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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~
21. バレないように
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アリスティアとのお茶会を終えて、マリエンヌは寮の自室へと戻っていた。
「お嬢さま。ラニアからこちらをお預かりしております」
ラニアとは、母であるエルファーナに仕える影だ。マリエンヌにとってのシーラのようなものである。
そのラニアから預かっているものとなると、一つしかない。
「やっと終わったのね?」
「……これでも早いほうですよ?」
不満を漏らしているとでも思われたのか、シーラは苦笑しながらそう言う。
マリエンヌは、なんて言っていいかわからずに視線をそらした。
別に、遅いと思っているわけではないが、もう少し早いと嬉しかったと思うと、口から出る声に、不満が混じってしまっただけなのだが、不満を漏らしたことと何が違うのかと問われれば、答えることは難しい。
「とりあえず、中身を確認してみないとね」
わかりやすいくらいに話をそらしながらも、マリエンヌは渡されたものに目を通す。
シーラの持ってくる報告書とは文体が異なるため、少し読むのに時間はかかったが、ひとまず内容は理解できた。
(思ったよりもいい具合だわ)
母は、リュークの毒花をあまり快く思っていないし、それに加えて、頼みごとをしたときのあの態度では、どこまでやってくれるかと少し懸念していたが、それは杞憂に終わったらしい。
頭を抱えてはいたが、引き受けたからには手抜きせずにやってくれたようだ。
感情のままに動かないのは、さすがは公爵夫人というところだろう。
だが、最後の一文だけには、マリエンヌの顔はひきつった。
ーー奥さまが、報告書についてのお嬢さまの意見をお聞かせいただきたいそうです
この一文は、一見すれば、この情報で満足なのかという確認に取れるが、そうではない。いや、どの情報が役に立つのか、どういう情報が欲しいのかを伝えれば、聞き入れてはくれるだろう。だが、本当の狙いではない。
本当の狙いは、エルファーナの性格からして、自分がどう動くのか詳細に報告しろということだろう。
お茶会したときも、一人で動くなと念押しされたくらいだから。
マリエンヌとしては、別に母に報告することは構わない。
エルファーナは、リネアの件は一任すると言っていたくらいだから、説教じみたことを言ってくることはあっても、止めてくることはないと思うし、検閲として、レオナルドに見られたとしても、そこまでの問題ではない。
何を懸念しているのかというと、弟にバレることである。
毒花を最も嫌悪していたのは、レスティードである。
別に、母のように勝手に軽蔑するくらいなら構わないが、強い正義感と、無駄に誇り高いレスティードは、必ず自分のもとに来て説教をするのだ。
それが、マリエンヌにとっては面倒だった。
影でこそこそと動くのが貴族らしくなく、裏稼業の人間と関わるのが公爵家の恥さらしとなるらしいが、マリエンヌからすれば、そんなの知ったことではない。
裏から手を回すのは、貴族の常套手段だし、それこそ、裏稼業にまったく関わっていない上級貴族は、まずいないと思っていい。
それは、レスティードもわかっているのだが、昔から、物語の騎士に憧れを抱いているレスティードは、正面から堂々とぶつかりたがる。
正面からぶつかって、無様に敗北したいい例がライオネルなのだが、卑怯な手段を使ったとこちらが非難されるのだ。
正義感が強すぎるせいで、自分が間違っているなんて考えもしない。
そんなレスティードが、マリエンヌの行動を知ったら、間違いなく寮に押しかけてくるだろう。
正当な手順なんて、卑怯な手段を取る姉を説教してやるという、強い思いで埋め尽くされている彼の脳内には、微塵も浮かんでいないに違いない。
「……レスティードは大丈夫かしら?」
ボソリと呟くようにマリエンヌが言うと、シーラは苦笑しながら言う。
「大丈夫だと思いますよ?レスティードさまは、お嬢さまの行動記録など、知りたがるお方ではないでしょう?」
「それはそうだけど……レスティードに心酔してるのもいるでしょう?」
公爵家に雇われている影たちは、みんなが同じ志を持って公爵家に仕えているわけではない。
公爵家当主である父に忠誠を誓う者もいれば、ラニアのように、母のエルファーナに忠誠を誓う者、シーラのように、マリエンヌに忠誠を誓う者……と多岐に渡る。
その中にはもちろん、レスティードに忠誠を誓っている存在もいるわけで……そんな存在に気づかれてしまえば、おそらくレスティードに自主的に報告するだろう。
信頼している影からの報告ともなれば、レスティードは虚偽を疑いもしないはずだ。
だからといって、影は主によってそれぞれ部隊が別れているというわけでもないため、少しの油断で、情報が渡ってしまう。
情報収集のプロなのだからなおさらというものだ。
そもそも、エルファーナにマリエンヌの行動がバレたのも、影経由からである。
「ご安心を、お嬢さま。私どもは、二度の失敗はいたしません。鈍っていた感覚もほぼ戻っておりますから」
「そう……?なら、お願いしようかしら」
少し不安ではあるものの、エルファーナの要求を無視するわけにもいかないので、予定ではあるが、今後の動きについて簡潔に記し、それを手紙としてシーラに渡した。
「あっ、お嬢さま。お手数でなければ、もう一枚手紙をお願いできますか?レスティードさま宛に」
「まぁ、構わないけど……どうして?」
マリエンヌとレスティードは、お世辞にも文通するほどの仲ではない。
マリエンヌからしても、姉弟というよりは、同居人といった感覚のほうが近いくらいだ。
それなのに、いきなり手紙を送ったら不審がられてもおかしくない。
「もし不審がられた場合に備えて、奥さまに近況をお伝えするという体を取ろうかと思うのです。そのときに、レスティードさま宛にもあったほうが、さらに警戒は解けるかと思いまして」
マリエンヌは、なるほどと納得する。
下手にこそこそやり取りをするよりも、堂々としていたほうが、意外とバレにくかったりするものだ。
当たり障りない内容を全員に書いて送っておけば、まさか一人だけ内容が違うとは思われないだろう。
話題に出されたときに、すれ違いを起こさないためにも、エルファーナに送る報告書にも、同じ内容は記しておくべきかもしれない。
わざわざ言葉にしなくても、エルファーナはこちらの意図に気づいてくれるはずだ。
「それじゃあ、もう一度書き直すから、それは処分しておいて」
「かしこまりました」
シーラは、受け取った手紙をビリビリに破く。
そして、紙片を、パチパチと燃える暖炉に放った。
「お嬢さま。ラニアからこちらをお預かりしております」
ラニアとは、母であるエルファーナに仕える影だ。マリエンヌにとってのシーラのようなものである。
そのラニアから預かっているものとなると、一つしかない。
「やっと終わったのね?」
「……これでも早いほうですよ?」
不満を漏らしているとでも思われたのか、シーラは苦笑しながらそう言う。
マリエンヌは、なんて言っていいかわからずに視線をそらした。
別に、遅いと思っているわけではないが、もう少し早いと嬉しかったと思うと、口から出る声に、不満が混じってしまっただけなのだが、不満を漏らしたことと何が違うのかと問われれば、答えることは難しい。
「とりあえず、中身を確認してみないとね」
わかりやすいくらいに話をそらしながらも、マリエンヌは渡されたものに目を通す。
シーラの持ってくる報告書とは文体が異なるため、少し読むのに時間はかかったが、ひとまず内容は理解できた。
(思ったよりもいい具合だわ)
母は、リュークの毒花をあまり快く思っていないし、それに加えて、頼みごとをしたときのあの態度では、どこまでやってくれるかと少し懸念していたが、それは杞憂に終わったらしい。
頭を抱えてはいたが、引き受けたからには手抜きせずにやってくれたようだ。
感情のままに動かないのは、さすがは公爵夫人というところだろう。
だが、最後の一文だけには、マリエンヌの顔はひきつった。
ーー奥さまが、報告書についてのお嬢さまの意見をお聞かせいただきたいそうです
この一文は、一見すれば、この情報で満足なのかという確認に取れるが、そうではない。いや、どの情報が役に立つのか、どういう情報が欲しいのかを伝えれば、聞き入れてはくれるだろう。だが、本当の狙いではない。
本当の狙いは、エルファーナの性格からして、自分がどう動くのか詳細に報告しろということだろう。
お茶会したときも、一人で動くなと念押しされたくらいだから。
マリエンヌとしては、別に母に報告することは構わない。
エルファーナは、リネアの件は一任すると言っていたくらいだから、説教じみたことを言ってくることはあっても、止めてくることはないと思うし、検閲として、レオナルドに見られたとしても、そこまでの問題ではない。
何を懸念しているのかというと、弟にバレることである。
毒花を最も嫌悪していたのは、レスティードである。
別に、母のように勝手に軽蔑するくらいなら構わないが、強い正義感と、無駄に誇り高いレスティードは、必ず自分のもとに来て説教をするのだ。
それが、マリエンヌにとっては面倒だった。
影でこそこそと動くのが貴族らしくなく、裏稼業の人間と関わるのが公爵家の恥さらしとなるらしいが、マリエンヌからすれば、そんなの知ったことではない。
裏から手を回すのは、貴族の常套手段だし、それこそ、裏稼業にまったく関わっていない上級貴族は、まずいないと思っていい。
それは、レスティードもわかっているのだが、昔から、物語の騎士に憧れを抱いているレスティードは、正面から堂々とぶつかりたがる。
正面からぶつかって、無様に敗北したいい例がライオネルなのだが、卑怯な手段を使ったとこちらが非難されるのだ。
正義感が強すぎるせいで、自分が間違っているなんて考えもしない。
そんなレスティードが、マリエンヌの行動を知ったら、間違いなく寮に押しかけてくるだろう。
正当な手順なんて、卑怯な手段を取る姉を説教してやるという、強い思いで埋め尽くされている彼の脳内には、微塵も浮かんでいないに違いない。
「……レスティードは大丈夫かしら?」
ボソリと呟くようにマリエンヌが言うと、シーラは苦笑しながら言う。
「大丈夫だと思いますよ?レスティードさまは、お嬢さまの行動記録など、知りたがるお方ではないでしょう?」
「それはそうだけど……レスティードに心酔してるのもいるでしょう?」
公爵家に雇われている影たちは、みんなが同じ志を持って公爵家に仕えているわけではない。
公爵家当主である父に忠誠を誓う者もいれば、ラニアのように、母のエルファーナに忠誠を誓う者、シーラのように、マリエンヌに忠誠を誓う者……と多岐に渡る。
その中にはもちろん、レスティードに忠誠を誓っている存在もいるわけで……そんな存在に気づかれてしまえば、おそらくレスティードに自主的に報告するだろう。
信頼している影からの報告ともなれば、レスティードは虚偽を疑いもしないはずだ。
だからといって、影は主によってそれぞれ部隊が別れているというわけでもないため、少しの油断で、情報が渡ってしまう。
情報収集のプロなのだからなおさらというものだ。
そもそも、エルファーナにマリエンヌの行動がバレたのも、影経由からである。
「ご安心を、お嬢さま。私どもは、二度の失敗はいたしません。鈍っていた感覚もほぼ戻っておりますから」
「そう……?なら、お願いしようかしら」
少し不安ではあるものの、エルファーナの要求を無視するわけにもいかないので、予定ではあるが、今後の動きについて簡潔に記し、それを手紙としてシーラに渡した。
「あっ、お嬢さま。お手数でなければ、もう一枚手紙をお願いできますか?レスティードさま宛に」
「まぁ、構わないけど……どうして?」
マリエンヌとレスティードは、お世辞にも文通するほどの仲ではない。
マリエンヌからしても、姉弟というよりは、同居人といった感覚のほうが近いくらいだ。
それなのに、いきなり手紙を送ったら不審がられてもおかしくない。
「もし不審がられた場合に備えて、奥さまに近況をお伝えするという体を取ろうかと思うのです。そのときに、レスティードさま宛にもあったほうが、さらに警戒は解けるかと思いまして」
マリエンヌは、なるほどと納得する。
下手にこそこそやり取りをするよりも、堂々としていたほうが、意外とバレにくかったりするものだ。
当たり障りない内容を全員に書いて送っておけば、まさか一人だけ内容が違うとは思われないだろう。
話題に出されたときに、すれ違いを起こさないためにも、エルファーナに送る報告書にも、同じ内容は記しておくべきかもしれない。
わざわざ言葉にしなくても、エルファーナはこちらの意図に気づいてくれるはずだ。
「それじゃあ、もう一度書き直すから、それは処分しておいて」
「かしこまりました」
シーラは、受け取った手紙をビリビリに破く。
そして、紙片を、パチパチと燃える暖炉に放った。
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