや。」
 あなたと同じで、少し変わった力を持っててね、見た目は変えられるんだ。と、付け加えて、僕を安心させるように頭を撫でた。

 ここで初めて、自分が普通と違うこと、二人も同じようにそう言った力を持っていることを知った。

 その後は、何度も「トカゲ」と呼んでくる彼に火を吹いて、彼女からは新しい名前を、大好きな名前をつけてもらったんだったな。

「とまあ、この話はまだシンにはできそうに無いんだかな」と、短い回想をこう締めくくったサラは、セルに問いかける。
「御主はそれが聞きたくて、こんな時間に早起きをしたのか」

 サラの問いかけに、ハッとしたセルは首を振る。
「ううん、エジムの追手の足を少しでも長く止める方法を相談したかったんだ」

「ほう」

「僕らの孤児院では、サラの事は森の悪魔と呼ばれていて、100年前の災厄の原因や、災厄を生み出したもの、災厄の使い魔…大体こんな感じで言われていたんだ」
「なかなかの言われようだな。」
 ふふっとサラが自嘲するように笑った。

「うん、すっごく怖かったよ。孤児院だけじゃなくて、みんなその物語が描かれた絵本で育ってるから知ってる。」
 誰が描き始めたのか、たくさんの国民の、記憶の一番深く古いところで、恐怖の対象として、サラはインプットされている。
 だから、最初にサラを見た時、あの辛そうな声が分からなかったら、血塗れのあの姿を見ても、一目散に逃げていたとセルは思う。それくらい、心の底から怖かった。

「だから、サラ、僕が教えるから、みんなが知ってる伝説の災厄になってくれないかな。」
そうして兵たちの心を折って少しでも時間を稼ごう。

 それから、2日後
 
 舌を噛むぞ、と言われてシンたちが静かになった後、セルはサラにも聞こえるか分からない声で謝った。
「さら、悪者にしてごめんね」
「シンを守るためなら、なんてことない。お前たちのことも。」
 サラの表情は見えない。けど声は優しかった。

 セルはありがとうとつぶやいて再び、舌を噛まないように静かにしがみついた。
 曇った夜空の下、一行は東に向けて、夜明けまで飛び続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

ざまぁが大事だから断罪は割愛します!

樹林
ファンタジー
婚約者が真実の愛を見つけたとかで婚約破棄を申し渡して来たけど、きっちり合法的に仕返しをさせていただきます。 ちなみに、そのヒロインは本当は·····。 全4話。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...