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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

33. 毒花の完全開花

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 自室に戻ったマリエンヌは、計画の練り直しをしていた。
 それは、先ほど会ったジェーンが思ったよりもまともそうだったからである。

 マリエンヌに対して取り繕いができていなかったところは少し問題があるが、それ以外は特に貴族令嬢として不足はない。
 友人であるリネアの言葉を鵜呑みにせず、マリエンヌには尋ねるくらいで済ませたことや、マリエンヌの言葉に疑いをかけたり明らかな反論を見せたりしなかったところから見ても、マナーは心得ているようだ。

 リーフレット男爵家は成り上がりであるはずだが、仮にも由緒正しい貴族であるリネアよりもまともだという事実に、マリエンヌは別の意味で頭を抱えたくなる。
 まぁ、リーフレット男爵家は、元商家としてかなり蓄えがあるはずなので、質のいい教師を雇えただけかもしれないが。

 どちらにしても、ジェーンが貴族として及第点以上だという事実がある以上、計画をこのまま進めることはできない。
 あれは、友人たちがリネアと同レベルであるという前提があってのものなので、その前提が崩れたなら意味がない。

(ジェーンさまをこちらに引き入れられないかしら……)

 元々リネア側であったジェーンをこちらに引き入れることができれば、マリエンヌがまだ知らない情報を手にすることもできるだろう。

(そのことも含めて、レオナルドさまに相談しましょ)

 マリエンヌは、シーラにレオナルドの元に行くことを伝えて、再び部屋を出た。

◇◇◇

 再び生徒会室に来たマリエンヌは、ドアをノックする。

「マリエンヌ・リュークです」
「入ってくれ……」

 中から入室の許可が聞こえたので、マリエンヌはドアノブに手をかける。
 やけに声に張りがないなと思いながらドアを開けると、そこにはレオナルドの他に、アレクシス、アリスティア、ミルレーヌ、ルクレツィアが共にいた。

「……レオナルドさま。人払いをされたのでは?」
「ああ。だから、事情を知らない者は全員退出させた」
「知らない者を……ですか?」

 マリエンヌの視線は、ある一点に注がれる。マリエンヌと目があった人物は、マリエンヌににこりと微笑んだ。

「マリエンヌさまが陰ながら動かれていることはアレクからお聞きしておりました」

 マリエンヌが思わずアレクシスを睨むように見てしまったのは、仕方のないことだ。おそらくは、必要最低限しか話していないと思われるが、その最低限すらマリエンヌにとっては余計なことである。

「わたくしも、薄々そうではないかと思っておりましたわ。アリスティアさまがマリエンヌさまに相談されてから事態が動き出しましたもの」

 ルクレツィアはふふっと優雅に微笑む。マリエンヌは頑張って隠していたつもりだが、ルクレツィアには気づかれていたらしい。
 だが、リュークの毒花と呼ばれた彼女は、これくらいで焦りを見せたりはしない。今のところ、アリスティアとルクレツィアからは正義感で動いたと思われていそうだ。それなら、それで通すまでだった。

「わたくしが表だって動いてしまうと皆さまにもご迷惑がかかってしまうかと……」

 マリエンヌが少し困り顔をして見せると、アリスティアが真っ先に反応する。

「マリエンヌさまだけで抱え込む必要はございません。それに、黙って見ているだけなんて我慢なりませんもの」
「ええ。やつ……失礼、ロジェット子息もこのまま大人しくしているとは思えませんし」

 ミルレーヌもアリスティアの言葉に同意するように話しているが、ただ自分の欲求を満たしたいだけということをマリエンヌは見抜いていた。
 まぁ、ミルレーヌのほうもマリエンヌの本音は見抜いているだろうが。

「国の膿を排除するのは臣下として当然の務めですもの。このまま行けばわたくしは宰相夫人になってしまうでしょうし」

 ルクレツィアの婚約者のジルヴェヌスは宰相の息子である。
 宰相は実力のある者が就任するので、必ず息子が受け継ぐわけではないが、宰相が直接推薦するようなことがあれば、よほどの無能でもない限りは通るので、ほとんど世襲制といっても過言ではない。
 だが、ジルヴェヌスが田舎者と揶揄される男爵令嬢に籠絡されたと噂になっている以上、すんなりと宰相に任命されるとは思えないが、リーグス家の考えがわからない以上、断言はできない。

「……まぁ、人手が多いに越したことはないからな」
「……そうですわね」

 マリエンヌは少し不満な思いを混ぜながら頷く。レオナルドの言う人手とは、協力者ではなく、マリエンヌの暴走を止めるストッパーのことである。
 マリエンヌの性格をよく把握しているレオナルドは、人が多いところではマリエンヌが本性を露にできないのを知っている。
 本人はもう隠すつもりがなかったとしても、十年近く隠し続けてきた癖というものは、簡単には抜けない。無意識のうちに抑え込んでしまうのだ。

 ……そう、いつもなら。以前までのマリエンヌになら、この手は通用していただろう。これで抑えてくれたに違いない。
 だが……舞台作りを終えて、完全にやる気だったマリエンヌは、この程度では抑えられなかった。

「では、早速ですが役割分担いたしましょう。ミルレーヌさまは引き続きにライオネルさまの対処に当たっていただいてもいいでしょう。ルクレツィアさまはジルヴェヌスさまを。アリスティアさまはーー」
「待て待て待て!!」

 次々と指示を飛ばしていくマリエンヌを、レオナルドは慌てて制止する。
 アレクシスは頭を抱え、ミルレーヌは楽しそうに微笑み、ルクレツィアは困り顔、アリスティアは呆けてと、周囲の反応は多種多様に渡った。

「あら、レオナルドさまはまだお呼びしておりませんよ?」
「そういうことではない。まさか、一人で動くつもりではないだろうな」

 どうやら、役割分担を提案したことで、また一人で動こうとしているのではと疑いをかけられたようだ。
 マリエンヌは納得し、にっこりと微笑む。

「ご安心くださいませ。わたくしはレオナルドさまといるつもりでしたから」
「……まったく安心できないんだが。本当に、なのか?」

 レオナルドの疑問に、マリエンヌは無言の笑みを浮かべる。
 これだけで、マリエンヌが何か仕掛けるつもりなのを、この場にいる全員が察したことだろう。

「ええ、いるだけです。婚約者なのですから、二人で歩いていても問題ありませんし。学園内を歩いていれば、リネアさまとお会いするようなことがあるかもしれませんが、そのときはご挨拶するだけですよ」

 マリエンヌの意図に気づいたレオナルドは、軽くため息をついて頭を抱える。
 クスクスと余裕な笑みを向けるマリエンヌに、レオナルドはせめてものの意趣返しをしてやろうとマリエンヌの手首を掴み、自分のほうに抱き寄せた。

「なら、いっそのことしっかりと見せてみるか?愛しい婚約者殿」

 そう耳元で囁いて見せると、マリエンヌは顔を赤くして、レオナルドを突き飛ばすようにして離れる。

「あ、アレクシスさまはアリスティアさまとご一緒してください!お話は終わりです!」

 そう言って逃げ出すように出ていこうとするマリエンヌに、レオナルドは提案する。

「ひとまず、明日からは寮まで迎えに行こうか?」

 マリエンヌは、少しの間動きを止めたが、いつもよりも一際小さな声で、「お願いいたします」と返し、生徒会室を出た。

「いや~、マリエンヌさまもあんな顔するんですね」
「わたくしも初めて見ましたが、アレクも見たことがないのですか」
「マリエンヌさまは、笑ってるところしか見ないからな」

 いろいろな意味でだが、とアレクシスは心のなかで付け足す。

「ですが、やけにレオナルド殿下は手慣れていたような……」

 じっとレオナルドのほうを見つめるミルレーヌに、アレクシスが答える。

「ああ、リネア嬢を口説いてたからじゃないでしょうか。こちら側に振り向いてもらうには、甘い言葉をかけるのが一番なんで……」
「おい、アレクシス!誤解を招きかねない言い回しはやめろ!マリエンヌに聞かれたらどうする!」

 レオナルドは慌てているが、マリエンヌは、先ほどの出来事で完全に生徒会室からは離れていたので聞かれる心配はなかった。
 だが、もう一人聞かれるとまずい存在がいることは頭に入っていない。

「……アレク、口説いてたんですか?」

 アリスティアは、今日一番の笑顔を見せる。だが、目はまったく笑っていない。

「いやいや、俺はやってねぇよ!レオナルドさまが相手できないときにちょっと話し相手になったくらいだし」
「……ちょっと、ですか」

 アリスティアは笑みを崩さない。当のアレクシスだけでなく、その場にいる者のほとんどが不穏な空気を感じ取っていた。
 ミルレーヌだけは、楽しそうに微笑んでいるが。

「レオナルド殿下。わたくし、アレクシスさまとお話しすることがありますので、これで」
「あ、ああ……」

 ぐっとアレクシスの腕を掴み、なかば引きずるようにしてアリスティアは生徒会室を出ていく。そのときのアレクシスの顔は、もう見たくない。

「では、わたくしもジルヴェヌスさまにいろいろと約束を取りつけて参りますので」
「ああ、頼む」

 続くようにして、ルクレツィアも部屋を出ていく。
 一人残された苦労人のレオナルドは、深くため息をついた。
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