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第一章 悪役王女になりまして

31. 霊峰の巫女姫 1

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「つけてきたんですか~?」

 結界の中から大きな声でその影に声をかける。

「怪しかったからね。闇の眷族とは思わなかったけど」

 正確には、つけてきたのではなく、スラムが怪しいというのを聞いて来てみただけだが、そうした方が都合が良さそうだったので、話を合わせた。
 
「巫女の娘か。向こうから来てくれるとは都合がいい」

 男の言葉に、彩花は首をかしげる。巫女の娘が何のことかわからないからだ。
 エルルーアは、ゲームが始まる前に死んでしまう存在。そんな立派な肩書きはなかったように思える。

「そんなのは知らないけど、街中をうろつかれるのは面倒なのよ」
「そうか。それなら安心しろ。貴様を殺せばすぐに立ち去ってやる」

 男はそう言って、飛翔しながらエルルーアに向かっていくつもの縄を出してくる。アヤメが使っていたものと同じだ。
 同時に4~5本くらい出てきたが、彩花はすべて避けた。

(エルルーアって、動体視力もいいみたいだな。動きが遅いや)

 本来なら、闇の眷族の攻撃なので、それなりに速い攻撃のはずだが、彩花には止まってまでとは言わなくても、動きが遅く見えて、余裕で避けられる。
 左に動いたり、右に動いたり。
 男はしびれを切らしたのか、魔法の弾幕を放ってくる。これは、避ける場所がほとんどない。横に移動しても当たってしまうから。そして、当たれば即死なのも、本能で理解している。

(飛ぶか)

 体に魔力を纏わせて、重さを軽くし、風魔法で浮かび上がる。そうすれば、宙に浮かぶことができる。
 男と同じ高度まで上がると、エルルーアを感心するように見た。

「飛翔できるのか。巫女の娘なら妥当だな」
「だから、その巫女ってなによ。私はただの王女なんだけど」

 脇役の悪女に、そんな肩書きはなかったはずだ。美月からも、聞いたことはない。

「なんだ。自分の母親がどんな存在だったのかも知らないのか。それなら、本当に覚醒はしていないのだな」

 一人で勝手に納得している男に、彩花はイライラし始めた。
 巫女なんて知らないし、自分の母親のことなんて知っているわけがない。乳母からは何も聞いていないし、国王からも聞いていない。
 ゲームでも、巫女なんて描写は出てこなかったし、美月からも聞いたことがない。
 闇の眷族が、自分を危険視しているのは理解できるが、納得はできていない。
 王妃派だって、何で自分の命を狙ってくるかも、あまりわかっていないのにーーと思っていたところで、一つの疑問が浮かぶ。

(うん……?王妃派は、そもそも私の命を狙う必要はあったの?)

 ゲームでは、王妃派に殺されたのだから、王妃派が自分の命を狙うのは当然だという先入観を持っていたが、よく考えれば不自然だ。

 王妃派は、アルフォンスを王位につけたい。エルルーアは王女なのだから、適当な結婚相手に嫁がせればいい。それで、王籍を外させればいい。命を狙うよりも、リスクが少なく、確率は高い。
 この国に限らず、ほとんどの国は、男の方が継承権は高い。黙っていれば、アルフォンスが普通に王位を継げる。
 それなのに、わざわざ殺そうとしたということは、エルルーアはアルフォンスの王位継承を脅かしかねない存在ということになる。それが、もし巫女の娘だからということならば、ある考えも浮かんでくる。

 闇の眷族に、何か吹き込まれたか、手先のようになっていたのではないか。
 そして、自分を殺したのは、人間じゃなかったのかもしれない。闇の眷族なら、末端でも、城に侵入して、一人の少女の命を奪うことなどたやすい。

 巫女の娘がなんなのかはわからないが、そう考えると辻褄があう。城も、学園も警備されているはずなのに、エルルーアがすんなりと殺されてしまったのも、自分が狙われる理由も、納得はできないが、理解はできる。

「考え事とは余裕なやつだ!」

 気がつくと、目の前まで迫っていた。まったく殺意を感じ取れなかった。いや、常に殺意があったので、気づくのに遅れてしまった。彩花は、無意識のうちに腕で急所を庇うが、これで防げるわけがない。
 彩花は、魔力を使って、限界まで自分の体を覆って防御力をあげる。そして、風魔法で、なるべく距離をとる。
 反射的に腕で防いでいたので、急所は免れたが、腕には深く傷がついてしまった。

(下手したら、骨まで切られてるかな……?)

 かなりの激痛だ。子役だった彩花でなければ、顔に出ていただろう。腕を動かそうにも、まったく動かないので、神経が切れているのも想像がついた。

「なんだ。痛くないのか?はっきりと手応えを感じるくらいには、切っておいたはずなんだが……」

 男の言うとおり、もう少し深くまで踏み込まれていたら、腕が切断されていただろう。
 彩花だって、痛くないわけがない、今にも叫びそうなくらいには激痛が走っている。
 それを、持ち前の演技で顔には出さずに、さも余裕があるように演じている。
 せめて、弱気にならないでいると、向こうも下手には手を出せない。こちらに何か手があるのではないかと思う可能性が高いからだ。
 弱気になると、対抗手段がないということを相手に知らせることになるので、そちらの方が危険だ。

「お前、魔法は使わないのか?避けてばかりでは勝てないし、武器は持ってないようだしな」
「幹部クラスの闇の眷族に魔法を使うのは自殺行為ってことくらいは知ってるわよ」

 エルルーアの膨大な魔力を使えば、闇の眷族に対抗できるくらいの魔法を使うことはできる。それをやらないのは、それが自殺行為で、自分の命をさらに縮めることになるからだ。
 闇の眷族は、相手の魔法を跳ね返すことができる者がいる。そして、相手の魔力を吸収して、魔力を操ることができる者もいる。
 下っ端なら、そんな技は使えないので、魔法で倒せるが、中級以上には、魔法を使うのは自殺行為になるのだ。

「知ってるのか。だが、それなら貴様には攻撃手段はないことになるぞ」

 男の言うとおり、彩花には攻撃手段がない。武器はないし、魔法も使えない。
 だが、魔法にも例外というものはある。敵を直接攻撃する魔法は危険だというだけであって、間接的になら問題ない。

 ゲームで見ただけの魔法なので、少し不安だが、迷っている暇はなかった。
 向こうが攻撃してこないなら、今のうちにやっておく。

(クリエイト!)

 地魔法の中でも上級魔法で、魔力の消費が膨大な創造魔法。
 これなら、自分の知っているものなら、何でも作ることができる。
 たとえ、この世界にないものだとしても。ーー他の、ゲームのものだとしても。

(聖剣 エクスカリバー!)

 彩花は、思い描いた武器ーーエクスカリバーを装備する。

「さて、第二ラウンド行きましょうか」
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