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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

27. 次の下準備 1

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 レオナルドへ報告した翌日、マリエンヌは次の下準備として、ジルヴェヌスとの接触を図った。
 今回は、あくまでも交流を持ち、警告を行うだけだ。欲張るとこちらが突き落とされてしまう。

「ごきげんよう、ジルヴェヌスさま。お久しぶりですわね」

 マリエンヌは、優雅に微笑みながら声をかける。
 レオナルドが手を回してくれていたのか、それとも本当にただの偶然か、ジルヴェヌスと会うことができた。
 本当なら、アリスティアとシェリーナに話を通してからにしておきたかったのだが、会ってしまったなら仕方ない。
 ここで無視して、また話しかけるのも違和感がある。

「ええ。お久しぶりです、マリエンヌさま」

 ジルヴェヌスも、マリエンヌと同じように当たり障りない笑みを浮かべた。

「何かご用でしょうか?」
「たまたま姿をお見かけしたものですから。ルクレツィアさまは大切な友人ですし、ご挨拶しておかねばと」
「そうでしたか」

 ジルヴェヌスは、笑みを崩さない。これだけで焦りを見せるとは思っていなかったが、やはりライオネルと比べると手強そうだ。
 ライオネルがひどすぎただけかもしれないが。

「二年棟に何かご用ですか?ジルヴェヌスさまは三年生ですわよね?」

 ここの学園は、三年制であり、それぞれ学年ごとの校舎がある。人数によって変わるが、教室は五つほどあり、その他はサロンであったりピアノ室があったりする。
 そのため、サロンは基本的に自分の学年の校舎を使用するのが習わしだ。
 つまりは、何か理由がない限り他学年の校舎にいることはない。

 もう少し、突っついてみてもいいかもしれない。

「ルクレツィアさまとは、最近はどうなのでしょう?以前のお茶会では、あまり交流ができていないご様子でしたが」
「そのようなことはありません!」

 マリエンヌの言葉を、ジルヴェヌスは即座に否定してくる。
 その言葉に、嘘は感じられない。少なくとも、ジルヴェヌスはルクレツィアを蔑ろにしていたつもりはなさそうだった。

「ですが、最近は友人との交流を優先しているようだと」
「……確かに、学園に通いだしてからはルクレツィアとの交流が減っていたのは事実ですが、友人を優先したつもりはありませんでした」

 ジルヴェヌスは、訴えかけるように言う。その思いが真実かどうかはわからないが、交流を持っていたのは確かなので、その思いを否定することはできない。

「そのつもりがなくとも、ルクレツィアさまはそのような思いを抱いていたようですわ」
「……そうですか。なら、もう少し時間を取ってみます」
「ええ、お願いいたしますわ」

 今回は、これくらいでいいだろう。これ以上の深入りは無用だ。

 これで変わらないようなら……もう少し、考える必要がありそうだが、今はいいだろう。

(ルクレツィアさまのところに行きましょうか)

 マリエンヌは、ルクレツィアがいるであろう教室へと足を進めた。

◇◇◇

 ルクレツィアの教室は、三年棟にある。マリエンヌの教室がある二年棟からは少し離れているが、そこまで長いわけでもない。
 教室に着いたマリエンヌは、ドアをノックする。

「はい……マリエンヌさま?どうしましたか?」

 アリスティアを呼びに行ったときの一年生とは違って、公爵令嬢のマリエンヌが訪ねてもずいぶんと落ち着いている。
 さすがは最高学年といったところだろうか。

「ルクレツィアさまはいらっしゃいますか?お話ししたいことがあるのです」
「はい、いらっしゃいますよ。お呼びいたします」

 一度教室の中に戻った女子生徒は、ルクレツィアを連れて、すぐにマリエンヌの元に戻ってきた。

「マリエンヌさま。わたくしにご用が?」
「ええ。少々交流棟までご一緒していただいても?」
「もちろんかまいませんわ」

 マリエンヌは、ルクレツィアを連れて交流棟に向かう。今回は、サロンを借りていない。やましいことなどまったくないので、隠す必要がないからだ。むしろ、人がいたほうが都合がいい。

「ルクレツィアさま、急にお呼び立てしてすみません」
「いえ、マリエンヌさまのお誘いでしたらいつでも歓迎しますわ」

 ルクレツィアは、気前よく対応してくれる。
 以前のお茶会の件で、自分の本性にはある程度勘づかれているはずだが、それでも態度を変えないルクレツィアのほうが、慈悲深いというイメージに合いそうだ。

「それで、何かご用がおありだったのでは?」
「ええ、少し耳に入れていただきたいことがありましたの」

 マリエンヌは、先日の出来事をルクレツィアに伝える。

 ライオネルに注意を促す目的で、レオナルドと共に話し合ったこと、その時に、ミルレーヌが悪し様に言われていて悲しかったことを強調して伝えた。

「リネアさまに熱を入れているという話はわたくしもよく聞いておりましたけど、ミルレーヌさまのことまでなんて……」
「わたくし、何も言葉が返せなくて……そのまま別れてしまいましたの。ミルレーヌさまはわたくしの大切な友人ですのに……」

 目を伏せ、マリエンヌは顔を隠す。

「マリエンヌさまには非はございませんわ。わたくしでも、なんて返せばよいのかわかりませんもの」

 ルクレツィアは優しくマリエンヌを励ます。

「ありがとうございます、ルクレツィアさま」

 マリエンヌは、少しぎこちなく微笑む。ルクレツィアの気遣いは、マリエンヌにとってはありがたいものだった。
 マリエンヌの言葉を、まったく疑っていなさそうだから。無論、ライオネルに関しては虚言でもなんでもないのだが。

「その……ルクレツィアさまのほうはどうですか?ジルヴェヌスさまも、その……」

 マリエンヌは言葉を濁すが、ルクレツィアは気がついたらしく、落ち着いた声色で言う。

「わたくしは大丈夫です。元々ジルヴェヌスさまに強い好意は抱いておりませんでしたし、そこまで逸脱した行いはしておられませんし」

 ルクレツィアの言葉に、マリエンヌは何も言わなかった。
 朗らかな笑みは向けているものの、平気なようには見えない。好意を抱いていないのは事実なのだろうが、やはりリネアを優先されることには思うところがあるようだ。

 マリエンヌは、チラリと周りの様子を伺う。そんなに多くの生徒がいるわけではないが、ほとんどの生徒がマリエンヌとルクレツィアに注目しているようだった。
 これは、かなりいい傾向だ。

(このまま、あの話もしていいかしらね)

 マリエンヌは周りの様子を伺いながら、とある話題を口にする。

「そういえば、先ほどジルヴェヌスさまにお会いしましたわ」
「まぁ……。あの人は何を……?」
「いえ、少し挨拶を交わしただけですよ。大したことは話しておりません」
「そうでしたか」 

 ルクレツィアは、明らかにほっとした様子を見せた。それを見て、マリエンヌはわずかばかりに罪悪感を抱く。
 ルクレツィアは、友人として自分を心配してくれている。この大げさな反応はわざとだろうが、友人としてずっと交流してきたマリエンヌには、ルクレツィアが心配する気持ちが本物であることはわかった。
 それなのに、自分はルクレツィアを利用しようと呼び出した。

「ルクレツィアさま。わたくし、シェリーナさまともお話ししたいと思っているのですが、ルクレツィアさまはお時間はおありで?」
「お誘いは嬉しいのですが、この後は次の試験に向けての勉強をする予定でしたので……」
「……そうですか。それなら仕方ありませんわね」

 できることなら、ルクレツィアと共に行動したかったところだが、たとえリネアと遭遇するようなことがあっても、ルクレツィアならば心配はいらないだろう。ジルヴェヌスに言い負かされるようなこともないと思われる。
 そういう意味での心配はしていないが……マリエンヌの罪悪感はいまだに消えない。
 さすがに、そのまま別れるのはあまりにも失礼だと感じて、マリエンヌはルクレツィアに笑いかける。

「では、次の休日は、もう少しゆっくりとお茶会をいたしませんか?ルクレツィアさまの都合のいい日時でかまいませんわ」

 この誘いに関しては、裏など一切ない純粋な好意だった。ルクレツィアが自分に好意を向けてくれるのなら、こちらも返さなければならない。
 マリエンヌの提案に、ルクレツィアは顔を輝かせる。

「はい。喜んでお受けいたしますわ。ミルレーヌさまとアリスティアさまもご一緒させても?」
「ええ、わたくしはかまいませんわ。せっかくですし、シェリーナさまもお誘いしませんか?」
「そうですわね。最近はあまり話せていませんでしたし、他の二人も喜ぶと思いますもの」

 シェリーナのことをアリスティアに任せてから、あまり交流を持てていなかったのだが、アリスティアたちとしっかり交流を深めていたらしい。
 子爵家からすれば、娘がこれ以上ない縁を結んでくれたのだから、これからは足を向けることはできないだろう。
 もしかしたら、アリスティアたちと縁を結ぶきっかけとなったマリエンヌのことを、好意的に思っているかもしれない。

「では、シェリーナさまに話を通しておきますわね」

 ルクレツィアとのお茶会のことも含めて尋ねようと思い、マリエンヌはルクレツィアと別れた。
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