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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

20. こっちから (リネア視点)

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 アリスティアがマリエンヌとどこかに行ってしまい、リネアは、アリスティアが出ていったドアのほうを睨み付けていた。
 だが、睨み付けているのは、ドアではない。先ほどまで、そこから覗いていたマリエンヌだ。もうそこに本人はいないのに、ただ睨んでいるのである。

(マリエンヌ……何をするつもりなの?)

 てっきり、アリスティアを呼びに来ただけだと思っていた。
 マリエンヌとアリスティアが友好関係にあるのは、リネアも知っている。

 だからこそ、アレクシスを手放すことになったといっても過言ではない。アリスティアがマリエンヌを唆したのだから。

 でも、それだとマリエンヌのあの様子の説明がつかない。
 あの、何かを探すようにキョロキョロしていたのが。

 アリスティアを呼びに来たと言っていたんだから、最初はアリスティアを探しているのだと思っていた。だが、リネアと目があった瞬間に、動きを止めた。
 探していたのは自分だったのだと、リネアはすぐに気づいた。

 そして、リネアの大っ嫌いな、令嬢らしい嫌な笑みを向けられて、リネアは思わず、キッと睨み付けてしまった。
 だが、今考えると、マリエンヌはなぜ、自分を探すような素振りをしていたのかわからない。
 単純に、自分を見に来たとでも言うのだろうか?それなら、アリスティアに用があるように振る舞っていたのは、カモフラージュなのだろうか。

 それとも、自分の件のほうがついでなのか。

 どちらにしても、マリエンヌが何かの目的でここに来たことは間違いない。単純にお茶会がしたいなら、手紙でも出せばいい話だ。
 だからこそ、自分に何かあるのかという考えに至っているわけだが、どれだけ考えてもわからない。

 もしかしたら、考えすぎかもしれない。本当に、マリエンヌはアリスティアとお茶会をしたくて誘いに来たのかもしれない。
 だって、最初に会ったときのマリエンヌは、噂通り単純そうな女だったから。

 だが、嫌な予感は消えてくれない。
 明らかに、マリエンヌは変わっている。以前とは違い、狡猾さが露になっている。

(あーもう!なんで私が、あんな女のことを考えなくちゃいけないのよ!)

 今まで、うまく行っていたのに。
 適当に笑顔でも振り撒けば、馬鹿な男たちは自分に群がり、甘い言葉の一つや二つでもかければ、自分に盲信した。

 リネアのような田舎者に婚約者や恋人が惹かれているのが悔しいのか、中央貴族の愚かな女たちは、狂ったように自分を責める。
 内容は、リネアを田舎者、ふしだらと呼び、色目を使うなの一点張り。

 あまりにも、幼稚でつまらなかった。
 このような扱いは、地方貴族でもあるにはあったが、その内容といえば、ブラットン男爵家との取引の停止や、治安維持の協力拒否など、割とシャレにならないことを平気でされた。
 まぁ、自分に近づいてきた男たちを利用すればよかったので、そこまでの問題にはならなかったが。

 だが、中央貴族の社交界では、高度な駆け引きがあると聞いていたから、それ以上のものがあると警戒していた。
 さすがに、ガツガツと狙いには行かないほうがいいかと考えていたくらいだから、最初はリネアもかなり慎重に動いていた。

 だからこそ、あまりの幼稚さに拍子抜けしてしまったくらいだ。
 田舎者と馬鹿にしていたが、やっていることが田舎者以下だと思うと、笑いしか込み上げてこなかった。

 何か圧をかけてくるわけでもなく、文句を言うことしかできない有象無象を警戒していた自分が馬鹿みたいだった。
 中央貴族がこの程度ならば、もっと早くから動いておくべきだった。でも、そうとわかったのなら、今から動けばいい。

 地方にいたときと同じように、自分は友だちなのにと涙の一つでも見せてやれば、男たちは令嬢たちを責めた。まるで、正義の騎士であるかのように。

 この調子なら、まだ上も狙えると、上級貴族にも声をかけた。
 大抵は、婚約者のいる身ではあったが、所詮は男だ。礼節と堅苦しいばかりの人形よりも、笑顔を振り撒いて優しい言葉をかける人間のほうが、好意を向けてくれる。
 そのまま、少しずつ仲を深めていけば、男たちはもう自分なしでは生きられなくなる……はずだったのだ。

 あの女ーーマリエンヌが、この状況を作り出すまでは。

(あの女のせいで、なにもかもうまくいかないわ!)

 リネアも、黙ってはいなかった。このように邪魔立てされることはなかったわけではない。
 こういうときは涙を見せて謝罪でもすれば、言いすぎだと令嬢たちのほうが責められる。
 それからしばらくはほどほどの距離を保って、ほとぼりが冷めたらまた交流を持つ。

 こうすれば、楽に対処できた。今回も、そのように振る舞ったのに……今までとは、まったく結末が異なった。
 自分には何もしてこなかったのは変わらないが……マリエンヌは、ただでは転ばなかった。

 リネアが再び交流を持とうと近づいたとき、なぜかリネアに盲目的になっていたはずの男たちが、リネアを避けるようになっていたのだ。
 一体どういうことなのかと、男たちを問い詰めようにも、やけに言葉を濁す。まともに話そうともせずに、逃げた者もいた。

 その後、友人から聞いた話によれば、どうやらリネアを責め立てていた令嬢たちが、こぞって男を責めだすようになったらしい。
 それも、ただ悪し様に罵るのではなく、婚約者が可哀想だとか、なぜ友人のリネアより婚約者の自分を優先してくれないのかと、訴えかけるような言い方だったという。

 リネアは、やられたと感じた。
 自分と同じような手を使うことで、周囲の同情を買いやすくした。しかも、彼女たちの言葉は正当性があるため、余計に周囲の同情を集めやすい。
 リネアが交流を中断してから、一週間も経っていないというのに、気づけばリネアの周りから半数以上の男がいなくなっていた。みんな、焦ったように周囲のご機嫌取りに走っている。

 友人たちは、急な令嬢たちの変化に戸惑うばかりだったが、リネアは気づいていた。

 マリエンヌ。あの女が、周りを焚き付けたのだ。

 根拠はない。でも、マリエンヌがリネアの周りをうろつくようになってから、なにもかもうまくいかなくなったから、今回のことも、マリエンヌが関わっている気がしてならなかった。
 実際に、リネアの勘は当たっている。

(早く……あの女をどうにかしないと……!)

 そうは思うものの、いい考えはなかなか浮かぶものではない。
 今は学園で一つの勢力になりつつあるリネアも、元は大した力も持たない地方貴族の男爵令嬢。王子の婚約者であるマリエンヌを簡単に引きずり下ろすことなどできない。
 レオナルドならばなんとかなったかもしれないが、そのレオナルドとも、最近は会うことがない。
 会っていたときも、あまり反応は芳しくなかったので、大して期待はできなかったかもしれないが。

(こうなったら、こっちからマリエンヌに接触するしかないわね……)

 理由はわからないが、マリエンヌはなぜか自分と直接会おうとはしない。いつも周囲の者を差し向けている。
 なら、自分が直接マリエンヌと対峙すれば、それだけでマリエンヌにとっては予想外のはずだ。幸いというべきか、自分が反省しているという噂は、消えてはいない。

 そこで言葉巧みに訴えかければ、マリエンヌの悪評が立つだろう。うまく行けば、マリエンヌの本性を白日の下に晒せるかもしれない。

(もう、あんたの思い通りにはいかせないわ……!)

 リネアは、人目から隠れながらも、ニヤリと笑った。
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