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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~
25. 結託
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「……ということがありまして」
サロンに戻ってきたマリエンヌは、ミルレーヌに先ほどのことをぼかしもせずに伝えた。
ミルレーヌに話すと宣言をしたのだから、下手に隠したところで仕方ない。
マリエンヌが話し終わるのとほぼ同時に、ミルレーヌは、はぁとため息をつく。
「そのような無礼な態度を取られるとは……婚約者として謝罪いたしますわ」
「いえ、わたくしは気にしておりませんわ。それよりも、ミルレーヌさまはどう思っていらっしゃるのですか?」
直接ではないとはいえ、婚約者にあれほど言われていた。
普通の令嬢なら、腹を立てるか、はたまた呆れ果ててもおかしくない。
そう。普通の令嬢なら。だが、ミルレーヌも普通の令嬢ではなかった。
「どう……とは?わたくしが気にするようなことが?」
ミルレーヌは、こてんと首をかしげる。
その顔を見れば本当にわからないというのは感じ取ったが、わからないのはマリエンヌのほうだ。
「……苛立ちや呆れのようなものはないのですか?」
もう少し具体的に聞いてみると、ようやく思い当たったような顔をして、ふて腐れるように答える。
「何とも思いませんわ。一応は婚約者ですから、相応の対応はしますけど、本音を言えばどうでもいいというか、放っておきたいので」
「……そうですか」
あのライオネル相手なら、そうなるのもわからなくはないが、婚約者としてはかなり冷たい対応だ。
ミルレーヌの元からの性格のようだが、そんなんだからリネアの毒牙にかかったのではないかと思わざるを得ない。
まぁ、だからといって、ライオネルを擁護する気は欠片もないが。
「それで、マリエンヌさまはどうなさるのですか?」
「どう……とは?」
ミルレーヌの言葉の意図がわからずに、マリエンヌは聞き返す。
……いや、まったくわからないわけではない。なんとなく、本当になんとなくだが、意図の予想はついている。
違っててほしいとひそかに思っていると、ミルレーヌが口を開いた。
「話の内容にしては、どこか楽しそうに見えたので、何かなさるのかと」
……なぜ、後ろ向きな予想ほど、よく当たるのだろうか。
これは、『いつもより機嫌がいいですね』と言われたときと、ほぼ同じ状況だ。
王妃教育を受けているため、ポーカーフェイスはそれなりに鍛えられているはずなのだが、どこが楽しそうに見えてしまったのだろうか。
それとも、わずかな表情の機敏で気づいたのか。だとしたら、とんでもない観察力だ。
だが、今は気づかれた理由を、深く考える必要はない。
この言葉に、どう返答するべきか。
以前は、本性を隠していたので、否定していたが、今は違う。
否定する理由がない。
「ええ。あれを放っておけば、学園どころか、貴族社会の不和も招きかねないと思いますから。さすがに放っておけませんわ」
「……まぁ、そうですわね。あれはもう救いようがありませんわ」
ため息をつきながら、仕方ないという雰囲気を醸し出しているが、その目は、何かを期待するかのように、チラチラとマリエンヌを見ている。
もしや、とマリエンヌは感じた。
以前から兆候はあった。
良好な関係ではないとはいえ、婚約者のことがどこか他人事であったり、マリエンヌが楽しそうなときだけ、やけに核心をつくような発言をしたり。
以前のお茶会で虫除けを頼んできたときは……やけに楽しそうだったり。
もしかしたら、違うかもしれない。マリエンヌの友への思いが、そのような見当違いな考えを生み出したのかもしれない。
だか、確かめずにはいられない。マリエンヌは、一縷の望みをかけるように言った。
「ええ。彼は、何もわかっておられませんもの。自分が何をしでかしたのか、その身に教える必要があると思いませんか?」
ふふっと笑いかけると、ミルレーヌは屈託のない笑みで返す。
「はい。わたくしも、あの生意気な顔を歪ませてやりたいと思っていたところでしたわ。ようやく彼にも手を出してくださるのかと思うと、気分が高揚して仕方ありませんの」
語っているうちに、だんだんと恍惚し始める。素材が整っているのもあり、その姿は、妖艶な女性を思わせた。
殿方の前でやれば、何人かは落とされそうだ。
このように、呆れながらミルレーヌを見ているが、毒花のマリエンヌも似たようなものなので、人のことは言えないということに、本人は気づいていない。
「では、どうせなら共同で行いませんか?わたくしは、ルクレツィアさまのほうも対処せねばなりませんから、ミルレーヌさまはライオネルさまのほうを」
「ええ、もちろん協力させていただきますわ。婚約者なら、多くの口実が使えますから、いくらでも接触できますものね」
うきうきした様子を隠しもせずに、ライオネルさまに文を出そうかしら、などとぶつぶつ呟いている。
やはり、彼女はマリエンヌと同類だったらしい。お茶会での尋問のような言葉も、マリエンヌの本性に勘づいていたというよりは、単純に自分の好きな話題で話したかっただけなのだろう。
どうやってリュークの毒花を知ったのかはわからないが、ちょっとした噂のようにはなっていたはずなので、そのときに知ったのかもしれない。
あくまでも噂程度なので、たずねるだけで留めたのであれば、あの核心のつくような言葉の意味も説明がつく。
そう思うと、ミルレーヌに抱いていた苦手意識が、少し薄れたように感じた。
「では、わたくしはレオナルドさまとお話しさせていただくことがありますので、失礼いたしますわ」
「かしこまりました。またお話ししましょう」
用件は済んだ。後は、レオナルドに報告して、シルヴェヌスの対処法を考える必要がある。
シルヴェヌスさえなんとかできれば、リネアは勝手に自滅するだろう。
(もうすぐ、リネアさまのいい顔が見られそうだわ)
高揚感を胸に抱きながら、マリエンヌはミルレーヌに軽く会釈し、サロンを後にした。
サロンに戻ってきたマリエンヌは、ミルレーヌに先ほどのことをぼかしもせずに伝えた。
ミルレーヌに話すと宣言をしたのだから、下手に隠したところで仕方ない。
マリエンヌが話し終わるのとほぼ同時に、ミルレーヌは、はぁとため息をつく。
「そのような無礼な態度を取られるとは……婚約者として謝罪いたしますわ」
「いえ、わたくしは気にしておりませんわ。それよりも、ミルレーヌさまはどう思っていらっしゃるのですか?」
直接ではないとはいえ、婚約者にあれほど言われていた。
普通の令嬢なら、腹を立てるか、はたまた呆れ果ててもおかしくない。
そう。普通の令嬢なら。だが、ミルレーヌも普通の令嬢ではなかった。
「どう……とは?わたくしが気にするようなことが?」
ミルレーヌは、こてんと首をかしげる。
その顔を見れば本当にわからないというのは感じ取ったが、わからないのはマリエンヌのほうだ。
「……苛立ちや呆れのようなものはないのですか?」
もう少し具体的に聞いてみると、ようやく思い当たったような顔をして、ふて腐れるように答える。
「何とも思いませんわ。一応は婚約者ですから、相応の対応はしますけど、本音を言えばどうでもいいというか、放っておきたいので」
「……そうですか」
あのライオネル相手なら、そうなるのもわからなくはないが、婚約者としてはかなり冷たい対応だ。
ミルレーヌの元からの性格のようだが、そんなんだからリネアの毒牙にかかったのではないかと思わざるを得ない。
まぁ、だからといって、ライオネルを擁護する気は欠片もないが。
「それで、マリエンヌさまはどうなさるのですか?」
「どう……とは?」
ミルレーヌの言葉の意図がわからずに、マリエンヌは聞き返す。
……いや、まったくわからないわけではない。なんとなく、本当になんとなくだが、意図の予想はついている。
違っててほしいとひそかに思っていると、ミルレーヌが口を開いた。
「話の内容にしては、どこか楽しそうに見えたので、何かなさるのかと」
……なぜ、後ろ向きな予想ほど、よく当たるのだろうか。
これは、『いつもより機嫌がいいですね』と言われたときと、ほぼ同じ状況だ。
王妃教育を受けているため、ポーカーフェイスはそれなりに鍛えられているはずなのだが、どこが楽しそうに見えてしまったのだろうか。
それとも、わずかな表情の機敏で気づいたのか。だとしたら、とんでもない観察力だ。
だが、今は気づかれた理由を、深く考える必要はない。
この言葉に、どう返答するべきか。
以前は、本性を隠していたので、否定していたが、今は違う。
否定する理由がない。
「ええ。あれを放っておけば、学園どころか、貴族社会の不和も招きかねないと思いますから。さすがに放っておけませんわ」
「……まぁ、そうですわね。あれはもう救いようがありませんわ」
ため息をつきながら、仕方ないという雰囲気を醸し出しているが、その目は、何かを期待するかのように、チラチラとマリエンヌを見ている。
もしや、とマリエンヌは感じた。
以前から兆候はあった。
良好な関係ではないとはいえ、婚約者のことがどこか他人事であったり、マリエンヌが楽しそうなときだけ、やけに核心をつくような発言をしたり。
以前のお茶会で虫除けを頼んできたときは……やけに楽しそうだったり。
もしかしたら、違うかもしれない。マリエンヌの友への思いが、そのような見当違いな考えを生み出したのかもしれない。
だか、確かめずにはいられない。マリエンヌは、一縷の望みをかけるように言った。
「ええ。彼は、何もわかっておられませんもの。自分が何をしでかしたのか、その身に教える必要があると思いませんか?」
ふふっと笑いかけると、ミルレーヌは屈託のない笑みで返す。
「はい。わたくしも、あの生意気な顔を歪ませてやりたいと思っていたところでしたわ。ようやく彼にも手を出してくださるのかと思うと、気分が高揚して仕方ありませんの」
語っているうちに、だんだんと恍惚し始める。素材が整っているのもあり、その姿は、妖艶な女性を思わせた。
殿方の前でやれば、何人かは落とされそうだ。
このように、呆れながらミルレーヌを見ているが、毒花のマリエンヌも似たようなものなので、人のことは言えないということに、本人は気づいていない。
「では、どうせなら共同で行いませんか?わたくしは、ルクレツィアさまのほうも対処せねばなりませんから、ミルレーヌさまはライオネルさまのほうを」
「ええ、もちろん協力させていただきますわ。婚約者なら、多くの口実が使えますから、いくらでも接触できますものね」
うきうきした様子を隠しもせずに、ライオネルさまに文を出そうかしら、などとぶつぶつ呟いている。
やはり、彼女はマリエンヌと同類だったらしい。お茶会での尋問のような言葉も、マリエンヌの本性に勘づいていたというよりは、単純に自分の好きな話題で話したかっただけなのだろう。
どうやってリュークの毒花を知ったのかはわからないが、ちょっとした噂のようにはなっていたはずなので、そのときに知ったのかもしれない。
あくまでも噂程度なので、たずねるだけで留めたのであれば、あの核心のつくような言葉の意味も説明がつく。
そう思うと、ミルレーヌに抱いていた苦手意識が、少し薄れたように感じた。
「では、わたくしはレオナルドさまとお話しさせていただくことがありますので、失礼いたしますわ」
「かしこまりました。またお話ししましょう」
用件は済んだ。後は、レオナルドに報告して、シルヴェヌスの対処法を考える必要がある。
シルヴェヌスさえなんとかできれば、リネアは勝手に自滅するだろう。
(もうすぐ、リネアさまのいい顔が見られそうだわ)
高揚感を胸に抱きながら、マリエンヌはミルレーヌに軽く会釈し、サロンを後にした。
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